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スタート 【す_50音】

【スタート】
1 新しく始まること。また、始めること。出発。発足。「新生活がスタートする」「いっせいにスタートを切る」
2 出発点。スタートライン。「スタートにつく」
(出典:デジタル大辞泉)

「新しい一歩を踏み出すことにした」と友人から連絡が入ったのは2週間前。新卒から10年近く働いていた職場を離れ、はじめて転職をすることにしたらしい。そんな友人をお祝いすべく馴染みのメンバーを集めて宴を催すことにした。

「さすがにはじめての転職は緊張するなぁ」とこぼした彼のその後の言葉が印象的だった。

「考えてみれば僕らは、小学校から就職までずっと横一列でスタートしてたんだよな。でもさ、転職はひとりでゴールテープを切って、ひとりでスタートするわけじゃない?そうゆうのって、なんだかんだ初めての経験のような気がする」

そこまで話すと彼は「でもなんだか楽しいよ。ひとりぼっちのスタートは」と笑い、追加のビールを注文した。

「ひとりぼっちのスタートか」そこまで僕の話を聞いて彼女は、カレーを食べる手を止めてふと思案顔になった。彼女がランチでカレーを頼むときは大抵二日酔いのときだ。そのことには触れずに続きを待つ。

「転職とは関係ないけどさ、ひとりぼっちで葛藤して不安と闘いながら一歩目を踏み出したときにようやく、私たちは地に足を着けることができるのかもしれないね。ひとりぼっちのスタート、いい言葉だね」

「ひとりぼっちになることで地に足を着けられるってこと?」
「ううん。物理的にひとりぼっちになることとか、ひとりぼっちで考えなきゃならない環境に身を置くということではないよ。『自分の意志』で自分の心と向き合うというということだよ」

そこまで話して「ちょっと大袈裟だな」と彼女は笑う。

「もっとシンプルに言えば、自分に問いを立てるということなのかもね。今までの私はどうだったのだろうか?これから私はどうすべきなのか?って。そんは風に自分の内面と対話することなんじゃないかな」

「なるほど。でも僕らはいつもやっていることなんじゃないかな。何かしらの選択をしたり、決断をしたりするときには自分と対話している気もするんだけどな」

僕の質問を聞いて、食べ終えたカレーを脇に置いてコーヒーに口をつけて彼女は言った。

「案外私たちはできてないと思うんだ。いつでも、どこかしら、誰かしらにコネクトされているわけだから。私自身できているとは思えない。それだけ自分の言葉で自分の心と向き合うのは難しいし、とてもしんどいのよ」

「でもね」とひとつ呼吸を置いて彼女は言った。

「通過儀礼のように、そういう時期は人生の中で何回か出てくると思う。そしてそのしんどさからは目を背けない方がいいんだよ」

夕方の帰り道、目の前をジョガーが走り抜けて行った。脇目もふらずに前だけを見つめて走るその姿にさっきの話が被さった。

ひとりぼっち。自分との対話。そのタイミング。僕には既に訪れているのだろうか。訪れていたとしたら僕はしっかり向き合えたのだろうか。

わからない。今走り抜けていった人は向き合えたのだろうか。今まさに向き合っているのだろうか。そんなことを考えながらアスファルトを少し強く蹴った。

自分だけに向けたスタートの号砲をかけるように。

夜明け前の薄暗い道を
誰かがもう 走っている
拾った小石で 誰かが書いた
アスファルト道のスタートライン

寒い体を言い訳にして
町は眠ってる 曇り空の朝に
自分の汗で 自分を暖めて
寂しさ目指して 走る人がいる

今 私達に 大切なものは
恋や夢を 語り合うことじゃなく
一人ぼっちになる為のスタートライン

『スタートライン』/海援隊






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