発掘品
久しぶりに自分の部屋の大掃除をすることにした。
ここ数年、近辺が慌ただしい事になっていて、年末に大掃除をする時間がなかった。表面上はそれなりに掃除をしているものの、飾りっぱなしのぬいぐるみの上にはうっすらとホコリが積もり、ずいぶん見目がよろしくない。
部屋中を注意深く見ると、棚の隙間にねじ込んだままになっている書類や、とりあえず机の端っこに置いた雑貨、なんとなく捨てられなくて引き出しの奥に突っ込んだおみやげ品やもらい物、整頓する機会がないまま少しづつ増えていった裁縫道具にハンドメイドのパーツなどなど溢れており、わりとかなり相当カオス化している部分がある。
一気にやると疲労感がすごいので、一か月計画で少しずつ掃除をすることにした。毎朝30分家事の合間に時間を取って、やりかけの状態で終わらないよう、細かく作業を完了させることを心がけた。
例えば、今日はベッドの下の引き出しの右側をやろう、今日は棚のぬいぐるみを処分しよう、今日は書類棚をチェックしよう、今日は押し入れの中の衣類を選別しよう…というように、やるべきところを明確にすれば掃除はわりとサクサクと進めることができるのだ。
毎日ゴミ袋一つ分不要品を捨てると決め、少しずつではあるが確実にものの多い部屋の中が片付いてゆく。
いつか着ようと思っていた服、いつか遊ぼうと思っていたおもちゃ、いつか遊ぶかもしれないゲームボード、いつか使うかもしれないもらい物のバッグ、いつか必要になるかもしれない画材、いつか使いたくなるかもしれないDVDポータブルプレイヤー、いつか使うはずのキャラクターものの加湿器、いつか役立つかもしれない過去に描いた絵、いつか誰かに見せつけたい過去のハンドメイド作品、いつか編むかもしれない毛糸、いつか縫うかもしれない布、いつかまた使うかもしれないスポーツバッグ……。
いつかはおそらく来ない。
なぜなら、いつか着ようと思っていた服は色あせているし、いつか遊ぼうと思っていたおもちゃはいつの間にかパーツが少し足りなくなっているし、いつか遊ぶかもしれないと思っていたゲームボードはプレイ対象年齢が低くなりすぎてしまったし、いつか使うかもしれないバッグは20年も一度も使われることがなかったし、いつか使おうと思っていた画材は変色しているし、いつか使おうと思っていたDVDポータブルプレイヤーの画面は小さすぎて見にくいし、いつか使うからと言って買ったキャラクターものの加湿器は箱すら空けずに20年経ってしまったし、いつか役立つかもしれないと取っておいた市政70周年の記念絵画は市長が変わってしまって出番はもうないし、いつか自慢しようと思っていたハンドメイド作品はデザインが古くて微妙だし、いつか編もうと買い込んだ毛糸は全部作りかけでほったらかしになっているし、いつかスカートでも縫おうかと買った布は派手過ぎてとても身に着ける勇気はないし、数年前に毎日使っていたジム通い用のスポーツバッグはよく見ればビニール部分にひびが入っている。
毎日毎日、コツコツとゴミを出しながら、二週間。
一番最初の日に10枚入りの45Lゴミ袋を2つ用意して、あと一枚で最後となったことを考えると、ずいぶん不要なものの溢れている部屋で暮らしていたのだなあと、しみじみ思う。押し入れはもちろん、パソコンデスクの周りもかなり空間が開いて、実に気持ちがいい。掃除をしてよかった、よくもここまで部屋中奇麗にすることができた、やればできるものだ、さすがだ、私は……。
すっきりとした部屋の中を見渡しながら、少しばかり愉悦に浸る。いくぶん早いペースで片付けが進んでいる、この分なら今週中に掃除は完了しそうだ。
残る未着手の場所は…ベッドの足元の隙間にある、コロ付きの小さな棚二つ。今日の作業で、この一連の清掃活動を終えることができる。最後の作業だ、手早く完了させたい。そんな事を思いながら、久しぶりに隙間から棚を引っ張り出してみると、なかなかのカオスっぷりだった。
