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美味しい絵本

物心ついたときから、私の周りには本があった。

もともと、貸本屋を営んでいた家の生まれである。

家を建て直すときに、ほとんどの本を処分したらしいが、奇麗な本や新しい本は少しだけ残したのだという。新しい本といっても、所詮古い、貸本屋にあった本だからずいぶん古びていて、チャンスを見つけては捨てたいと願うような、ぼろぼろの本がたくさんあった。

古い本はどこかみすぼらしくて、くすんでいた。

私はそれを一冊づつ引っ張り出しては、文字も読めないのに目を通し、鉛筆で絵を描き加えた。

漫画の描いてある紙面に自分の絵を描き加えることで、自分が漫画家になったような気分を味わっていたのだろう。

本の扱いを知らない幼い子供の手にかかれば、古い冊子などあっという間にバラバラになった。

大きな本棚にみっちり詰まっていた古い冊子は、私の成長とともに数を減らしていく。

空いた本棚に、奇麗な絵本が並ぶようになり始めたのは、近所に図書館ができてからの事だ。

白黒ではない、前頁カラフルな、手触りの固い本。

家にある、ぼろぼろの本とはまるで違う魅力が絵本にはあった。

同じものを何度も借りるので、見かねた祖母が近所の本屋で絵本を買ってくれた。

毎月一冊、絵本を買ってもらえることになった。

毎月、一冊づつ増えていく絵本。

買ってもらえる絵本を選ぶのに、いつも頭を悩ませていた。

自分のものになる絵本を厳選しなければならない。

何度見てもうれしい絵本を選ばなければいけない。

歩いていける距離にできた図書館で、私は色鮮やかな絵本に目を光らせた。


どの絵本が一番おもしろいか。

どの絵本が一番かわいいか。


どの絵本が一番おいしそうか。


私は、非常に、ひもじい子供、だったのだ。

ご飯をあまり食べない子供だった。

ご飯がおいしいと思えない子供だった。

お小遣いをもらっていなかったし、そもそもお菓子を食べる機会がほとんどなかった。

絵本の中の、色とりどりの食べ物に目を奪われた。

なんておいしそうなものがあるんだろう。

食べたい、食べてみたい、でも、図書館の本は食べられない。

自分の本になったら、食べても、良いはず。

買ってもらった絵本は、ほぼほぼ、かじった。

クッキーのページに残る、幼いころの自分の歯型。

目玉焼きのページに残る、幼いころの自分の歯型。

ホットケーキのページに残る、幼いころの自分の歯型。

かじった時に、頭の中でおいしいイメージが、確かに、広がったのだ。

絵本の中の、物語の、食べ物の味が。

何度もかじると、ページが破れてしまう。

破れたページからは味が消えてしまうと信じていた。

かじるのは、買った日、初めてその絵本を読むときだけと、決めていた。

月に一度だけ、脳内で楽しむ、私だけのごちそう。

幼稚園に入って先生に叱られるまで、ずいぶんたくさんの絵本をかじった。

チョコレートのページは、かじっていない。

一度かじったら苦くて、それ以来本物のチョコレートさえも嫌いになってしまっていたのである。

印刷インクがにがかったのか、紙がにがかったのか、ただのイメージだったのか。

ずいぶん年を取った今でも、チョコレートがあまり好きではないのだから、脳内フレーバーの威力たるや。


猛暑の続いたとある日、暑さでずいぶん食欲が失せてしまった私は、おいしそうな絵本を手に取り…かじる事前提で購入を試みた。

ずいぶん年を取ってしまったからだろうか、美味しそうに見える絵本が、見つからない。

あれほどかじったお気に入りの絵本でさえ、かじりたいと思えなくなっていた。

目が、肥えてしまったのだ。

体も、肥えてしまったのだ。

ひもじかったあの時代に、確かに私の脳内に広がった、極上の味わいは……もう、どこにも、ないのだった。


食べたことのない食べ物に対する、憧れが無いからなのかも、知れない。

食べたことのない食べ物が、すぐに思い浮かばないくらい…いろんなものを食べてきたという事か。

食べたことがない食べ物で、食べたいと思わせる、魅力のあるものが、見つからない。


……見つからないというならば。

創作するしか、ないでしょう?


まだ食べたことのない、魅力あふれる食べ物を自らの空想力で創造し、この世に知らしめようぞ。


美味い食べ物とは何か。

魅力ある食べ物とは何か。

虜にする食べ物とは何か。


夏バテなどどこかに吹っ飛んでしまう、美味しい食べ物。

ご褒美に出されることを期待して猛勉強できてしまう、美味しい食べ物。

イライラした気分がさっとウキウキした気分に変わる、美味しい食べ物。

悲しい涙が感動の涙に変わる、美味しい食べ物。


がぜんやる気の出て来た私は、棒アイスを口にくわえつつ…パソコンに向かう。

おいしそうなワードをがっちゃがっちゃと叩きこんでいるうちに、おなかが久しぶりに、ぐうと鳴った。

…空腹は最高の調味料ってね。

きっと、最高に美味そうな食べ物が生まれるにちがいない。


めちゃめちゃかじった絵本を紹介しておきますね。
タイトルがわかんないのも結構あるんですよ、あの美味しいクッキーの絵本はなんという絵本だったんだろう…。

こどものともが大好きだったんですよね。特に食べ物の出てくるヤツ…。


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