見出し画像

コミュニティサロン

 …うちから歩いて10分の場所に小さなコミュニティサロンがオープンしたのは、先月の事だ。

 近隣の住民で集まって楽しく交流し、友達づくりをしましょう♪という、ややおせっかいな発案のもと、毎週日曜日の朝から昼まで…主に高齢者のつながりを促す場を提供するべく、公民館の一室を解放することに相成ったのである。

 発起人は、近所に住む元小学校教師の順一先生だ。年明けに体育振興会の集まりがあった際、隣町の独居老人が残念な状態で発見されたという話を聞き危機感を募らせ…即町内会会議にかけて、あっという間に容認をもぎ取り新年度早々のオープンにこぎつけたというパワフルさである。なんという行動力、見習いたいような、逃げ出したいような…。

 最初こそいぶかしげな顔を向ける人も多かったのだが、思いのほか独居高齢者はコミュニケーションを求めていたようで、このところ口コミ効果?もあってボチボチ参加者が増えてきたようだ。ほとんどが男性で、たまに女性が顔を出すような感じらしい。ご婦人はわりと独居でも近所に声をかけたりして積極的にコミュニティを構築する人が多いので、『さあ今からコミュニケーションを取りますよ』というようなサロンには魅力を感じないのかなあと思わないでもない。頑固で偏屈な爺さんがいそうで、敬遠されているのかもしれないけど。

 最初に小耳にはさんだ時点では、相変わらず高尚な事をしているなあと完全に他人事で感心していたのだが…安定の巻き込まれ体質である旦那がキッチリ今回も招集され、私まで駆り出されるというこれまたお決まりのパターンがですね。

 ぶよつく体の人が口うるさくお知らせチラシを作れというので連休前の忙しいスケジュールの合間をぬってマンガ付きのわりと本格的な奴を作ることになり、これでいいですかと張り切る順一先生のところに見せに行けばここはマズいこれもマズいこれじゃあ伝わらないとダメ出しを喰らい…げっそりした私がおりましてですね。げっそりしつつも、せっかく始まったんだったらもっといいものにしていけたらいいですねなんて社交辞令的な事をお伝えしつつ、ようやく終わった後は家でのんびりとなどと考えていたわけですけれどもね。

 フレンドリースキルのありすぎる太すぎる人はいつも通りにマイペースに町内ソフトボールクラブの方に顔を出しにいくことになったからとかぬかしやがって、当日の朝に手伝いを私に丸投げしやがってですね!!さすがに二回りも年上の順一先生に「家でのんびりぼんやりしてたいから手伝いたくないの、ごめんちょ♡一人でガンバ☆」とも言えず…あーもー!!なんでいつもいつも毎回毎回こういうパターン?!

「おうい、お母ちゃん!イスと机はもういいや、今日は座敷の方開放するし!あとは倉庫から碁盤と・・・そうそう、そういえば聞こうと思ってたんだった!あのね、何かいいゲームとか知らない?」
「ゲーム?」

 コミュニティサロンの開かれている公民館にはトランプや囲碁、将棋などの備品がある。それを使ってみんなでわいわい遊んでいるのだが、お年を召した方々というのはわりと気難しいようで…やれトランプは子供じみてていやだだの、囲碁は時間がかかるから疲れるだの、将棋は相手になるやつがいないだの、この年になってルールを覚えるのは無理だだの、ぼちぼち苦情とまでは行かないが不満の声が上がっているとのこと。先週は新聞紙を持ち込んでかぶと作りなどをしたようだが、子供じゃあるまいしと和気藹々どころか文句の言い合いになって剣呑とした空気が流れたのだそうだ。

「昔おもちゃ屋さんで働いていたんでしょう、脳トレになりそうなゲームとか知らない?簡単で面白くて、ちょっとハマるような感じの分かりやすいやつ。一応予算があるから、今週買いに行こうかと思ってるんだけども。今日はね、みんなでどういうのが良いか話し合おうと思っててねえ」
「そんなんわざわざ買わなくてもうちにいっぱいあるよ。まだ時間あるし…ちょっと持ってくるね」

