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猫から学ぶこと[5/9〜5/15の日記]

GW明けのフル稼働(5日間の稼働)は、何度体験しても疲労度が高いものです。

さて週報です。
(Apple musicのリンクがうまく貼れないので今週は音楽はなし)

5/9(土)

良い天気の休日はそれだけで気分が良い。そして不思議とこの季節の晴れの日はピザが食べたくなる。ついでにコーラも飲みたくなる。

午前中に「週報」を書き上げ、最近行きつけのパン屋で翌朝のためのパンとスイーツを買い、「ドミノピザ」に立ち寄りピザを買う。「ピザ×コーラ」の満足度が想像以上に高かった。

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午後は毎月10日に公開している眼鏡屋さんのコラムを書き上げる。毎月うんうん悩みながら書き上げるのだけど、今月特に悩んだ。このご時世に何が言えるのだろう?いや、むしろ何を言ったらダメなのだろう。グルグルしながらもなんとか書き上げる。

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スイーツを食べひと呼吸置いたら積読していた村上春樹の『猫を棄てる 父親について語るとき』を読む。一昨年他界した父のことを思い出した。僕もいつか「父の一生を辿る」ことをするのだろうか。そうなる気もするし、まだそれは先のことのような気もする。

我々は結局のところ、偶然がたまたま生んだひとつの事実を、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことなのではあるまいか。

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5/10(日)

眼鏡屋さんのコラムを公開した。

人と距離ができたことで、その距離を想像で埋めることが増えた。でもそれは時に乱暴な妄想であったり、時に自分の都合のいい解釈に陥ってしまうことがある。想像力を養うつもりが、アンテナを張り間違えれば怒りや苛立ちを増幅するだけになる。そしてそれは凶器にだってなりうるのだ。

望むと望まざるに関わらず、僕らは想像することをやめることはできない。そうであれば少しでも優しい想像力を養いたい。

それはもしかしたら今は会えない近い他人を想うことなのかもしれない。自分自身と向き合うことなのかもしれない。

答えはわからないけれど、僕はこれからも「想像力さん」とちゃんと手を繋いでいきたい。

ちょうど昨夜からTwitter上では強い抗議の声が流れ込んできていて、そんな中でこんなコラムを上げていいのだろうかと少し胃が痛む。考えてもしょうがないので特定のワードをミュートしてたくさん歩くことにした。幾分気が紛れた。

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歩きながら思ったのは、僕は誰かの発言に賛同するところはあったとしても、無闇に加担するようなことはしたくないということだ。なぜかはわからない。こればかりは性格なので仕方ない。そう思ったら少し楽になった。

時折、僕の眼鏡屋さんのコラムを読んで感想をくれる方がいる。その方から久しぶりに感想のメッセージが届いた。メッセージを遡れば前のやりとりも眼鏡屋さんのコラムについてだった。こうして言葉が届く人がいるというのは嬉しい。その方と最後にお会いしたのは2年以上前にもなる。久々に会ってじっくり話したいと思った。

出不精の僕がそう思うくらい、良くも悪くもいまの世の中はたしかに変化を与えているのだと思う。

5/11(月)

なんだか疲れている。ずっとぼんやり頭痛している。目の下も痙攣している。

ふだんは開かない「しいたけ占い」を開いたら、まさに今の心境を当てているようで、あぁ占いというのも見たいように見るものなんだなと改めて実感した。

最近は散歩していると鳥の鳴き声がよく耳に入るようになった。シジュウカラやウグイス、ヒヨドリ、オナガ、声を聴くたびに鳥の名前を呟くと隣で歩く妻に驚かれた。

小学生の頃「鳥博士」とあだ名が付くくらい鳥好きだった。あれから20年以上経って役に立つことになるとは思わなかった。

仕事がうまくはがどらないから早めに上がる。

5/12(火)

「ずっと家にいると気が狂いそうだわ」と言っていた母親にラジカセを送っていたのが今日届いたとのこと。

飼い猫の動画も送ってほしいとのことで、これからなるべく毎日「にぼし」(飼い猫の名前)の動画を送ることになった。

ふだんなら年末年始かお盆の時期にしか連絡しない母親と(なんて親不孝なんだ)LINEでこうして連絡を取り合うのは不思議なものだ。

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「にぼし」を飼い始めて2ヶ月が経つ。これまで寝る時には使ってない部屋に入れていたのだけど(家具を壊されたり怪我したりするのが不安なので)、最近寝る時に扉を閉めようとすると、閉じ込められるのがわかるのか、部屋の前で座り込みの抗議をするようになった。

これまでは5分位猫じゃらしなどで部屋に誘ってなんとか部屋に送り込んでいたのだけど、ちょっとかわいそうになったので、「もういっか」と、今週から部屋に入れずに寝ることにした。

ピッタリ朝6時にベッドに来ては耳元で喉を鳴らしながら起こしにくるのは少し辛いけど、今のところなんら支障はない。むしろ心なしか「にぼし」の顔が柔和になった気がするし、昼間の暴れん坊も少しおさまったように思う。

手の届くところにいる安心感が「にぼし」を変えたのか、部屋に閉じ込めていた後ろめたさから解放された僕の方が変わったのかはわからないけれど、とにかく言えるのは猫愛が爆増していることだ。

「にぼし」とのやりとりは人との関係について思い起こさせる。人間関係も、相手を変えることに躍起になるより、こちらが態度を変えれば相手もそれを受けて変わったように「見えたり」するものだ。そういう「かわいらしい思い込み」を繰り返しことが、時に友人になったり、時に恋人になったり、時に家族になったりするんだと思う。

猫との関係から学ぶことはたくさんある。

5/13(水)

どうも調子が上がらない。粛々と仕事をして今日は終了。

5/14(木)

今日もなんとなく調子が上がらない。

高校まで陸上部だったこともあって、身体がうまく「稼働」してないとガタがくる体質なのだ。久々に感じるこの不調は「身体の稼働率の悪さ」なんだろうと決めつけ、今日は早めに上がって、じっくり走ることにした。

40分、じっくり走ったら嘘みたいに気持ちが晴れた。頭が疲れている時は、同等の疲労を身体にかけることでバランスを取れるようなことはある。

5/15(金)

最近は家にいるからか、自身の今後のキャリアなんかを考えたりもしている。

そうゆう時のひとつのモノサシは「副業するなら何ができるか?」。何をしたいか、どんなスキルを提供できるかを考えるのは、自身のキャリアの健康診断的な側面もある気がする。

そんな「診断」をしてわかったのは、今は「あまりない」ということだ。ひと昔前は色々とやりたいことや、できることが浮かんだものだけど。要は、今僕は少し自信喪失気味なのだ。

こうゆう時はひとりで悩んでもドツボにハマるだけなので誰かと話すに限る。タイミングよく、キャリアの話ができる友人と飲むことになった。来週話を聞いてみよう。

夜は「愛聴版会」と称したオンライン飲み会。事前に各々のお気に入りのプレイリスト(5曲)を送り合って聴きながら偏愛を語り合うもの。これが楽しい。選曲にはその人の性格が出る。性格がわかると話が弾む。話が弾めば酒が進む。

ということで早々の2回目の開催が今夜。今回のテーマは「カバーソング」。相変わらず楽しかった。気付けば4時間が経ち、ワインが2本空いていた。明日は確実に二日酔いだな。

今週もお疲れ様でした。

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