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……ここに、罪が、落ちています。

どこかの誰かが、落としていった代物です。
償うはずの誰かは、もういません。

罪はただ道端に、転がっています。
罪は、見向きもされません。

よくある事だと、誰一人気に留めることはありません。

よく見ると、あちらこちらに罪が落ちています。

似たような罪が、ごろごろ転がっています。

丸いのにとがったの。
かわいいのに面白いの。
柔らかいのに硬いの。

そこらかしこに罪が落ちています。

よく見ると、道は罪でいっぱいでした。
罪が道行く人々に踏みしめられて、いつの間にか砂になり、土となっていたのです。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
誰かの罪を踏みしめて、人々は進んでいます。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
誰かの罪は、人に踏みつぶされて砕けてゆきますが、消える事はありません。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
誰かの罪は、形を変えて、別の誰かの罪と共に混じってゆきますが、消える事はありません。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
一人の青年が、道を歩いています。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
ずいぶん大きな…袋を、抱えて歩いています。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…がさっ!!

「…ああ、大変だ、罪を落としてしまった。」

青年は、もやもやとした罪を落としましたが、すぐに拾い上げました。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…

やがて、青年は道の終わりに扉を見つけました。

扉には、いくつも穴が開いています。

青年は、空いた穴に、自分の罪をはめ込みました。

「これは、逃げ出した、罪。」
「これは、押し付けた、罪。」
「これは、追い詰めた、罪。」
「これは、つぶした、罪。」
「これは、呪った、罪。」
「これは、紛れた、罪。」
「これは、手放した、罪。」
「これは、執着した、罪。」
「これは、うばった、罪。」
「これは、もてあそんだ、罪。」
「これは、嬲った、罪。」
「これは、与えた、罪。」

青年が己の罪をはめ込むたびに、罪の発生した場面が浮かんでいます。

―――あはは!!こいつ殴るの気持ちいー!
―――俺もう知らね!!
―――お前がやれよ!!
―――お前のせいだろ!!
―――お前が責任取れ!!
―――あいつぜってえ許さねえ…
―――みんな言ってるじゃん!!!
―――俺の手には負えねえな
―――俺の金なんだぞ!
―――どうせお前には使えねえって!
―――あはは!こいつイジメるとおもしれ―!
―――恵んでやるよ、ありがたく思え!

青年が罪をはめ込むたびに、扉の重さが、増してゆきます。
青年が罪をふり返るたびに、感情が、増してゆきます。
青年が罪の重さに気が付くたびに、心の重さが、増してゆきます。

青年が罪の重さから何かを学ぶたびに、魂の輝きが増しているようにも…見えます。

青年の抱えていた袋の中身がすっからかんになる頃、扉の穴はずいぶんふさがりました。


この扉は、再開の…扉。

再び、人として生まれるために、通らなければならない、扉。
再び、人として生まれるために、自分で開けなければならない、扉。
再び、人として生まれるために、自分で作らなければならない、扉。

再び生まれることができるかどうかは、扉だけが知っています。

穴だらけの、すっからかんの扉を開ければ、穴だらけのすっからかんの人生を送ることができます。
穴だらけの、すっからかんの扉を開ければ、罪多き人生を送ることができます。
穴だらけの、すっからかんの扉を開ければ、罪多き人生を送った後、ここに罪を持ち帰ることができます。

罪を持ち帰った後、穴だらけのすっからかんの扉に罪を埋めれば、穴の少ない、実のつまった人生を送ることができるのです。

周りの人たちが、穴だらけのすっからかんの扉を開けてゆく中、青年は重厚な扉を開けました。

ぎ、ぎいいいい・・・
重厚な扉の向こうには、世界が見えました。

世界にたどり着くまでに、数多くの困難が待ち受けているのが見えます。

「うわあ!!ちゃんとした世界だ!!」
「こんな世界につながる扉を開けたのかい?」
「私の扉の向こうなんか何もないのに!」
「いいなあ、僕も入らせてよ!」
「お前だけずるいじゃないか!俺に行かせろよ!!」

