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愛用のリップクリームが転生してきて私に迫って、キタ━(゜∀゜;)━!

「やあやあ、どうも、どうもどうも!ルリちゃんおかえり!!お仕事お疲れさまー!!」

 随分気温が温かくなった四月上旬、着てきたカーディガンを腰に巻き付け、会社帰りにコンビニで酒盛りセットを買って玄関のドアを開けたら…なんか、変な兄ちゃん、兄ちゃんが、いるぅううう!!!

 ……ちょっと待て、私はまだ酔っぱらってはいないはず、何故なら右手には350ミリ缶二本とナポリタンの重みが感じられっ!

「ちょ?!は?!あんた誰?!泥棒!!け!!警察呼ばないとっ?!」
「あーん!!まってよ!!話聞いて!!僕リップクリームのリプオだよぅ!!」

 パニクる私に向かって、実に穏やかな笑顔を向ける…ややイケメン!!!
 怪しさしか感じないが、私に危害を加えるつもりはないらしい?両手の平をこちらに向けて、敵意の無さをアピールしている。

「何言ってんの?!リップ?!適当な事言ってないで今すぐ出てってよ!!どうやって入ったの?!不法侵入!!」

「ホントだよ!!神様にお願いして送り届けてもらったんだ!僕がリプオである証拠見せるよ、ええと秋山瑠璃あきやまるり、2001年6月6日生まれふたご座B型、動物占いは象で天真爛漫が売りの24歳、お酒は去年の誕生日から飲み始めて、彼氏いない歴24年、眼鏡の似合うスーツの男が好み、趣味はルインスタンプ作りと販売ただし売り上げは未だ片手で足りるほど、目下の悩みは一向に減っていかない体重とデカすぎる胸、特にでかすぎる乳r「ちょ?!ス、すすすストップ!」」

 私が不届きモノの口を押さえこむと…ふわりと、お気に入りのリップクリームの香りが、した。


 ベッドとちゃぶ台しかないワンルームのフローリングの上に、ニコニコしながら胡坐をかいている…リプオ。
 勝手知ったるって感じで、ちゃぶ台の上に放置されてるフェイスマッサージャーでシミひとつない顔をゴリゴリやっている…。

「ん~♡コレルリちゃんがやってるの見ててさあ、一回やってみたかったの!!く~♡気持ちイー!」

 絶世のイケメンと言う訳ではないけど、それなりに見目のいい感じの…茶髪寄りのちょっとダサさのあるストレートヘア、シンプルな薄ペールオレンジのパーカーにカーキのパンツ、靴下は赤…この色合い、なんか知ってる気がする、うん、めっちゃ知ってる!!!

 私が愛してやまなかった……、リップクリームのボディとそっくりだ!!!

 若干乙女っぽい肌色のキャップ、ネジネジする部分はカーキ色、コミカルなフォントの企業ロゴは赤!!!おそらく見えてはいないけど、兄ちゃんが着ている下着はリップクリーム本体と同じ白色に違いない!!!…脱がせて確認するか?いや!!その必要は、ない!!!

「…僕、本当に感激しちゃって。お別れの時に、熱烈なラブコールをくれたでしょう?」

 マッサージャーで解されて、若干ピンク色になったほっぺたで真っ直ぐ私を見つめてくるリプオ…。地味に非モテ歴の長い私、微妙に…いや、かなり動揺がすごくてすごい。見つめられることに慣れていないので、そっと視線をずらしつつ、ぎこちなく口元をゆがめて、記憶を手繰り寄せて、みる……。

 ……先日、私は、愛するリップクリーム、その名もリプオに、別れを、告げた。

 ―――今まで…ずっと、ありがとう。また生まれてくることがあったら、必ず私に会いに来てね……!!!

 私には、長年愛し続けていた、リップクリームがあった。

 小学校六年生の頃から、私の唇をつややかに保ち続けてくれていた…リップクリーム。
 毎朝毎時間毎日私の唇を潤し続けてきたリップクリーム。
 私の唇を独占し続けてきたリップクリーム。

 同じメーカーの同じフレーバーのものを愛用し続け、今年で13年目。
 おおよそ三ヶ月にひとつというペースで、同じものをずっと使い続けて、きた。

 ずっと使い続けていこうと、決めていた。

 ―――リプオはあたしの唇を独占する、たった一人の彼氏なんだよ♡
 ―――あたしの唇が喜ぶのは、リプオのキスだけなんだからね♡
 ―――…ンッ♡今日もつやつやの潤いありがと…愛してる♡

 一人暮らしの寂しさも相まって、擬人化癖に拍車がかかったことは否めない。

 毎日毎日、リップクリームを唇に塗りたくる瞬間、甘い感情を頭に浮かべていた。
 毎日毎日、リップクリームを唇に塗りたくりながら、恥ずかしいセリフを口にしていた。
 毎日毎日、リップクリームを唇に塗りたくったあとで、妄想小説を書いては投稿サイトに公開していた。

