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コーヒーバッテリー

僕が通い始めたカフェはよくなくなる。

僕がカフェに通い始めたのは、確かコロナ禍が始まった2020年くらいからであった。人とご飯を食べに行く機会がなくなり、辛い時には1人で地元をぶらついて人の少ないカフェに入るのが気晴らしになった。家の向かいにあった、夜はバーになるカツサンドの美味しいカフェは、店長の独立でなくなった。家から少し歩いたところのシナモンロールの美味しい、僕をスパイスコーラ中毒にしたカフェも、コロナ禍の経営難でなくなってしまった。あの店を超えるスパイスコーラを探して見つけるたびに飲んでいるが、いまだに出会えていない。僕が建築に興味があると話したので、店を畳むときにインテリアとして置いてあったフランクロイドライトのでっかい本をくれた。

そんな頃、家から20分くらい歩いたところに新しくカフェができた。図書館の帰り道にたまたま見つけたのだが、暗い夜道にキラキラと輝いた窓に惹かれてふらりと入ってしまった。中には明るいお姉さんが2人。するとそのうち1人のお姉さんに見覚えがあった。なんと近くのお花屋さんでシダを買った時に育て方などたくさん教えてくれた方が転職して働いていたのだった。お花屋さん時代も彼女の素敵な植物の紹介を聞きたくて何度か足を運んだことを思い出した。そしてもう1人のお姉さんはそのお花屋さんの横のガレージを間借りしてコーヒーを出していた方であった。なんとも奇遇な再会を面白がりつつ、グァバジュースを飲んだことを覚えている。

そのお店は「バッテリー」という名前で、お客さんが気持ちを充電できるように、という意味と2人のコンビという意味を掛けていたんだと思う。名前の通り、コーヒーのプロのテキパキとしたキッチンさばきにちょっと天然でほんわかしたもう1人の接客が噛み合う感じで、その雰囲気が好きで頻繁にバッテリーに通うようになった。コーヒーが好きなこともあるが、2人とお話しするのが楽しかったところが大きい。カフェに通うのは大体マスターの人間的魅力に惹かれるからである。友達のような不安定な関係ではなく、あくまでマスターとお客さん、という関係は変わらない。その中で親しくなりお互いの悩みやちょっとした話をするくらいが僕には大変心地よいのだ。ちなみにマスターは僕の名前を覚えているのに、なぜか「南野って顔してるから」という理由で僕のことを南野くんと呼び続けた。なんだか自分も南野という苗字がしっくりくるようになってしまった。だからノートの名前を南野の毎日、という意味で「ミナミノマイニチ」にした。

そのカフェでは、マスターの日常やコーヒーの話を聞かせてくれたり、自分の大学や人間関係の悩みの話などを聞いてもらうこともあったが、お店は人気で絶えず常連のお客さんがいらっしゃるので、もう少し話したいなと思うところで終わってしまうことが多かった。あとはPCでレポートを書いたり本を読んだりしていたが、正直他のお客さんとの話が面白くて盗み聞きしてしまうのであまり進んだ試しはなかった。

しばらくして、お花屋さんの方の女性が、独立して遠くでお店をやることになった。彼女のラストの日にお店に行ってみたが、別れを惜しむ客さんでそれはそれはお店が溢れかえるようで、とても居場所がなくすぐに退散した。彼女はその人柄ゆえ皆に愛されていた。2人のバッテリーが解散してしまったことで、もしかしたらいずれここもなくなってしまうのかもな、と少し悲しい予感がよぎった。

しかしその後もカフェは繁盛を続け、公園でのイベントに出店したり記事で紹介されたりと地元の根強い人気を誇っていた。1人になった店員さんは少し寂しげにも見えたが、倍増した仕事量を抱えて腰を痛めながらも元気に出迎えてくれた。僕は大学が忙しくなり行ける頻度が減ったものの、地元に友人が遊びにくると必ずバッテリーに連れて行き、コーヒーとクッキーを楽しんだ。

そんなバッテリーが、明日で終わる。最終日はまたごった返すだろうと思い、一日前に行ってきた。コーヒーを頼み、少しお話したところでお客さんが増えてきてしまい、話そうと思っていたことは全部は話せなかったがまぁそういうものだろう。あまり長くいても寂しくなるだけなので、2年ほど通った店の風景を目に焼き付けて早めに店を出た。もっと感謝の気持ちを伝えたり、お花をあげたり、スイーツを頼んだりしたかったな、思うのだが、あくまで僕は1人のお客さんだからきっとこのくらいでいい。またどこかでカフェをされるみたいなので、その時また行けばいい。名残惜しい気持ちは代わりにnoteに思い出として残しておこう、と思って書き始めたら長くなってしまった。

地元からまた好きなお店が一つ消えてしまう。病みがちな僕をよく充電させてくれてありがとうございました。推しは推せる時に推しておけ、という言葉が流行っているが、飲食店もあるうちに通い詰めておこうと最近よく思う。


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