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ラーメン

 ラーメンが、食べたい。

 うまい、ラーメンが、食べたい。

「なんかおなか空いた!!ラーメン食べに行こ―!!」
「行くー!餃子も頼んでいい?!」
「行く。」

 私のラーメンが食べたいという気持ちが、家族に伝わったらしい。

「……行くか。」

 家族そろって、旦那のお気に入りのラーメン店に行くことになった。

「えっとー、大盛りこってりニンニク多め、餃子とチャーハンのセットで!」
「えっとー、こってりニンニク普通ネギ無し、餃子とご飯中のセットで!」
「こってり、餃子とキムチ、ごはん中です。」

「こってりで。」

 ほどなくして、注文したラーメンが運ばれてきた。

 レンゲでスープをひとすくいし、唇で…食む。

 どろりとした、濃厚なスープを、啜る。

 ……うまい。

 濃厚で、舌の上にねっとりと広がる、リプレゼンタ・オブ・デリシャス・スープ。

 ……うまい、確かに…うまい。

 濃厚極まりないスープが、どこか素っ気ない、すましたストレート麺にこれでもかとしがみ付き、一体となって口の中に躍り込む。

 ……うまい、確かに、うまい。

 ……だが。

 ……これは、私が、心の奥底から求めている、美味さでは……ない。

「ごちそうさまでした。」

「あーうまかった!!!デザートコンビニで買って帰ろう!!お母さんお会計よろちく!!」
「あたしプリンかお!!」
「アイス食べたい。」

 コンビニで買った、みかんどっさりゼリーを食べながら……過去に食した、愛おしいラーメンを、思う。

 ……あれは、確か、茶色いスープだった。

 透明感のある茶色いスープに、なるととメンマ、赤い麩、ネギが乗っていた。

 あっさりとした、鼻に確かなダシの存在感が残る、王者たるラーメン。

 ああ、今日も‥‥私は、食べたいラーメンを食べることが…できなかった。


 …ラーメンが、食べたい。

 うまい、ラーメンが、食べたいのだ。

「なんかおなか空かない!新店オープンのラーメン食べに行こ―!!」
「行くー!から揚げも頼んでいい?!」
「行く。」

 私のラーメンが食べたいという気持ちが、家族に伝わったらしい。

「……行くか。」

 家族そろって、最近話題のラーメン店に行くことになった。

「えっとー、みそ師匠全部乗せ野菜マシマシ背脂追加、ご飯大盛りで!」
「えっとー、特製みそスペシャル、追加チャーシュー二枚とご飯中のセットで!」
「辛みそチャーシュー麵、ごはん中です。」

「野菜味噌で。」

「あ、唐揚げわすれてた、二人前!」

 ほどなくして、注文したラーメンが運ばれてきた。

 レンゲでスープをひとすくいし、唇で…食む。

 ややさらりととした、薫り高いスープを、啜る。

 ……うまい。

 味噌の香りが、舌の上から鼻の方まで通り抜ける、ミラクル・フレグランス・ウィンド。

 ……うまい、確かに…うまい。

 濃厚な味噌の風味が、縮れまくった太麺に絡め取られ、シャキッと背を伸ばす野菜どもまで道連れにし、口の中に飛び込んでくる。

 ……うまい、確かに、うまい。

 ……だが。

 ……これは、私が、心の奥底から求めている、美味さでは……ない。

「…ごちそうさまでした。」

「あーうまかった!!!さっぱりしたデザート食べたい!!32アイス行こ!お母さんお会計よろちく!!」
「あたしボクシングシャワーとバナバナバナナのダブルかお!!」
「バニラ食べたい。」

