蝉 /詩

蝉 /詩

美鳥宝/遠い水
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(文字でも音声でも、見やすい/聞きやすいほうでどうぞ)
(内容はどちらも同じです)



 蝉の羽音が空気を満たし
 酸素をこまかくこまかく裂いて
 耳から頭の継ぎ目へ回る
 私を人のかたちに保つ
 結び目の糸がほつれ出す
 ばらばらが満ちた温泉みたいな
 それはきっと地獄にもあった
 わたしたちがプールされていた
 ふるさとのことを思う

 歩き回って片割れを探す
 川面にそよぐ柳のような
 頼りないものときょうだいを契る
 まぶしさに目を細めたら
 光の色がわかるだろうか

 刈り取り草の匂いに泣いて
 高いところを横切った
 燕の尻尾がこめかみを穿つ
 黄昏時に染み出した
 橙色が内耳を溶かす

 思い出せない遠い昔の
 ふるえが心臓に残る
 あまりにもきれいなものばかり
 擁しているからここはさみしい




(書いた日:20130807)
(朗読した日:20240420)

(YouTube:
こちらは2023年くらいの朗読
https://www.youtube.com/watch?v=D3b8OqifGss