自分の前にある、穴だらけのみすぼらしい扉に嫌気がさしていた人たちが、青年の開けた扉を通って行きました。

青年の開けた扉の向こうには、風が吹いています。

びゅうぅうううう・・・
薄っぺらい人が、飛ばされてどこかに消えました。

青年の開けた扉の向こうには、大きなうねりがあります。

ごぉおおおお・・・
中身のない人が、はじかれてどこかに消えました。

青年の開けた扉の向こうには、荒々しい波があります。

ざざ、ざーーーん・・・
軽い、軽すぎる人が、波にさらわれてどこかに消えました。

青年は、一歩一歩、着実に足をすすめます。

自分の選択を、しっかりと受け止めて。
自分の生き方を、しっかりと振り返って。

自分の、罪を、認めて。

自分の罪の、向こう側に広がった、世界へと。

次の人生は、流されないぞと。
次の人生は、逃げ出さないぞと。
次の人生は、自分で解決するぞと。
次の人生は、誰かの邪魔をするまいと。
次の人生は、誰かの人生に手を差し伸べるぞと。

決意を胸に、一歩一歩、着実に足をすすめる、青年。

やがて、青年は世界にたどり着き、生まれてゆきました。

青年が生まれると、扉は消えてしまいました。
青年はもう、ここに現れることはありません。
青年は、もう、この場所に来る必要がなくなったからです。


穴だらけの扉の前に立っていた人が、穴を埋める罪を探し始めました。

そこら辺に落ちている、誰かの罪を穴に押し込みましたが、穴が一回り大きくなっただけでした。

人の罪を認めたところで、人の罪を嘆いたところで、自分の罪は消えないのです。
人の罪を認めたところで、人の罪を嘆いたところで、誰かの功績をかすめ取った罪が増えるだけなのです。


穴だらけの扉の前に立っていた人が、穴を埋める罪を探し始めました。

ここまで歩いてきた道を引き返して探していますが、見つかりそうにありません。

落とした事さえ気づかないくらい罪に無頓着な人が、見つけることなどできるはずもないのです。
落とした事さえ気づかないくらい罪に無頓着な人が、他の誰かに踏みつぶされた自分の罪を探し出せるはずがないのです。

皆、諦めて、穴だらけのすっからかんの人生を生きるために生まれてゆきました。


皆、たくさんの罪を抱えてここに戻ってきました。

何人も、何人も、いとも簡単に罪を落としてゆきます。
何人かは、大きな荷物を抱えたまま、前に進んでいます。

今度は、何人が、重厚なドアを開けることができるでしょうか。
今度は、何人が、誰かの開けた扉の中に消えてゆくのでしょうか。

出来れば、重厚なドアが開く音が聞きたいと、願う私が…ここにいます。
出来れば、重厚なドアが開いた後、無防備に飛び込む人がいることを願う私が…ここにいます。


ぎ、ぎいいいい・・・
…ああ、扉が、開いたようです。

びゅうぅうううう・・・
シュッ!!!

私は、風に飛ばされた薄っぺらい人を、捕まえました。

ごぉおおおお・・・
シュ、シュッ!!

私は、うねりに巻き込まれた中身のない人を、捕まえました。

ざざ、ざーーーん・・・
シュパパパ!!!

私は、波にのまれた軽すぎる人を、捕まえました。

「ありがとう!助かったよ!」
「ふう、命拾いしたぜ!」
「あ、元の場所まで連れてってくれる?」

私は、何か言っている魅力のない人たちを、潰して丸めて…。

・・・ごっくん。

…きょうの食事は、終わりです。
腹ごしらえは、これでいいでしょう。
薄くて美味しくないものでしたが、それなりに腹は膨らみましたから。

今から、私はひと仕事…しようと思っているのですよ。
ここから抜け出せた魂を、いただきに行こうと思いましてね。

罪を重ねて、罪を認めて、罪を悔やんで、罪を償うべく、生まれていった、魂。
実に身勝手で、実に都合のいい、実に利己的な、実に自己満足な、魂。

やる気に満ち溢れる、未熟な魂は…美味しくいただいてあげなければ、かわいそうでしょう?

地に落ちた魂が、再び人生を手に入れたところで、ねえ?
どうせまた簡単に手放して諦めてカスみたいな人生になっちゃうんですよ。

薄っぺらい魂に成り下がる前に、刈り取ってしまわないと、ねえ?
今ならまだ食べがいのある部分も残っていることですし。


じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…

・・・ああ、いい、足音が、聞こえて、来ます。
どうせ食われちゃうのに、健気な事です。

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…

・・・ちょいちょい食べがいのありそうなのも混じってますね。
明日はこいつを食べようかな?

じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…
じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ…


・・・さて、そろそろ行きますか。


私は、罪の溢れる場所から、飛び立ち。

命の溢れる場所へ、降り立ち。


罪を生み出す、その、前に。


――――――ザンッ!!!


私の中にある悪魔の鎌はこんなイメージです。


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