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ごり押しの弊害

『お母さんごめん、ちょっと助けてヘルプミー、ええとね、公民館集合、よろちく!!』

ガチャ!!!

ちょ!!!
はいもしもしも言わせないうちに電話を切るとは何事か!!!

一仕事終えた土曜の午前11:00、一方的な電話を受けてしまった私は近所の公民館に赴くことになった。

今日は確か敬老会の慰安旅行についての会議だったな、ついでに舞台設備の備品チェックもするとか言ってたような気がするけど、何があった。

賞味期限切れのペットボトルが100本出てきたのか、備蓄毛布に猫が潜り込んでいたのか、未洗濯のまま丸まってた使用済みのエプロンがわんさか出てきたのか、配布予定の記念写真の束が段ボールで出てきたのか、料理自慢の郷さんのお重箱が中身入りのまま発掘されたのかそれともそれとも…。

「あ!!やっときた!!こっちこっち!!」

「奥さんすみませんなあ…。」

でっかい声が聞こえてきたのでそちらを振りむくと、駐車場の軽自動車の横に立つ旦那と、ベンチに座ってる小さなおじいちゃん。ええと、誰だったっけな、この人は…。地味に私は人の顔を覚えるのが苦手でね…。

「あのね!久保さんさっき舞台の階段踏み外しちゃって、足捻挫しちゃったんだよ。悪いんだけどさ、久保さんの車、運転してもらえる!」
「はあ?!ちょ、病院行ったの、っていうか、あたしゃ人様の車なんて運転できないよ!!」

「すぐそこだから大丈夫だよ、悪いねえ、頼める人他にいなくて。病院はうちのすぐ横なんだわ。」

たしかに周りに人影はない、会議に参加した人たちはみんな帰ってしまったらしい。久保さんは独り暮らしだから、家の人を呼ぶこともできない。それで私が呼ばれただとぅ?!
駄目でしょ、私神様モニターついてないと車駐車できないし自分の車の運転もかなり怪しいのに人様の車なんて運転できるわけないじゃん!!保険だって自分の車限定のしか入ってないし!!!

「お父さん運転しなよ!あんたいっぱい免許持ってるんでしょ、こういう時に活躍しなくてどうすんのさ!」
「乗れないんだもん。」

旦那は久保さんのものと思われる車の運転席に乗り込もうとして…ハンドル、ハンドルがおなかにめり込みめり込み…

プー!!!

ああ、クラクションが…こりゃ無理だ、絶対無理なやつだ。

「だから軽自動車を運転できる程度の大きさにとどめとけって言ってたじゃん!!痩せろデブ!!!」
「そんなこと言ったって大きく育っちゃったんだから仕方がないじゃん!」

旦那は後ろの座席に窮屈そうに乗り込み…久保さんはにこにこして助手席に座ったー!!!

何これ、断れないやつじゃん、詰んだじゃん、運転するしかないじゃん、うわあああああマジか!!!

私はため息をつく暇もないまま、車の運転席に座る羽目になりましてえええええ!!!

「あの、久保さんのお宅は?」

「でっかいクリーニング屋の隣、お姉ちゃんのさあ会社の近くだよ、案内するから。」
「ナビ入れるね。」

ちょっと待て、娘の会社の近くはすぐそこの距離ではない!片側四車線の国道1.5キロ走らないといけないし、あのあたりは一方通行が多くて…!!!

「あの、葉山さん呼んだ方がいいんじゃない?私運転できる気がしないんだけど。事故ったらヤバいよ、この車の保険って
「葉山さん呼ぶ時間ないよ、呼んでたら病院間に合わなくなっちゃう。いいから出発して!」」

「車で10分かかんないから、ね?自己なんてそんなに起きないって!!大丈夫大丈夫!」

私が腹をくくるしかないわけですね、はいはいそうですか、じゃあ仕方がないね!!

幸いにも、久保さんの軽自動車はマイカーとメーカーが同じで何となく運転環境が似ており、それなりに安全運転で幹線道路を通行することができた。よし、あとはこの調子で久保さん宅までいければ…。

私はナビの画面を見て、左に曲がろうと。

「お母さん何やってんの、右だよ!」

「へっ?!」

久保さんの車はナビの音声を切っているので、画面を見ながら運転をしていたのだけど…やっぱりの案の定で、私はやらかした。私はですね、非常にこう、地図が読めないというかですね。ナビの音声がないとダメといいますかね。

私はいわゆる、画面固定タイプのナビが苦手なのである。久保さんのナビは、【ノースアップ】常に北が上になるように地図を表示するタイプ。私の車は【ヘディングアップ】進行方向が上になるように地図が回転するタイプ。