 誰も見ていない事を良い事に、現実の寂しさを忘れるべく、ロンリー暴走を楽しみながら暮らしていたのだ。
 使い切るたびにRe:birthday祭りと称して引継ぎの宴をひらいたり、初キッスの儀と称して甘い夢を見ては大暴走した物語にまとめてみたり…喪女なりに充実した毎日を送らせてもらっていたのだ。

 このまま永遠に幸せな日々が続くと、信じていた。

 ところが、それが…まさかの…リップクリーム会社倒産という悲劇によって、突如終わりを迎える事になってしまった。

 店頭から消えてしまって、大慌てで残っていたものを買い占めたものの…気付いたのが遅すぎた。確保したリプオの数は、到底一生分には足りず、先週、ついに最後の1つを使い切ってしまって、私は意気消沈した。もう二度と会えない、私の永遠の恋人。引き裂かれて二度と出会う事のない、悲劇の伴侶。

 ……グッバイ、私の王子さま。
 ……グッバイ、私の唇ナイト。
 ……グッバイ、私の愛するリップクリーム。

 酔っ払っていたこともあり、それはそれは盛大に、お別れパーティーを開いた。
 信じられないくらい暴走して、空になったリップクリームに向かってさんざん愛の言葉を囁いて。
 最後はお気に入りのハンカチで包んで、ちょっといい箱に詰めてゴミに出してあげたんだよね…。

 ……よく見れば手首に巻かれているリストバンド?はその時のハンカチだ!!!

 なんというご丁寧な伏線回収、恐れ入る!!!でも箱がないなあ、そんなことを思ったら…指輪のデザインが箱の模様になってるー!!!実に細かいっ!!転生?させた神様、絶対にA型だよね……。

「さ♡今からめくるめく愛の物語を始めようか♡僕ね、ここに来るまでにいろいろと人間の生態について学んできたんだ♡まずは濃厚キス、さらにはぬるぬるハグ、そのあとはメンソールを生かした塗り込
「ちょっと待って!!!違うの!!妄想は想像であるから楽しいんであって、現実で全身ぬめぬめとか駄目絶対!!」」

 何気に私の手を握る両手が、ぬるぬるとしてる!!

 ……ちょっと待って、これって全身リップクリームなんじゃないでしょうね?!確かリップって26度超えると溶けてくるんだよ、真夏に液体化して泣く泣く廃棄したこともあるし!!!

「なんだよう、あれほど僕のこと彼氏にしたいって言ってたのに…あんなことやこんな事もしたいって言ってたよね?僕その願いをかなえるために、リップの特性を持ったまま生まれて来たんだよ?」

 リプオが人差し指で私の唇をなぞると…かさついた部分がみるみる潤っていく!!!

 …ちょっと待て、これってもしかしてやっぱり指先がちょっと減ってる、という事は、私を潤すたびに身をすり減らしていくパターン?!…ムリムリ、減っていく彼氏なんてとんでもない!!!

「ごめん、せっかく来てくれたけど、やっぱり人とリップクリームの恋は無理があるよ、せめて36.7度で溶けない体、すり減って消えちゃわないシステムで転生してきてくれないと…。リプオの事は好きだけど、抱きしめたら、キスしたら減っちゃう彼氏なんて、悲しすぎるよ。」

 イケメンリップは、はっと目を見開いて悲しそうに表情をゆがめた。

「ルリちゃんが、僕のこと…唇の上ですっと溶けるのが一番好きって…言ってたから…そっか……残、念……。」

 爽やかな清涼感が、唇に降ってきた。

 なんかリプオの姿がどんどん薄くなっていく……。

 そうだね、やっぱりリップクリームが人間になるなんて無理があったんだよ。

 しっとりとした、潤いのある…大好きな、私の愛したリップクリームの…最後の、キス……。

「…次に生まれてくるときは……立派な、とけないリップになって、生まれて……くるから……ね……。」
「違うでしょ?!リップじゃなくて、ごく普通の人間になって生まれてきて?!」

 にっこり笑って、リプオは消えてしまった。


 ……なんていうか、神様も中途半端な事するよなあ。

 呆れながら、ぬるくなったチューハイを飲み飲み、冷えてしまったナポリタンを、ひとり寂しく、すする。

 せっかく唇をつやつやにしてくれた最後のリップクリームの成分は、トマトソースのベタベタを拭いたときに剥がれ落ち、ちょっとだけ悲しくなって、お風呂で、泣いた。

 お風呂上がりに、フェイスマッサージをして…顔中にリップクリームのぬめりがついて、多少怒りが、わいた。


 翌日、職場の飲み仲間からマッコリをもらった私は、ナムルとチヂミとキムチを買い込んで帰宅したのだけれども。

「やあやあ、どうも、どうもどうも!俺、ルリの彼氏になろうと思って転生してきたクシスケだけど♡」

 私は、とりあえず……。

 擬人化癖はもう絶対にやめると、心に誓ったのだった。

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