 うちはもともとボードゲーム/テーブルゲームの類が好きな一家である。
 誕生日やクリスマスなどのイベントのたびに様々なゲームを買っては家族で遊んで、あっと言う間に飽きて、押入れに突っ込んで…いろんなゲームが利用される機会を無くしたままたくさん蓄えられていたりする。息子がパソコン方面に興味を移した事もあって、このところめっきりおもちゃを買い与えなくなり、モノが増える事はなくなったのだけれども…物を捨てたがらない旦那のせいで押し入れは隙間なくみっちりと詰まったままになっておりましてですね。…これはいい機会だ!よし、寄付をするという名目で全て出して、大掃除を図ろう!!
 
 サクッと自宅に舞い戻り、押し入れを開けて…人生ゲームに黒ひげ危機一発、エアホッケーに卓上ピンポン、オセロにドンジャラ 、パチンコに立体パズル、生き残りゲームに人体解剖、ルービックキューブにモノポリー、ブロックスにカードゲーム各種、ベイブレードも持ってくか。手早く衣装ケースに詰め込み、詰め込み、詰め込み、詰め込み……。

「おもちゃで遊ぶの?」

 ゴールデンウィーク明けにテスト週間になるという事で、自宅で机周りを整頓していた息子がこちらを見ている。どう見ても興味津々だ。そうだな、彼は一番これらのおもちゃを遊び倒してきた張本人だもんなあ…おそらく遊びたいに違いないぞ。

「なんかコミュニティサロンで使いたいっていうから持って行くんだよ。君、良かったら来ませんか!近所の爺さんたちにベイブレードの使い方教えてあげてよ。テスト勉強は…午後からでいいじゃん?あんまり詰め込み過ぎてもさ、はみ出すものも多そうじゃない?息抜きしよ!!ね!!」
「うん」

 かくして息子と二人で衣装ケース二つ分のゲーム類を持ち込んだところ。

「何これ、子どものおもちゃ?」
「ああ、これ孫に買ってあげたよ」
「あのさあ、わしらはいい大人なんだから、もう少し違ったものの方が」
「まあまあ…ちょっと楽しそうよ?」
「ふん、つまらんかったら帰るからな」

 最初こそ、失敗したかもと思ったのだが。

「うわー!!負けたぁああ!!!」
「よっしゃ!!」
「いやいや、俺はこのかっこいいやつで・・・」
「これはどういうベイなの?セットできないな」
「これは左利き用だよ」

「これってカンとかできないんだっけ?」
「どーん!!オールスターセットで上がり!!」
「うわあー!!おけらだー!!」

「ふふ…僕ねえ、こういうの得意なの!!」
「すごい!!ルービックキューブがそろったのはじめてみたー!!」
「ねえねえ、こっちもやってみて!!」

 なんかやけに盛り上がりがですね?!

「あっ!!それズルじゃん!!」
「違うって、これはテクニックなの!!」
「はい、俺の勝ちー!!」
「一個も取れなかった…もう一回だ!!」
「勝つまでやめんぞ!!」
「シュン君、これどっちが強い?」
「こっちかな」
「ずるいぞ!!自分で選べよ!!」

 平均年齢70オーバーの老いたオーラが漂うはずのこの空間に、やけに生き生きとしたピュアな少年の雰囲気が、雰囲気がー!!

 いくつになっても、少年の心というものを持っているものらしい。かつて少女だった方もやけにキラキラとした目を…ああ、皆さん気持ちだけはきっちり若返っていらっしゃる!!