 アイスクリームショップで買った、ダイキリアイスを食べながら……過去に食した、愛おしいラーメンを、思う。

 ……あれは、確か、醤油ラーメンだった。

 縮れ麺が、スープを吸って太くなっていた。

 おかもちの中から取り出され、王者たるオーラをラップできっちり封じ込められた、哀れなラーメン。

 ああ、今日も‥‥私は、食べたいラーメンを食べることが…できなかった。


 ……ラーメンが、食べたい。

 うまい、ラーメンが、食べたくてたまらない。

「ねーねー、ついでだからラーメン食べてこ―!!」
「たべるー!ソフトクリームも頼んでいい?!」
「食べたい。」

 私のラーメンが食べたいという気持ちが、家族に伝わったらしい。

「……食うか。」

 家族そろって、フードコートのラーメン店でおやつを食べることになった。

「えっとー、特製ラーメン大盛、カレーセットで!」
「えっとー、肉入りラーメンサラダセットで!」
「卵入りラーメンと牛カルビ丼お願いします。」

「野菜入りラーメンで。」

 ほどなくして、呼び出しベルが鳴った。家族揃って、注文したメニューを取りに行く。

 席につき、レンゲでスープをひとすくいし、唇で…食む。

 さらりとした、お馴染みのスープを、啜る。

 ……うまい。

 長年食べ続けて体の芯まで染み込んだ、馴染み深き、マイライフ・マイソウル・マイドリーム。

 ……うまい、確かに…うまい。

 気取らないスープが、飾らない麺が、お前の体の一部は俺が作ったのだと、今からまた俺が作るのだと、心して食らいやがれと、一体となって口の中に乗り込んでくる。

 ……うまい、確かに、うまい。

 ……だが。

 ……これは、私が、心の奥底から求めている、美味さでは……ない。

「ごちそうさまでした。」

「あーうまかった!!!ソフトクリームかお!!よーし、今日はお父さんがおごっちゃる!!」
「あたしクリームぜんざい!!」
「ラムネかき氷食べたい。」

 ハーフサイズのソフトクリームをおさじですくいながら……過去に食した、愛おしいラーメンを、思う。

 ……あれは、確か、昔当たり前にあった。

 どこのラーメン屋にいっても、だいたい似たようなモノが出てきていた。

 ……だから、安心してしまったのだ。

 いつ、ラーメン屋にいっても、必ず出てくるものなのだと。

 子供の頃、あれほど近所に溢れていたラーメン屋は、いつの間にか姿を消した。

 出前を頼んだラーメン屋も、大晦日に立ち寄ったラーメン屋も、はじめて一人で食べに行ったラーメン屋も、私がアルバイトに精をだしている隙に軒並み閉店してしまったのだ。

 ああ、今日も‥‥私は、食べたいラーメンを食べることが…できなかった。

 ああ、いつになったら、私は、食べたいラーメンを食べることができるのか。


 …ラーメンが、食べたい。

 うまい、ラーメンが、食べたくてたまらないと、何度言えば良いのか。

「ねーねー、ラーメン大集合ってイベントあるらしいよ!お母さんの食べたいのあるかも!行こう、行こう!」
「あたし塩バターラーメン食べたい!」
「台湾ラーメン食べる。」

 ついに私のラーメンが食べたいという気持ちが、県内に伝わったらしい。

「……行くか。」

 家族そろって、遠路はるばるイベント会場へとやってきた。

「うわあ、お父さん長崎チャンポンと泥ラーメンにしよ!」
「あたし塩バターラーメンにとうきびスリープラスする!」
「台湾ラーメンひとつください。」

 ……信じられない。

 20種類も集まった、ラーメンイベント会場には……。

 野菜と具がたっぷりの次郎系、豚骨醤油の家系、あっさり塩、つけ麺、まぜ麺、魚介系、味噌、豚骨、鶏白湯、台湾ラーメン、フォー、カレー、フランス創作、トムヤンクンにトマトスープ、バリそば、チャンポン、ワンタン麺と、色々あるのだが。

「ぐぬぬ…食いたいラーメンが、ない!」

 醤油ラーメンはある。しかし、鬼盛りメンマだの、ネギラーメンだの、年輪チャーシューメンだの、淡雪ラーメンだの、シンプルとは程遠い、きらびやかで賑やかしい次元を越えてしまった全くの別物感!

 ああ、時代は、移り変わってしまった……。

 進化を遂げたラーメンは、過去の純朴な姿を捨て、己の個性をこれでもかと魅せつけている。

 どこかで食べたような味、似たような味、特徴のない味……、そういった安心感ではなく、唯一の味、他にない味、インパクトのある味が求められ、提供され、ラーメン業界をもり立てているのだ。

 ガックリ肩を落とす私をみて、家族は大変優しく……。

「ねーねー、これ半分食べない?本場豚骨も食べたいし!」
「ねーねー、これ半分食べて!あたし年輪チャーシュー麺食べたい!」
「ザンギラーメン食べたい。」

 食べかけのラーメンを差し出してくれましてね?!

 くそう、人の食べ残しで腹一杯だよ!

 何も買わなくて良かった……(。>д<)


 …ラーメンが、食べたい。

 うまい、ラーメンが、食べたくてたまらないと、何度言ったところで。

 私は、自分の求めるラーメンを探した。

 幸い今はインターネットによる事細かな検索が可能だ。

 ……。

 …………。

 どうやら、自分の求めるラーメンに近いものは、県内には三軒、近隣県に二軒ほどあるようだ。

 だが、ビミョーに違うので、イマイチ食指が動かない。

 私の求めるラーメンは、濁った脂は浮いていない。
 私の求めるラーメンは、海苔は乗っていない。
 私の求めるラーメンは、ほうれん草は乗っていない。
 私の求めるラーメンは、美味しそうなチャーシューは乗っていない。
 私の求めるラーメンは、白っぽくない。
 私の求めるラーメンは、絶妙に底まで透き通ってはいなかった。
 私の求めるラーメンは、もっと黄色い麺だった。

「ああもう!食べてみたらうまいって思うかもしれないじゃん!あーだこーだ言ってるくらいなら、食べに行こ!」
「あたしも行くー!」
「行く。」

 休みのたびに、近隣のラーメン屋を訪ねるも。

「うまいけど、違う……。」

 ダメだ、どこもかしこも、うまいけれども、記憶に残るラーメンの味ではない。

 検索地域を全国に広げると、見た目がそっくりなラーメンがいくつかあった。

 だが、片道二時間半かけて食べに行くには、ちょっとですね。

 味噌汁が白かった時の衝撃、餅が丸かった時の驚愕、それを知る私は、イマイチ乗り出す気になれなくてですね。

 地域の独特なダシの傾向とか絶対にあると思うんだよね。

 醤油の癖とかさ、わりと県跨ぐとかなり違うっていうか。

 私の中の、記憶に残るラーメンは……昇天したのだ。

 生まれ変わって新たな生きざまを得た、もう出会うことのない、ラーメンなのだ。

 私は、彼らの残した功績を称えながら、今あるラーメンを噛み締めていこう。

 ……正直、ちょっとラーメン食べすぎたわ。

 体も増量したし、お財布も痩せ細ったし、しばらくラーメンはもういいや。


「ねーねー、今度の連休さあ、お母さんの食べたいラーメン探す旅にしよ!」
「いいねえ!あたしサービスエリア巡りしたい!」
「行こう!」

 私から抜け落ちた、ラーメンを食べたいという気持ちは、家族に引き継がれたらしい。

「あ、私はいいんで、みんなでいってらっしゃ
「なにいってんの!もう旅館予約したよ!」

 フットワークの軽すぎる家族ってね、ホントにね?!


 私のラーメン探索は、まだまだ続くらしいという、お話です……。

※こちら動画もございます※



見た目はこんな感じだったんだけどなあ…。


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