常に自分が進んでいる方向を見ていないと、行く方向がこんがらがってしまうのだな。音声があれば、それに従えるんだけど、今回は音声すらなくて、南向きに走っている時に、左側に進行方向の青いラインが伸びていると…左に曲がってしまうことが、あるのである。いや、むしろ曲がる!そもそもナビなんて存在していなかった時代、私の地図は常にグルングルンと回されて相当にへろっへろになっていたくらいなのだ、進行方向目線でないとどうにもこうにも右と左がわからない。

「ああ、どうしよう、こっち一方通行ばっかだ、ええとーええとー!!!」
「落ち着いてよ!!も~、僕が口で言うからナビ見ちゃダメ!!」

旦那が後ろの座席から前に乗り出して口頭ナビを始めてくれたおかげで、なんとか無事、久保さん宅まで行くことができたのだが。正直言って疲労感がハンパない、一刻も早く家に帰ってごろりと横になりたい。だがしかし、代行運転をした私と旦那は、今から2キロの距離を歩いて帰らねばならないのだ。まあ、毎日5キロ歩いてるからなんてことないんだけどさ、私は…。

「ああ、人様の運転なんてするもんじゃない、エライ目に合った…。」

久保さん宅から自宅までは歩いて30分くらいか…でかすぎる体の旦那のいい運動になるな、これを機に毎日一時間ほど歩かせたいところだ。

「助かったよー、ありがとね、でもさあ、お母さんはもっと運転がんばった方がいいね!!ずっと右側走るとかさあ、常識なさすぎる!!」

旦那は非常に車の運転にうるさい人なのだ。右側車線は追い越し車線、右折手前で車線変更することなく常に一番右の車線を走行し続けた私が許せないらしい。

「だって1キロ先で右折するんだよ?左端の車線から一番右まで車線変更するの難しいじゃん!慣れない初めて運転する車、しかもルームミラーにはでっかいおっさんがみっちり映ってて後方確認しにくい状態、小さめのドアミラー、こういう時は右車線通行させてもらわないと事故が起きるじゃん!」

「ちゃんと道路交通法で決まってることは守らないと!第二〇条、車両は車両通行帯の設けられた道路においては、道路の左側端から数えて一番目の車両通行帯を通行しなければならない。ただし、自動車は、当該道路の左側部分に三以上の車両通行帯が設けられているときは、政令で定めるところにより、その速度に応じ、その最も右側の車両通行帯以外の車両通行帯を通行することができる。」

何かめんどくさい事になってきたぞ…。

「わかったわかった、次から気を付けるから、いつもはこうじゃないから!!」
「自分勝手な都合で走行するドライバーが多いから渋滞したりするんだよ、もっと思いやりとマナーをもってハンドルを握らないとダメなんだって、お母さん迷惑ドライバーにならないでよ?だいたいね、ナビの設定が…」

ああ、かなりめんどくさいな、よし、逃げよう。

「ねーねー、あそこにパン屋あるよ、なんか買っていかない?」
「またそうやってごまかす!!!買うけど!!!」

こういう時、幹線道路沿いっていいなあって思うんだよね。ハンバーガーショップにコンビニ、アイスクリームショップにパン屋、うどん屋にコーヒーショップ、焼き肉店に饅頭屋、ペットショップに消防署、パソコン屋に本屋に葬儀屋までいろいろ立ち並んでるからさあ、旦那の気を逸らせるにはもってこいっていうか、いつもの事っていうか。

パン屋に入った旦那は案の定おいしそうなパンに夢中で…しめしめ、これでさっきの話題はどっかに消えた、もう二度と思い出させてはならぬ。

「ねえ、これもおいしそうじゃない!全部買ってこ!!」
「そーだね、お姉ちゃんももうじき帰ってくるし、多めに買っとこう!」

「ありがとうございますー!」

パンをしこたま買い込み、交通量の多い道路横の歩行者専用道路を歩いて家に向かう。旦那は早速買ったばかりのパンを頬張って…ああ、もう食べ終わった、相変わらずの食いっぷりに毎回のことながら引くな、うん…。

「パクパク!!モグ、モグ!!これめっちゃうまい!うまかった、また買お!!!」

せっかく30分のウォーキングで消費したカロリーが、ものの30秒で補給されてゆくー!さらにカロリー摂取が続いてゆくー!せめて家に帰ってから食べればいいのに、いやしかし家まで待たせたらまためんどくさいこと言いかねないな、よしこのまま食べさせておこう。

「お母さんは食べないの?焼き立てでうまいよ、家に着くまでに鮮度が落ちちゃう!…もぐもぐ!がつがつ!!」
「はは、あたしは家でコーヒー飲みながら食べるわ…。」

家に帰って、旦那のごり押しを娘と息子にさんざん愚痴としてこぼしたあと、コーヒーを用意してソファに座った私は。

パンの袋を開けて‥‥食べ終わった空のビニール袋しか入っていないことに気が付き、怒り心頭になるわけですけどもね。

いつもの事なので、仕方ないなって、いう、お話…ですよ…。

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