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龍神のお使い

「ねえねえ!!うちの近所にさあ、龍神の使いが出たらしいよ!!めっちゃバズってる!!!」

何やらバイトから帰ってきた娘が興奮している。ドラゴンの類に目がない娘を目の前に、私は少々、身構えてしまう。

「なにそれ。インチキ臭いな、ちょっと見せてみい。」

バイト時に龍のマスコットを付けている娘の龍ラブぶりは、店内スタッフはおろかお客さんにも知れ渡っているようで、親切なおばちゃんが教えてくれたんだって。
…確かにツイッターがバズってるな。相談一回5000円、只今予約待ち一年後…。なんだこれ、お金取るのか、ただの占い?…予言を授ける、ねえ。ある日龍雲が頭上に広がり、その美しさに感銘を受けていたところ突如龍神様が光臨し…弱き人々に龍の力を分け与える役目をせよとじきじきに指名され、それを快く承ったね……、フムフム。

「すごく人気あって予約取れないんだけど、たまに急なキャンセルが入ることもあるらしいよ、龍神の館に直接行ってキャンセル出てたらすぐ見てくれるんだって!!!」

住所を見てみると…自転車で10分ほどのビルの一室らしい。…出張鑑定、お祓いは一万円かあ。ふうん…。

「占ってもらうつもりはないけど、龍神とかすごく気になる、見に行ってみようかな。西洋ドラゴンか東洋ドラゴンかはたまた亜種か…。」
「あんた今月のお小遣いアプリ課金で使い果たしたって言ってたじゃん。自分の資金で行くなら私は止めないけど、援助はしないんで。」

ややふくれっ面をしているが、もともと占いなど全く気にしないおおらかな娘である。すぐに忘れて課金し過ぎたゲームに興味は移っていった。


…そんなことがあった、ある日。
週末のスーパーで、レジに並んでいた時だった。

「ちょっと!!あなた、呪われてますよ!!」

レジで並ぶ私に、中年の男性が声をかけた。いきなり何言ってんだろう。春先でもないのに…おかしな人が出没するとかさあ。レジ別のところにいこうかな。

「はあ。」
「あなた…黒い靄が見える、邪悪なオーラ…一刻も早くお祓いしないと、周りに不幸を呼び込みますよ。」

…何この人。頭おかしいんじゃないの。だめな人だきっと、よしこの場を離れて・・・。

「ぎゃあああああああ!!ヤダ!ちょっと!!あんた早くここから出てって!!悪魔!!悪魔ああアアア!!!」

男性の後ろのおばさんが、大きな声で騒ぎ立てて…店内にいる人たちの視線が集まる。
…ちょっと、これ何の公開処刑!!!

「お客様、どうされました。」

スーパーの店長さんとみられる人が騒ぎを聞きつけやってきた。

「なんか…。」
「この人呪われてるんですよ、それをお知らせしてたんですが…。ええと、私はこういうものでしてね、色々と見えるので。」
「周りを不幸にするんだよ!!客を殺すかもしれない、すぐに追い出して!!危険、怖い!!!この先生はね、すごい人なんだよ、言うことは聞かないとだめなんだよ!!」

説明をしようとした私の言葉は、おじさんとおばさんの声でかき消されてしまった。
おじさんは名刺を取り出して、店長らしき人に手渡している。…周りから人が遠ざかっていく。好奇に満ちた目、うわぁって顔した人、気にしない人もいるけど…。

「ほかのお客様のご迷惑になりますので…。」
「そうだよ!!早く出てけ!!!」

おばさんが興奮して私をつき飛ばそうとしたので…店長さんらしき人が私の前に入った。庇ってくれてはいるようだけど…。

「お静かにお願いします、すみませんが…あちらのレジでお会計させていただきますから。」
「店がつぶれるんだよ?!あんたこんな悪魔庇ったら寿命が…!!!」

叫ぶおばさんは店長さんらしき人に連れられて、サービスカウンターの方に消えた。

「ほら、あなたの悪いオーラに触発されて…あの人も染まってしまったんです、一刻も早くお祓いした方がいいですよ。」
「はあ。」

ドヤ顔のおじさんに向かって私はどんな顔をしたらいいんだ。レジの順番がきたのでかごをチェッカーさんに出す…なんか嫌そうな顔をしているような気がする。…やだなあ。
居心地が悪いなか、会計中の私におじさんが何かを差し出した。

「私、龍神の使いをしている者です。名刺を差し上げましょう。本当なら予約がいっぱいですぐに払えないんですけど、あなたの場合は非常事態ですから…特別に追加料金だけで払いますよ。」

