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グルメ

※気分の悪い話です※


ここに、一人のグルメなご婦人がおります。

お嫁さんが一生懸命作ったご飯を、一口も食べずにごみ箱に投げ込む、究極のグルメ王でございます。

グルメであるこのご婦人は、息子のお嫁さんと二人暮らしをしていました。
グルメであるこのご婦人は、お嫁さんのお義母さんでした。
グルメであるこのご婦人は、自分の食べるものに対してこだわりがありました。

―――こんなまずそうなメシが食えるか!!!
―――ホントにできの悪い嫁だよ!さっさと湯を沸かさないか!

お嫁さんは、困ってしまいました。

お義母さんは、好き嫌いが多くて我儘でした。
お義母さんは、用意したモノを捨ててカップラーメンばかり食べていました。
お義母さんは、食事のバランスなど気にしなくても良いくらい健康だと信じていました。

毎日、毎日、年金で自分の食べたいものを買いに行き、それをがつがつと食べていました。
毎日、毎日、お嫁さんにご飯を作らせてはダメ出しをして、それをゴミ箱に投げ捨てていました。
毎日、毎日、イライラする気持ちをお嫁さんに投げつけては、スッキリした気持ちになっていました。

お嫁さんはいろいろ考えて、宅配弁当を取ることにしました。

―――こんなまずそうな弁当が食えるか!!!
―――飯作りを放棄しやがって!この出来損ないの嫁が!

お嫁さんは、困ってしまいました。

お義母さんは、お嫁さんの用意したものを食べたら負けだと思っているようでした。

お義母さんは、自分が年寄り扱いされるのが許せないので怒りが収まらなかったのです。
お義母さんは、前頭葉が弱っているので、自分の感情を抑えることができないのです。

―――手抜き料理ばかり食わせようとしやがって!!!
―――うちの嫁失格だよ!だから私は結婚に反対したんだ!
―――これだから低学歴はダメなんだ!あーあー、大失敗だよ!

お嫁さんは、困ってしまいました。
遠くに単身赴任中の旦那さんに相談することにしました。

「俺に言われてもなにもできないよ。」
「何とかしてよ、俺の母ちゃんなんだからさ。」
「仕事が忙しいから切るね。」

お嫁さんは、困ってしまいました。
地域包括センターに相談することにしました。

―――ええ、私をいじめるんですよ、このお嫁さんはね。
―――今日は2021年7月19日、昨日はビーフラーメンを食べたわ?
―――私はこんな人と暮らしたくないの。
―――ストレスがたまって仕方がないの。

「お義母さん、しっかりしていますね。」
「健康だし自立できますから、大丈夫でしょう。」
「もう少し、優しい気持ちで寄り添ってみてはいかがですか。」

お義母さんは、介護認定の人に泣いて訴えました。

お義母さんは、介護認定の人の質問に完璧に応えたのです。
お義母さんは、介護認定の人を上手に丸め込んでしまったのです。

―――お前の顔なんか見たくないんだよ!腹立たしい!

お嫁さんは困ってしまいました。
もう、誰にも相談することができなくなってしまったのです。

仕方がないので、お嫁さんは、働きに出ることにしました。

見張りがいなくなったので、お義母さんの無双が始まりました。

キッチンで好き勝手に調理をしては、洗い物をシンクに積み重ねるようになりました。
お嫁さんのタンスをほじくりかえしては、中身を捨てるようになりました。
模様替えと称しては、家具の移動を繰り返すようになりました。

お嫁さんは困ってしまいました。
自分の居場所が、なくなってしまったのです。

自分の大切にしていたものが、どんどんなくなっていくのです。
自分の必要とするものは、今後ことごとくなくなってしまうはずと気がついたのです。

―――今すぐ出て行け!!この鬼嫁がアアア!!!

お嫁さんは、お義母さんの言葉に従うことにしました。

幸い、働きに出ていたので、お金がありました。
幸い、大切にしていたものをすべて捨てられていたので、未練はなくなっていました。
幸い、自分の信じていたものが信じられなくなっていたので、躊躇する気持ちはありませんでした。

お嫁さんは、お嫁さんをやめました。

お嫁さんだった人が出ていった家で、グルメは一人で暮らすことになりました。

誰もいない家で、グルメは、自由気ままに好きなものを食べて暮らしていました。

グルメは、邪魔者に邪魔をされることなく、好きなものを好きなだけ、好きな時に、好きなように食べ続けていました。

息子が新しいお嫁さん候補を連れて家に帰ったとき、グルメはいつものように穴の空いた壁を貪り食っていました。

グルメは、美味しいおいしいと言って、家の土壁をほじっては口にしていました。
グルメは、美味しいおいしいと言って、料理雑誌のページをちぎっては口に入れていました。

おびただしいゴミの溢れた、足の踏み場のない部屋のなか、ただ、一心不乱に壁を口に入れるグルメの姿を見て、息子は叫び声をあげました。

「なにやってんだよ!」

最愛の息子に怒鳴られてショックを受けたグルメは、家を飛び出しました。
最愛の夫となる予定の人の叫び声を聞き、地獄のような光景を見た新しいお嫁さん候補は、逃げ出してしまいました。

「ちょ……待てよ!」

グルメも新しいお嫁さん候補も、息子の言葉には従わずどこかに行ってしまいました。

辺りを探し回りましたが、息子は二人とも見つける事ができませんでした。
途方に暮れた息子は、警察に向かいました。

息子の新しいお嫁さん候補は、お嫁さんになる前に他人になりました。

夜が明け、グルメは発見されました。
行方不明になったグルメは、病院の花壇の土を貪るように食べているのを発見されたのです。

グルメは手厚く保護されることになりました。

グルメは今、好きなものを好きなだけ食べる事ができずに、とてもイライラしています。
グルメは今、好きなものを好きなだけ食べたくてたまらないのですが、それはかないません。

グルメが愛した壁は、もう存在していないのです。

ここに、用意された食事を、苦々しい顔で食べるグルメがおります。

「はーい、お口あーんしてくださいねー。」

もう、文句すら口に出せなくなってしまったグルメは、ただただ、口を閉ざして食べることを拒否しています。

「じゃあ、チューブから食べようねー。」

口を閉ざした所で、グルメの口に合わない食べ物は、胃袋の中に届いてしまうのです。

「今度の手術頑張ろうね、チューブとれるから、楽になるからね。」

どれだけ鼻腔経管を抜いてしまった所で、グルメの口に合わない食べ物を胃袋に届けるために周りの人は試行錯誤をするのです。

「俺には母ちゃんしかいないから…長生きしてくれよ。」

……ここに、グルメが一人おりますが。

まもなく、グルメであったことすら忘れてしまうと思われます。
おそらく、グルメであった事を忘れたまま、長々と生きていくことになると思われます。

なにも食べることができなくなったグルメは、今、何を考えているのでしょうか?

なにも考える事ができなくなったグルメは、何も食べなくなった口をもぐもぐしています。

……もしかしたら、夢うつつの中で、霞でも食べているのかも、知れませんね!


いろんなことをぶっこんだらとんでもないエグイ話になってしまった…。


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