 ……そうだな、老いたとはいえ、かつては少年少女だった皆さんなのだ。記憶の奥底に眠っていたものがあふれ出してもおかしくはあるまい。無口な人も黙って黙々と勝つための策を練っていらっしゃる…、さては智将タイプだな。

「うふふ、コレでいいのかしら?」
「あ、あがりですね、ええと…2400点…」
「なんだ飯島さんずっと勝ってるじゃないか!」
「新たな才能発見ですねえ」
「麻雀でも強そうだな!!」
「大会開くか!!」

「おーい、これどうやって遊ぶのか、指南してー!!」
「お母ちゃん、こっち、こっち!!」
「ええとね、これはタイマーを仕掛けて内臓が飛び出す前にピンセットでつまんで…」

「ルーレットがうまく回らんじゃないか」
「プレート部分をスライドさせよう」
「ごめーん、車に乗せた子供がどっかとんでっちゃった!!」
「いっぱいいるから大丈夫…あ、あったあった」
「ちょ!!それ俺が買おうと思ってた家!!」
「うわー!!保険かけといてよかったー!!」
「保険は重要ってね、うん、ホント…保険はね、かけといた方が良いよ」

「わー!江本さんが箱つぶした―!!」
「わー!市川さんが途中放棄したー!!」
「負けそうだからって逃げるなア!!」
「片づけてから次のやれよ!!」
「この出しっぱなしのパズル誰のやりかけ?」
「よーし、次も勝つぞ!!」
「一回やったら代わってくださいよ」
「はいはい、順番順番!!」

 ……というか、何、この、カオス。

 …なんとなく、幼い時代に横暴な男子と一緒に遊んで…いろいろとダメージを食らった記憶が甦る。
 あれだ…闘争心というやつ?をフルで前だししてくる感じ?悪知恵を駆使して勝ちを取りに行く貪欲さのようなものもちらほら感じるというか。根こそぎ牛乳キャップを奪われたり、どうやってもサイコロが1しか出ないよう仕組まれたり、ハメ技を使ってとことんどん底に叩き落とされたり、裏で手を組まれて毎回罰ゲームやらされたり…ああ、なんか気のせいか、すこぶる気分がよろしくない思い出が、でろんでろんと―――!!

「はい、では皆さん!!そろそろお開きの時間ですよー!」

 あっと言う間にコミュニティタイムの終了の時間だ。
 なんという充実した三時間…まさか、この濃度で毎週やるの…?

 来週からは絶対に旦那に出てもらおう。こんな体力を奪われる、気遣いの求められる会合、とてもじゃないけど…繊細な私には、無理!!ニコニコしているけど、息子も相当疲労しているに違いない。新学年新学期一発目のテストがあるし、しばし休みを……。

「これってさあ、どこに行けば買えるの?」
「ええと、スーパーか量販店のおもちゃコーナーか、交差点のところの中古ホビーショップ?」
「さてはブースターを買うつもりか?!俺も買いに行こ!!」
「来週は孫も誘っていい?」
「来週麻雀セット持ってきてもいいよね?」
「ねえ、これ借りてったらダメ?研究したいんだけど…」
「お兄ちゃん今度は負けないからね!!」
「シュン君また来週~♪」
「はい」
「いやあ奥さん、よかったわー!!来週も頼むね!!」
「へ?!いや私は旦那のピンチヒッターでそのぅ…」
「なんだ、来週は家族揃って来るんだね!」

 アアア、これ、もしかしてもうずっと手伝い続けなきゃいけないパターン?!

「来週に備えて勉強を頑張っておこう!」

 俄然はりきる気満々の息子を前にですね。
 もう来なくてもいいんだよとはとても言い出せずにですね。

「ねえねえ、人生ゲームの待ちが多かったからさぁ、二つぐらい経費で買おうかなって思うんだけど、いくらで買えるかわかる?このあと買いに行きたいんだけどね、どこが安い?」
「ここらへんだったら激安量販店で2980円で売ってると思うよ……」

 近所の量販店のおもちゃコーナーは、さぞかし売り上げが出るんだろうなと…しみじみ思ったというお話です…。


やらかしがちな家族が出てくるお話は
こちらのマガジンでまとめております(*'ω'*)

良かったら見てね!!


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/