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ケーキ 【け_50音】

【ケーキ】小麦粉に砂糖・卵・油脂類・牛乳・香料などを混ぜて焼いた洋菓子。また、それをベースにして生クリームや果物を加えて作った菓子。(出典:デジタル大辞泉)

自分へのご褒美はなんだろうと、目の前で満面の笑みを浮かべながらケーキにフォークを立てた彼女を見て思った。

いつもの喫茶店に入るなり彼女は、「今日はご褒美の日」と上機嫌に宣言しながらコーヒーと一緒にケーキを頼んだのだ。

「あなたも食べない?」とメニューを差し出す彼女。
「うん。そうしようかな。ところで何か良いことがあったの?」

話を聞けば、先日まで仕事のトラブルを抱えていた彼女だったが、改めて上司とじっくり話すことができ、結果として彼女の提案にゴーが出たとのことだ。

「良かったね。どんな話をしたの?」
「うーん。これといって...他愛のない話をしたような気がするな。私が今惹かれているモノだとか、どんなことに我慢ができないか、とかそんなこと」
「そんなこと?」
「うん。でも結構長い時間をかけて話した後に、『うん、わかった、よろしく頼む』ってあっさり決まったの。たしかに今振り返ると不思議だね」

上司の気持ちを変えたものはなんだったのだろうと僕は首をひねる。

「でもね」と彼女はつづけた。
「話してみたら、案外あの上司は話のわかる、いい人だったわ」
先日僕にぶつけてきた上司に対する嫌悪はなんだったのか、彼女の現金さに呆れながらも、案外人の賛同のスイッチなんて他愛もないところにあるかもしれない、とも思った。それと同じくらい拒絶のスイッチが入るのも簡単だということだけれど。

彼女の件だけでいえば、そのスイッチは「わからない」だったのだろう。「わからない」が時に人を怯えさせ、拒絶のスイッチを入れさせる。それを解くスイッチは、先ほどの彼女と上司の会話なのだろう。

「それにしてもご褒美って良い言葉だね」
彼女が幸福そうにケーキを頬張るのを眺めながら(若干胸焼けしながら)声をかける。

「そうね。でもご褒美って言葉は大層だけど、要は小さく区切るってことだと思うの」
「区切る?」
「そう。一区切りって言うじゃない?その区切り。フルマラソンを走るときだって、苦しくなってきたら『次の電柱まで』とか『給水所まで』とか、なにかと区切りを自分勝手に作ってなんとか走り切るものじゃない?」

そこまで話すと彼女は持っていたフォークを自分の顔の前に持ち上げて、何かの啓示を受けた聖人のように姿勢を改めて、一言付け加えた。
「褒美は先延ばしにするな。それが心の健康への第一歩よ」

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家に帰り、いつも通り冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
威勢のいい「プシュッ」とともに一口飲んでからAmazon Primeを開き、今日観ようと思っていた映画を選ぶ。

ソファに腰かけ、テレビから映画のオープニングが流れ始めたところで「あぁ。これもひとつのご褒美か」とひとりごちた。

いつものように繰り返しているこんな日常も、ご褒美だと思えれば幾分心持が良い。たしかに褒美は先延ばしにしない方がよさそうだ。

とは言え、「ご褒美だから」となにかと理由をつけてビールを飲み過ぎたり、ケーキを食べ過ぎたりして、身体に罰が当たらないようにほどほどに、とビールを3缶ほど空けてフワフワしてきた身体でぼんやり思った。

捨てるのに胸が痛んでとっておいたケーキを 結局腐らせて捨てる分かってる 期限付きなんだろう 大抵は何でも 永遠が聞いて呆れる僕らはきっと試されてる どれくらいの強さで明日を信じていけるのかを... 多分 そうだよ 「Worlds end」/Mr.Children



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