龍神の使い龍崎御霊りゅうざきみたま……うそやん、この人、例の龍神の人だ!!!こんな出会いってあるんかね。マジか。そうか、ここから近いもんね、なんだ買い物…普通にスーパーでするんだ、意外…。

「はあ。」
「よ、4242円です…!!!」

たまたま…レジのお購入金額が不吉っぽかったからか、お姉さんがひきつった顔をしている。お札を出して、42円を出して…。お姉さんは小銭を落としてしまった。…そんなに怖がらなくても。

「は、八百円のお返しです。」
「ありがとう。」

おつりを受け取ろうとしたら、手が滑って五百円玉が転がってしまった。…運がないなあ、もう。五百円玉を拾い上げると、気の毒そうな目を向けるおじさんと目が合ってしまった。何だよぅ、その目は…。

「ありがとうございました…。」

清算を済ませて買ったものをエコバッグに詰めて帰る私は…ずいぶん、注目を浴びて、駐車場へと向かう事となってしまったのであった。


「…ってことがあったんだよ。」
「何がついてるっていうんですか?…そんなのついてたら私が大喜びで食べちゃうんですけどねえ…。」

午後のひと時、私の目の前には黒い人。もっしゃもっしゃとフィナンシェを頬張っている。
……ちょ!!あんたいくつ食う気だ!!狭間の皆さんに差し入れしようと作りこんでたのに!!!…いや、黒い人が持ってってくれるって言うからさあ。

この黒い人は…いわゆる、人じゃない人で、人の世界に出没しては人のおかしな感情やら腐った魂やらを捕獲して喜んでいる存在である。
ひょんなことで縁がつながって、ずいぶん前から私と知り合いだったりするのだ。なお、狭間の世界というのは、時間の概念のない人じゃないみなさんが住んでる場所のことで…まあ、一般的には、知られていない部分が多いかな?たまに迷い込んだりする人もいるみたいだけどね。

「ちょっと!!他の人たちに渡すお土産分まで食べないでよ?!」
「いやあ、美味しすぎます…おなか減っちゃったんですよ、そんなうまそうな話聞いたもんですから。」

私は食欲の増すような話はしてないんだけども。ああ、黒い人は負の感情が大好物なんだったね。彼の食欲がわくような何かが私の話の中にあったということですか、そうですか。
くそう、これ以上食われては…狭間の皆さんにあげる分のフィナンシェが無くなってしまう、かくなる上は。

「名刺もらったから、場所分かるよ。…見に行く?」
「いいんですか!!!行きましょう、今すぐ!!」

めっちゃ乗り気だ。なんかあんまり気乗りしないんだけどなあ…。まあいいか、私も気分悪いまんまだとちょっとね。ものすごく呪われているというその元凶、どうにかしてもらおうじゃありませんか。

「せっかくですから龍神さんも呼びましょう、ちょっとおもしろそうだし。」

黒い人は異空間に顔を突っ込み、何やら向こう側で話をしている。
…いつ見てもおかしな風景だ。顔というか、頭の三分の二くらいが異空間に入っちゃうみたいでね、変なとこで顔というか頭がかけてんのさ。

「あとで来るそうですよ。現地集合にしたので、急ぎましょう!!」

テンション高いなあ、もう…。この人絶対に色々食い散らかすつもりだよ!!!間違って魂とかぺろりと行きそうで本気で怖いんですけど!!!


龍神の使いのおじさんのお店の前には、10人ほど並んでいた。…なんだろう、ポチポチおかしなもん背負ってる人がいる。普通の人もいるけどさ。

「うっひょぅ!!これはすごい!!食べ放題だ!!!」

黒い人はおかしな奇声をあげて並ぶ人たちの周りの靄をちぎっては食らい、ちぎっては喰らい…。呆れて見ていると、入り口のドアが開いてこの前のおじさんが出てきた。その隙に黒い人が部屋の中に入り込む。・・・ドアなんか閉まっててもすり抜けちゃうくせに律儀なことで。

「ああ、あなたは…今日も呪われてますね、すごく悪いものが積み重なってて…すぐにでも取り払わないとつぶれてしまいそうですけど、すみませんねえ、今日予約がいっぱいで。追加料金もらえたら、終了後に時間作って払えますけど、どうします?」

