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高級ティッシュを見ると思い出すこと

 …4月中旬、花粉飛散のピーク真っ只中。

 花粉症になって早15年…この時期、私の側かたわらにはお高いティッシュボックスが備わっている。

 5箱で198円のものではなく、ひとつ198円の高級品だ。一見贅沢暮らしをしているかのように見えるのだが、その実まったくの逆で…鼻のかみすぎで皮膚がはがれて病院通いをするよりも断然安上がりなため愛用しているという事実があったりする。

 この、ちょっと良い高級ティッシュを見るたびに…、私はある出来事を思い出す。

 ……あれは、高校三年生の冬。

 早々に都会の短大に進学を決めた同級生が、ダイエットを始めた。都会にはやせていてかわいい子がたくさんいる、小太りした田舎者丸出しは恥ずかしい、入学前に仕上げておきたい…そんなことを言っていたのを覚えている。

 運動をすると足に筋肉がついて逆に太くなるとかで、食事制限だけでやせる事を誓った彼女は、昼ごはんに半分のりんごを持ってきたり、2リットルの水のペットボトルを持ってきたりするようになった。

 都会に憧れる女子は、受験でピリピリしたムードの教室内で…マイペースに、ストイックにダイエットに努め、順調に体重を落としていった。

 みるみる見た目のフォルムが変わり、スカートがゆるくなったと言って笑う口元にシワが寄って…なんとなく嫌な感じがしたというか、心配になった。

 やめた方が良いんじゃないかと言った事もあるのだが、ダイエットの効果が出ていると満足しているようで、聞き入れてはもらえなかった。逆にアンタの方が太りすぎているから一緒に痩せるべきと説教をされたぐらいだった。

 あまりフィーリングの合うタイプの子ではなかったので、なんとなく遠巻きに見守るような感じで…様子を窺うようになったのだが。

 ……2月を過ぎたあたりからだろうか。

 体がダイエットに慣れてしまったからなのか、全く体重が落ちなくなり…だんだんと同級生の様子がおかしくなっていった。

 ぼんやりしているくせに、急に突然イライラし始め攻撃的な物言いをするようになり、なんとなくクラスで浮きはじめた。受験という事もあって、あまり積極的に彼女と関わろうとしない人が増えていった。

 友達との会話が減ったことで独りよがりになり、どんどん極端になっていったように思う。カロリーのあるものを食べるから太るのだと考えたらしく、寒天を持ち込んでもりもりと食べるようになった。

 無言でタッパーにいっぱい入っているコーヒー寒天を貪る様子は尋常ではなく、目がぎらぎらとしていて…、溌剌としてはしゃぎながら持ち込み禁止のチョコレートを食べて笑っていた頃の可愛らしさは、どこにも見当たらなくなってしまった。

 努力しているのに思うように痩せて行かず、同級生はますますイライラするようになった。4月までに40キロを切りたいと意気込んでいたので、焦っていたのだろう。絶対に5号のスーツを着こなすんだと頑なになってしまっていて、何を言っても聞こうとはしなかった。

 毎日、口を開けばダイエットの胡散臭い話ばかりするようになり、よく机に突っ伏しているようになった。

 同級生は、何も食べずにいる事は体に悪いという持論を持っていた。断食はリバウンドをするからしてはいけない、必ず何かを食べなければいけない、胃袋に固形物を入れて消化するという作業をしなければカロリーが消費されない、そう結論付けていた。

 思春期にありがちなことだが、自分で調べて自分の都合のいい部分ばかり着目し、自分一人の思い込みで最善策を決めつけて、自分のしたいようにするのが正しいと信じていたのだ。

 そして…、『食べ物』を食べるから痩せないのだ、という極論にたどり着いた。

 食べものではないものを食べれば、卑しくぐうぐうと鳴る腹を懲らしめることができるのだと言っていた。どれだけ鳴ってもカロリーを与えてもらえないんだから痩せるしかないと体に知らしめねばならない、ダイエットに反抗している体が自分の強い意志に折れて従うのを待っているのだと笑っていた。

「ニオイつきのは苦い」
「噛んでるうちに甘くなる」
「安いやつはなかなか噛み切れない」
「新発売の高級なやつがさすがに一番美味しい」

 ……笑いながら、ティッシュを…食べるようになったのだ。

 机の上に、保湿成分入りのボックスティッシュを置いて、丁寧に、指先サイズにちぎって、口に入れ。よくわからない理論を血走った眼で語りながら…休み時間や昼休みに、人目を気にすることなく、ティッシュを口に入れていた。

 さすがにやばいと思ったクラスメイトや先生たちが止めにかかったのだが。

「あんたは田舎の大学に行くんだからブヨブヨしてても良いけど、アタシは違うし!」
「アタシの事に構うよりも進学先気にしなさいよ!」
「めちゃめちゃ元気だし大丈夫!!」
「あと1キロ減ったらティッシュはやめるから!」

 誰が何を言っても、自分の歪んだ信念を曲げる事は…なかったのだ。
 周りは、ただ暴走するダイエット妄信者を見ている事しか、トンデモ理論を聞くことしかできなかったのだ。

 あと2キロやせると意気込んでいた同級生が、結局痩せることができたのかどうかは…わからない。
 3月第一週で卒業し、地元を離れてしまった私には…どうなったのか結末を知ることはできなかったのである。

 特別に仲が良かったわけでもなく、連絡先を交換する事もしないようなただのクラスメイトだったので、仕方あるまい。友達のグループも違ったし、接点がないうえに同窓会も一度も開かれておらず、情報らしいものが全く入って来ないまま長い時間だけが過ぎてしまったのだなあ…。

 とりあえず、ティッシュを食べた女子が倒れたというニュースは…見聞きした覚えがない。

 …今でも、ティッシュを食べ食べダイエットをしているのだろうか?
 中年になっても無茶な事をしているんだろうか?
 ……気にはなるけれど、わざわざ調べようとも思えない。

 だから、今でも私は、高級ティッシュの箱を見ると…あの頃を思い出し、なんとなくモヤモヤするのだ。
 ……きっと、これから先もずっとモヤモヤするのだろう。

 大切な事ややらなければいけないこと、覚えておこうと誓ったことすらすぐに忘れるくせに、こういういらぬ記憶ばかりが何度も思い出されて、深く印象に残っていくのだ……。

 ……そんな事を、思いつつ。

 私はお高いティッシュを1枚ひっぱり出し、丁寧にたたんで、口元に……。

 ビーッ!

 豪快に鼻をかんで、まるめてゴミ箱にポイするのだった。

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