快適の定義と提示① ーー住宅の曖昧用語「快適」について考えるーー
工務店が安易に使いがちな単語「快適」。この言葉について<断熱・気密・冷暖房・換気>の4ジャンルを横断的に駆使し、住宅の熱環境をプロデュースする者として、紙数を割いて考えたいと思う。
ぼんやり概念「快適」
住宅の打合せ中のやりとり
打合せ中の客A「(打合せ中の)この家は快適ですかね?」
工務店「はい、(今までと比べて)とても快適です。」
という、引っ掛かりがないこの会話は、日本中のアチコチで交わされているのだろう。
しかし「快適」はとても主観的なのだ。
真夏に27℃で薄い長袖を羽織る奥様もいれば、25℃でさらに扇風機を抱きかかえないと涼をとれない、と主張する血気盛んなご主人もいる。
なので、27℃で夏の光熱費の試算をして(結構この温度で試算する工務店が多い。)、「冷房費用は○○円ですね。」と営業したとして、実際25℃で生活していたら、冷房費用はだいぶ高くなる。
今までマンション住まいだった人にとって、ローンを増やしてまで断熱強化した新居は、それほど快適ではないかもしれない。
快適は主観的で幅のある言葉なので、工務店が営業トークとして安易に使うと、入居後に「快適じゃない」という、クレームをうけることになる。
そこで、快適について考えてみる。
保健空調と産業空調
何故、「快適」は曖昧なのか。
その視点として、保健空調と産業空調を糸口にしたい。空調とは空気調和の略称で、文字通り、空気を調和させることを意味し、室内空気の温度・湿度・気流・清浄度について扱う。(英語だと air conditioning)
空調はさらに保健空調と産業空調に大別される。前者は住居や職場など居住空間の空調で「ヒト」が対象となり、後者は工場や倉庫等「モノ」についての空調だ。
そりゃあ、あれだ、人間様の方が繊細で難しい空調が求められるにちげぇねぇ、と江戸っ子風情でそう思うところだが、さにあらず。
保健空調より産業空調の方が圧倒的に難しい。
例えば、例に示したように博物館では展示物を保護する必要があるので、温度の幅は1.1℃しか許されない。湿度も5%しか幅がない。外気は0℃の日もあれば、40℃の日もある。真冬でカラカラっで湿度がない日もあれば、カビが目に見えそうなぐらいジメジメした日もある。それでもこれだけの幅しか許されないので、ち密な空調計画が必要になる。印刷工場の場合、そもそも印刷ライン自体が熱をもつ。印刷ラインがどういった状態の時にどれだけ発熱するのか、それを加味した空調計画が求められる。
産業空調、なんとシビアな世界!なんと狭いストライクゾーン!!
北別府学のようなコントロールが求められるのだ。
それに対して、保健空調はどうなのか。
こちらは通称ビル管法の中で「室内環境基準」が示されている。
温度域は18℃~28℃!!(令和4年4月以降)
湿度も40~70%!!
これが法律が求める「高い水準の快適な環境」(HPより)である。
おお!なんと、おおらかでざっくりした値!
広いストライクゾーン。
さすが、恒温動物・ホモサピエンス。千変万化する自然現象に対して
適応する能力を身につけているのだ。
改めて人間賛歌!
ゆるい人類に万歳。
これなら僕にだって、空調の設計ができる。
そりゃ博物館に収蔵されている『鳥獣戯画』などは、繊細で壊れやすい『ガラスの10代』であるからして、しっかり周りの大人が空気環境を調えてあげなくてはならないのだ。
広すぎるストライクゾーンという逆説
ところが、ストライクゾーンが広いことによって、困った事が起こる。
広いがゆえに、その中で「ここは私にとって、ストライクではない」と住まい手は言う。
20℃で暖かいと満足する方もいれば、22℃で厚手の靴下が手放せない、という方がいる現実。
産業空調はそれが狭いとはいえ、そこにきっちり投げる北別府のような(←しつこい)コントロールがあれば、印刷紙も展示物もナイロン繊維も文句は言わない。
しかし、人間様はストライクゾーンの中でこそ、それぞれが「快適にしろ!35年ローンを組んだ私たちの権利だ!」と主張してくる。
「これが私たちの考える快適です」という提示
では、工務店はどうすべきなのか。
その答は「これが私たちの考える快適です」と、提示することだと考える。
例えばこういうことだ。
「私たちは、外気が36℃の時でも、室温26℃50%になるような空調設計ですよ。冬は外気が0℃の明け方でも脱衣所は18℃以上、LDKは20℃を切らないように考えています。また、夜、入浴後、奥様がソファに座ってテレビを見ている際は22℃を目安にしています、それで冬の暖房費用は最大で10000円/月にあるよう設計しています。」
これは工務店としての大事なステートメントだ。これを発信する作業は、専門性が高く、煩雑で非常に難しい。しかし、曖昧な「快適」という言葉を、曖昧なまま提供することは、顧客満足度を下げ、本来クレームではないクレームを呼び込むことになる。
この作業が必要なのは、G3やパッシブハウスのようなゴリゴリ高断熱住宅を提供している工務店・ビルダーも対象だ。
また、床下エアコン、小屋裏エアコンのようなある種の曖昧さを含んだ空調システムを採用している工務店・ビルダーならなおさらどのように快適になるのかの提示が必要だ。
長くなった。
続きは次回にゆずる。
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