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オマモリブクロ

大通りで荷物を持ったばばあを見かけた。
ちょっとよたよたしてて、はた目にも怪しい。

…声をかけるか。

「ばあちゃん、どこまで行くの。よかったら荷物持つよ。」
「あのね、タクシーを拾おうと思ってね、ここまで来たのよ。」

配車アプリを使って、タクシーを呼んでやる。

「タクシー呼んだよ、あと五分くらいでくる。」
「ありがとうねえ。」

俺のばあさんはけち臭い奴で、手伝ったりしても無言でさ。お礼を言われ慣れてないから……、ちょっとだけ、むず痒い。

「あ、タクシー来た。」

タクシーが目の前で止まり、ばあさんは思いのほか勢いよく大荷物を後部座席に放り込んだ。

「お兄さん、ありがとう、これ、お礼ね。」
「マジで。」

ばばあがしわしわの手で…俺の手のひらに何かをのせた。

…お守り袋?

「いざというときに、使ってね。」

なんかキモいな。変なもんじゃねえだろうな。

俺が無言でババアからおかしなものを受け取ると、タクシーはすっと発進した。

手の平の中の不気味なお守り袋をさっそく開けてみる。
中には、木切れとタクシーカード?カードを見ると、いつでもお呼びくださいとある。

ちょうどいいや、このクソ暑い中歩いて家に帰るのもだるかったんだ。どうやって使うんだ、このカード。

俺がカードを見ていると、ばばあが乗ったタクシーを止めたあたりに見慣れないタクシーが一台停まって、ドアが開いて声が聞こえた。

「タクシー、ご入用ですか。」

タクシーをのぞき込むと、なんだ?犬のマスクをかぶった運転手がいる。ああ、今はやりの個性的なタクシー運転手だな。…俺はこんなことじゃ驚かないぞ。つまんねえパフォーマンスに力入れるくらいなら無料で安全に家まで送り届けろってんだ。

「…金、ねえけど、このカード使える?」

ババアがくれたカードを見せる。

「…ああ、カードをお持ちなんですね、使えますよ。」

俺は意気揚々とタクシーに乗り込んだ。

「支払いは、このカードでね!」
「…了解いたしました。」

このカード、めっちゃいいじゃん!金払わなくても、タクシーに乗れるとかさ!!あのばばあ、めっちゃ金持ちだったんだな!


俺はそれから、事あるごとに犬タクシーを使った。会社に遅刻しそうになった時、終電逃した時、酔っ払って足元がおぼつかなくなった時。


そんなことがあって、しばらくしたある日。

「お客さん、もうカードの残高がございません。」

大荷物を抱えた俺に、いつもの犬タクシーの運転手がつげた。

「はあ?!先週までは使えてたじゃん!なんで急に使えなくなるの!困るよ!どうすんの、この荷物!」
「先週で残高が無くなって…今日までに残高が増えることはなかった、それだけの事なんですよ。」

そもそも残高って何なんだ。

「じゃあ、金払うからとりあえず乗せてよ。」

「お支払いいただくのは、お金ではないんですが…。それでも、乗ります?」

まあ、とりあえず家には運んでもらわないとな。俺は勝手知ったるで、タクシーのトランクを開けてもらって大量の荷物を積み込んだ。

「なあ、金以外の何を払えばいいのさ。」
「命ですね。」

…は?中二病かよ。つまんねえギャグだな。

「はは、笑えねえな。クレジットでいい?」
「…お守り袋の中、カードと木片が入っているでしょう。その木片が、お客さんの命です。」

俺が懇意にしていたタクシーは、とんだオカルトマニアだったようだ。キモっ!!今日でこのタクシー使うのはやめにしよう。

「そのカードには、お客さんの善行…人生で積み上げてきた徳というものが貯めてあったんですが、すべて使ってしまったのです。」

へー。

「徳がないと、人生を終えた後、三途の川を渡れないとかいろいろ不便があるのでね、普通はためておくんですけどね。」

ふーん、ずいぶん練り込んだオカルト話だな、つまんねー!

