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異世界に行き損ねたかもしれない話をしてみる

 確か…自分が小学五年生あたりのことだと、思う。

 お肉屋さんの英子ちゃんと仲良くなった私は、毎日のように百円を握り締め、スーパーのフードコートに通っていた。

 一本百円のフランクフルトを食べるのが目的だった。当時、英子ちゃんのお店では生のお肉しか売ってなくて、わざわざ歩いて15分かけてフランクを買いに行っていた。こんなにおいしいんだからお店で売りたいのにといつも愚痴をこぼしており、それを聞くたびに私はいつも…販売するようになったら毎日買うねと励ましていたのだ。

 フランクを食べ終わったあとは、スーパーの裏手にある古本屋に行っていた。一見普通の家なのだが、入り口に古本屋と書かれた看板が置いてあり、ドアを開けると所狭しと本が積まれていて、子供たちに人気の店だった。単行本などももちろんあったが、雑誌などがとにかく大量にあって、自由に読むことができたのだ。

 英子ちゃんと私は少女マンガ雑誌のファンで、いつもここで立ち読みをしていたのだな。置いてあるのは三、四年前の雑誌が多くて、人気連載タイトルの新連載の号などがあったのでひいきにしていたのだ。

 また、雑誌の付録をひとつ50円で販売していて、お気に入りの作品のノートが入っているものなどをいくつも買ったりしていた。

 いつもは大体、ドア付近にある雑誌類のあたりしかうろつかないのだけど、ある時好奇心で…店の奥のほうに行ってみた。

 天井まで詰まれた分厚い辞典?写真集?背表紙の太い本がみっちりと棚の中に並んでいて、それはそれは…圧巻だった。平台の上にはなぜか干からびたレモンが置いてあって、英子ちゃんと一緒にげらげらと笑ったんだよね。何で本屋にレモンがあるの?!ってさあ。今にして思えば、お店の人は…本当に本が…文学が好きな人だったんだろうと、予想はつくのだけれども。

 英子ちゃんはわりと文学少女でもあったので、古い上製本を手にとっては、時々ため息をついたり、歓声をあげたりしていた。私は児童文学しか読まなかったので、いまいち大人の本には興味が持てず…もっぱら面白いデザインの本だの、おかしなタイトルの本だのを手にとっては、ぱらぱらとのぞいて楽しむばかりだったのだが。

 ふと、目にとまった、緑色の本。

 宝箱みたいな…にぶく光をはじく、重みのある本だった。タイトルが無くて、なんだこれはと思ったのだ。それを手に取り、表紙をめくったら…見たこともないような文字が描かれていた。やけにくるくるとした文字?が並び、へたくそな線画が描かれていて、興味を持った。次のページをめくると、手の平のイラストが、二ページ。

 もしかして、ここに手を置けってことなのかな?私はそっと、手を・・・。

「あーちゃん!ヤバイ、もう五時だ!そろばんいこー!」
「あ、うん。」

 英子ちゃんと私は、同じそろばん塾に通っていた。その日は…そろばんのある日だったのだ。私はそっとその本を戻して、古本屋を後にしたのだけれども。

 翌日、古本屋に行くと…その本はなくなっていた。

 いろんな場所を探したのだけど、結局見つけることができなくて…今でもふと、あの本はなんだったんだろうと思い出すことが、ある。

 あの時、両手をあの絵の上に、のせていたら・・・?

 もしかしたら、本の中の世界に入っていたのかも・・・なんて、ね?

 真相は、不明だ。

 その古本屋は、確か私が中学校に入った年に火事で燃えてしまってねえ……。

 あんな紙だらけの古本屋なのに、店主がさあ、ヘビースモーカーで…タバコの不始末で燃え落ちたのだなあ。

 ……久々に実家に帰ったら、あの頃通ったスーパーが更地になってたもんだからさ。

 いろんなことを、思い出してしまったよ。

 英子ちゃんのお肉屋さんは、結局フランクを販売することなく閉店してしまったんだよね。
 そろばん塾は廃屋になってるし、古本屋があったところは怪しげな衣装屋さんになっていて…時の流れというのは、なんていうか…うん、まあ、こんなもんか。

 私は、駅前のコンビニでフランクを一本買って…駅ビルのテラスから、見知らぬ風景を見下ろしたのであった。


※こちら動画もございます※

動画紹介でこのエピソードについて追記してますので、よろしければご覧くださいな。ヴォイニッチ手稿とか好きな人にはソソラレルかも?


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