政府から送られてきたマスク、聞き流せる音がほしくて急遽買ったポータブルラジオ、ハマっていたアニメOPのみを編集したDVD、繰越済みの通帳、もらった処方箋の束、娘が使っていたベビーパウダー、息子のおねしょパンツ、洗浄綿、殺虫剤、デジカメの充電器、皆既日食の時に買ったグラス、歴代の携帯電話が五つ、中途半端に中身の入っている缶詰め方式の貯金箱、綿棒の入っていた空のケース、血迷って買ったカラコン、あと、歴代の…メガネが三つ。
不要な物をサクサク捨てていき、メガネを手にした時、ふと…かけてみたくなった。昔使っていたメガネをケースから出し、レンズを拭いて装着してみる。
一つはフレームがさび付いている、レンズはまあまあキレイだけど、これは捨てるか。もう一つは昔パソコン作業用に作った度数の弱いものだ、今かけても度数が進んでいるからほとんど見えないし、あまり意味がない、これも捨てるか。最後の1つは、ああ、確かこの眼鏡は、実家にいる時に作ったものだ。あの頃はこのメガネで1.5の視力があったんだよね。まあ、今はこれで0.3くらいしか見えないけどさ。近視の進む速度ときたら…そんなことを考えながら、眼鏡をそっとかけてみると。
……今使っている、プラスチックのフレームのメガネとは違う、真面目な装着感が、ある。なんと言えばいいのか…、眼鏡が、モノを見るために背筋を伸ばしているような、誠実さが、感じられるのだ。
何が違うんだろう……、まじまじと眼鏡を観察してみる。
古い眼鏡は、金属フレームだ。ああ、鼻パッドがついているから、しっかりとレンズ面が下がらずに支えられているのか。レンズもかなりきれいだ、フレームのデザインこそ古いが、曲がっていないし汚れなどはない。遠くを見た時の感じは普段つけているメガネと変わらないから、度数はおそらく一緒なんだけど、ずいぶん視界がクリアに感じる。レンズが分厚いからかも?フィッティングがしっかりしてると、よく見えるんだろうか……。
古い眼鏡は、地元の品揃えの少ない小さな眼鏡屋さんで購入したものだ。昔は激安のメガネ屋さんなんてなくて、確か、一本作るのに二万円以上したはず。気に入ったデザインが無い中苦肉の策で選んだフレームで、レンズの分厚さがやたらと目立つ…目が小さく見えるのが少し気に入らなかった、眼鏡。金色だからカジュアル感が無くてマダム感が漂うし、あまり使う事がないまま、別のメガネを作ることにしたのだった。
その後、近視が進んだりしたこともあり、複数のメガネを渡り歩いた。
今、私が普段かけているメガネは、一本5000円で作ったプラスチック製のものだ。先代のメガネをランニング中に落として傷だらけにした時に、急遽作った。一番薄いレンズを使っているので軽くて見た目が良いのだが、やけにレンズが目玉に近く、あまり使い勝手がよろしくない。ちょっと寒いところに行くとすぐに視界が曇り、気を抜くと脂っぽい顔面にレンズの内側が接触して汚れてしまうのだ。
不満の多いメガネに比べると…ずいぶん、この古い眼鏡は、使い勝手がよさそうだ。いつもずり下がるメガネをくいくい上にずらしながら、しょっちゅうレンズを拭いている煩わしさが、ない。
……もうずいぶん長い事出番がないまま仕舞われていた眼鏡ではあるが、実は相当偉大なものだったのだな……。まさか、その本質を、今頃知ることになろうとは。やはり高い値段を出したものは、それなりに作りのしっかりした代物なのだ。
鼻パッドが変色してるけど、替えたらまだまだ使えそうだ。
……替えるか。私は、今さっきまでかけていたメガネを、発掘されたメガネが入っていたケースに入れ……。
♪♪♪~
スマホのタイマーが鳴り始めた。もう30分経ったのか…時間が過ぎるのは、本当に……早い。
今日の掃除は、これで終了……いや、これですべての掃除は終了した。
眼鏡ケースを棚に入れ、そのままベッドの隙間に押し込む。
……さて、この不具合の多いメガネが再び発掘されるのは…いつになるかな?
私は、不要品でパンパンになったゴミ袋を手に、掃除が完了した自分の部屋を出たのであった。
ちょっとしたものをすぐにしまい込んでしまうのはなぜなのか。
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