先日の出来事が印象深かったのか、おじさんは私のことを覚えていた様子。診察?は午後五時までらしく、それ以降見てもらうためには追加料金を払わないといけないらしい。入り口に書いてある料金表を見ると、お祓い5000円、相談5000円、予言3000円、追加料金5000円、超過10分につき1000円…。結構エグイな。

「おう、おそなったですまんな。」

私がげっそりしていると、後ろから龍神のじいちゃんが現れた。
相変わらずの好々爺、長いひげがイカスぜ。…空を見上げると、おお、龍雲がしっかりと浮かんでる。私の視線に気が付いたおじさんは、何事かと思ったらしく空を見上げるけど…ん?龍雲に気が付いてない?…いやいや、龍雲を見飽きてるから、ちょっと見たぐらいじゃ感動しないのかもしれない。

「あなたもお祓いですか?…すみませんね、今日は無理そうです。」
「お祓い?わしから何を払ってくれるんだか…。気になるのぅ…。」

…龍神の使いなんだよね?このおじさん。なんでじいちゃんの事お客さん扱いしてるの。一応人の振りしてるからぱっと見ガタイのいいじいちゃんだけど、龍神の使いと誇示するくらいなら…、ちょっとぐらいこう、崇めたりするでしょ、普通。

…ってさあ、やっぱ自称龍神の使いなんじゃん。こんなことだと思ったよ!!!うん、知ってた!!!

「気になるなら予約してきてくださいね。…で、あなたはどうします。」
「また今度…考えてからにします。」

私の返事を聞いたおじさんは何も言わず、先頭に並ぶ女性を連れてドアの中に消えた。

「あなた呪われてるんでしょ、早く祓ってもらった方がいいですよ、私もこの前してもらったけど、それからすごく調子がいいの。ここの龍神様のお使いさまはかなり格が高くてね、本当に浄化されてね?」

私の目の前の女性が目をらんらんと輝かせて私に助言してくれている。
「はあ。」

…なんだかとても話が長くなりそうなので、そっと列を抜ける。私の後ろに三人並んでたよ。すごい人気だな。…だけど、ううむ。色々と…こう…もにょるといいますかね?

「ちいと移動しようかのぅ…。」
「そうだね、喫茶店行く?せっかくだし。」

私とじいちゃんはすぐ近くの喫茶店に入ることにした。黒い人は…後でちゃっかり来るはずなので、放っておく事にする。


「いやあ!!満腹です、いい餌場…いや、お食事処をお知らせくださってありがとうございました!!!」

やけにつやつやした黒い人が、人のふりをしてアイスフロートに手を伸ばしている。いつも真っ黒なこの人、人の振りをすると、とたんに色白のへらへらしたおっさんになるのは何でなんだ。この人いつも注文するものがかわいいんだよなあ…。くそう、食べ方も実にちまちまとしていて…お前はどこぞの少女かっ!!

しかめっ面がデフォのじいちゃんはコーヒーゼリーとコーラを注文してにこにこしているし、私はミックスジュースをちびちびと味わっているのだけど。

「結局、あの龍神の使いってのは何なの…。私、結構ひどい目にあったんだけどさあ。」
「あれは見えるだけだわ。良いもんも悪いもんも見えるけど、区別がつかなんだ。」

…中途半端な能力ってさあ、本当にこう…めんどくさい事になるっていうかさあ…。自分だけで解決してりゃいいのに、人を巻き込むのやめてくんないかなあ。

「あなたの徳が見えたんですね、それを悪いものと誤認していると。勘違いがすごすぎるから、あの店の中結構すごかったですよ、おかしなのがうようよしてて…ついつい食べすぎちゃいましたもん。」

…食べ過ぎた割にはアイスフロートは別腹なんだね。めっちゃアイスにぱくついてるんですけど!!!

「わしは使いなんぞ人にさせるつもりはないでな。何をぬかしとるんだと思うて見に来たが…あれはいささか、気分が悪いのぅ…。食うわけにもいかんでな、どうしたもんかのぅ。」

コーヒーゼリーの上にちょこんと乗るクリームをすくって…美味しそうに口に入れるこの穏やかなじいちゃんが…海をも割る龍神界最強のじいちゃんだとは…誰も思うまい。顔の割に気のいいじいちゃんだけど、怒らせたらたぶん怖いはず。

「じいちゃんの事普通に爺さん扱いしてたもんね。あんな立派な龍雲も完全スルーしてたし。ホント失礼なおっさんだよ、まったく…。」

じいちゃんがこっちに来る時に乗ってくる雲は、それはそれは神々しいまでに美しい龍の形を描き出すのさ。たまにSNSでバズってたりするけど。…娘も待ち受けにしてるんだよね。

「あの人、人の徳も払ってましたね。お祓いもしてましたけど、祓うというより払うって感じで…。掃うって感じでもありますね、だから部屋の中がすごかったというか。」
「……ちょっと!!徳って払えるものなの?!掃っていいの?!」

大切な徳が、良いもんも悪いもんも見分けがつかないような人に…勝手に払われるとかまずすぎるでしょう!!