「私とおばあさまはね、二人で組んで…そのカードを配ることを生業としておりましてね。」

あのばばあの事か?

「徳を使い果たして…命を粗末にする人を探しているといいますか。」

…やけに饒舌だな。

「徳を無くした人の払えるものなど、命しかないのでね。」

…間もなく、俺の家に到着する。

「命を無くした魂ってのは、格別に魅力のあるものでしてね。」

…早く、このタクシーから降りたい。

「ずいぶん、美味とのことですよ。…ま、私は食べませんけれどもね、ええ。」

マンション前に、停車した、早く、早く…。

「おい、このお守り袋ごとやるから、それでいいだろ…。」

俺がお守り袋を差し出すと、犬面の運転手が、ルームミラー越しに睨んで、きた。

「袋の中、開けてごらんなさい。…木片、入ってますか?」

お守り袋の中を開けてみる。入っているのは、カードとつまようじ?

……いやこれは、木切れの、欠片!!!

「木切れが、小さくなってて!!」

「お客さん、命が残ってないじゃないですか…。これでは、お支払いできませんねえ…。」


そういうと。

犬面の運転手は。

振り返って。

牙を、むいた!!!!!


「ひっ!!!そ、それ!!マスクじゃ、マスクじゃっ!!!」

大きく、開けたその口には、ずらりと並ぶ、とがった牙。


「命がないんじゃ、その体ごといただくしか、ありませんね。」

俺の視界は、牙と、波打つ上顎を捉えて…暗転、した。


ばり、ぼり、ばり、ぼり。


…俺の体をかみ砕く音が聞こえる。


ここは、どこだ。


俺は、ふわりふわりと、浮いているようだ。しかし、自由に動くことができない。


「久々の食事になったが…歯ごたえがないというか、腑抜けているというか、危機感がないというか…。あっけなくて、なんとなく味気なかったです、ええ。」

「贅沢なことだよ、なかなか体を差し出すような…考えなしはいないんだからね。」


この声の持ち主は…運転手と、あの、ばばあか?


「もともと徳も少なめだったので、労働が少なくて済んだし…抵抗もなく楽だったことは否めませんね。」

「魂もずいぶん無気力みたいだし、いい仕事だったね。」


くそっ!!こいつら初めからぐるになって俺を陥れようとしてたってことか!!


「やあやあ、どうも、活きの良い魂が捕獲できたと聞きまして。」

「あ、これです、体は私が捕食しましたので、その旨報告させていただきますね。」


ふわりと漂っていた俺は、黒い人物に、つまみあげられた。動けない、どうなっている?


「じゃあ、いただいていきますね、ええと、荷物とかはどうしましょう?」


俺の着ていた服と、荷物が、どこからともなく現れた風呂敷に包まれていく…。


「…ずいぶん荷物が多いねえ。わたしゃこんなに捌けないよ…。」

「トランクの分は私が引き受けましょう。…おばあさまは、服とカバンをお願いします。」

「じゃあ、わたくしは住宅と痕跡の処理をします。」


俺は、俺は…。


「あなたは、今から美味しくいただかれる、ただそれだけなのよ、ええ。」

「体は私が美味しくはないけどいただきましたし、魂もおいしく食べていただけるんですよ、よかったですね、悪霊にならずに済んで。」

「はっはっは、本当にね。ありがとうございました、ではまた。」


俺の体が、黒い奴と一緒に地に潜っていく。


「…タクシーチケット、あと二枚しかないんだよ、追加もらえるかい?」

「追加分は…そうですね、次の乗車時に…」


悪党二人組が、何かを言っているのを聞きながら。

僕は、よくわからない空間に引き込まれて行き。


よく、わからないまま。


地の底に落ちた俺は。


地の、底で。


地の。


底で・・・・・・


愉快なおばあちゃんなど…ホビーの世界にしかいない説。

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