「徳を払われた嬢さんは…ガードがきかなんだで、悪いもんがよってきて躊躇を忘れてしまっとったのぅ。あれはずいぶん人に対して遠慮知らずになっとるで。…気遣いのない言葉を吐く楽しさに酔っておったでな。」
「まずいですね、ま、遅かれ早かれ、天使が出てくるでしょう。害になることを嬉々としてやっている状態は目立ちますから。」

天使が出てきたら、まあ……見える力は没収だろうね、おそらく。

「ただの人になって、あのおじさんは生きていけるのかね。」
「あのおじさん、自分の徳がなくなってることに気付いてない上に、悪いもんがうようよ寄って来てるのを徳が溜まってると思い込んでますからね。ま、払った人の徳を奪ったりはしてないから、今んとこ借金にはなってないし、生きてはいけるんじゃないですか?」

人の徳は重いからなあ…奪ったら得どころかマイナスになっちゃうんだよねえ。誰かの徳は得にならずに毒になるとか。……ねえ、これ何の洒落。

「予言もひどかったですよ、見た夢を伝えてるんですけど、アレはただの夢ですね。占いはまあ…雑誌見ながらやってたから、統計学的な意味ではちゃんとしてましたけどねえ…。」

本見てるんなら、まあ、本のない人にとってはありがたい情報ではあるか。でもねえ、高いお金出して聞くだけなら…本屋で分厚い占術の本買って読んどけばいいんじゃないの…。
なんかもう、すごくこう…疲れちゃったなあ、もう。

「…あのスーパーもう行けないかなあ?安いし近いからいつも行ってたんだけど、店長さんにもあの時いたお客さんにも、レジの人にも覚えられちゃったし。」

あんな悪目立ちしちゃったからさ、変装でもしないといけないんじゃないかってね?髪の毛ピンク色に染めなきゃだめなんじゃないのかなってね?

「行けばええ。一緒に喫茶店入ってくれたし、さっきうまいもんもらったでな、記憶を喰らっといておいたで。」

コーヒーゼリーを食べ終わったじいちゃんがおだやかに微笑んだ。ひげに生クリームがついてるあたり、なかなか可愛いじゃないか。

「え、そうなの?ありがとう!!お礼…どうしようかなうーんと。」
「さっき柔らかいせんべいをもらったでな、その礼だでな、気にせんでええよ。」

ああ、フィナンシェのことかな。あれはせんべいではなく焼き菓子なんだけど、まあいいか。

「本当はもっといっぱいあったけど、この人がパクパク食べちゃったもんだから…ここのお会計は私おごるわ。」
「…なんじゃい、ぬしはわしの好物を遠慮無しに食らいおったのか。」

優しいじいちゃんの目が光る。
この眼光の鋭さは…閻魔大王ですら縮み上がったという、噂の龍のマジ睨み!!!

「は、ははは!!ここのお会計はわたくしが!!!」
「そうかい、ではわしは…ぷりんあらもーどをいただこうとするかのぅ。」

あーあ、じいちゃん底無しの甘党なのに…。黒い人のおこづかいが相当ピンチだけど、まぁ仕方あるまい。

「そういえば、こないだの若い龍のひげを持って来いと言う話じやがのぅ…。」
「…ちょっと、あんたじいちゃんにおつかい頼んでんの?!図々しいなあもう!!」

「あれはお願いであってですね…。」

龍神のお使いは偽物だし、黒い人は龍神をおつかいさせるし…なんというカオスですか。

「わしは…腹も減ったのぅ。」
「な、何でもご注文ください…。」

ぺらぺらのマジックテープの財布を取り出し、中身を確認しているおっさんが目の前に!この人わりとあくどいお金はたんまり持ってるけどさあ、自分の使えるお小遣いはあんまり持ってないんだよね……大丈夫なのか。

「ほんじゃあ、みっくすさんどと、みいとそおず…奥さん、このぐらたんというもんには何が入っとるのかいのぅ……」

私は、黒い人の破産を予感したのであった。


最近はじいちゃんもめっぽうハイカラないでたちになったらしい!!


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