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【論文レビュー】キャリア論の「第4世代」サステナブルキャリアとは何か?:石山(2024)

石山恒貴先生のサステナブルキャリアに関する論文、大変興味深く拝読しました。学びになるとともに、個人的な今後の研究についても大いに刺激になる内容でした。今後、サステナブルキャリアを後続する研究者やビジネスパーソンが学ぶ際の大事なテクストの一つになる存在と言えます。少なくとも個人的には何度も読み返すものになるでしょう。

石山恒貴. (2024). サステナブルキャリアに基づく能力開発とキャリア形成の個人視点からの再検討: タレント, 越境学習, リスキリング, キャリア自律に注目して. 日本労働研究雑誌, 66(763 特別号), 30-39.

サステナブルキャリア(sustainable career)

ではサステナブルキャリアとはなんでしょうか。石山先生は、提唱者による定義を以下のように的確に訳しておられます。今後、この概念の定義の和文を用いる場合はこちらを引用させていただこうと思います!

「複数の社会空間を越境し,個人の行為主体性に特徴づけられ,個人に
意味をもたらす,長期的な時間の経過に伴う多様なパターンを反映したキャリア経験の蓄積」 (Vander Heijden and De Vos 2015:7)

p.31

「的確に」と主観で書きましたが、定義の原文を以前のnoteで引用していますので気になる方は以下をご覧ください。石山先生の本論文での訳出がいかに明瞭簡潔であるかがお分かりいただけるかと。

キャリア理論の4つの世代

キャリア理論の系譜を4つの世代に分けると、サステナブルキャリアは第4世代に該当すると位置付けられています。第1世代から第3世代までの潮流を、石山先生はLawrence, Hall and Arthur(2015)を基に以下のように整理されています。

第1世代:
個人か組織か職業か(1950-1970)
第2世代:
組織もしくは職業に埋め込まれた個人(1970-1989)
第3世代:
組織と職業の内部と外部において独立している個人(1990-現在)

p.31

※以下の第1世代から第3世代の補足説明はLawrence, Hall and Arthur(2015)を当たってまとめたものなので、解釈誤りや誤訳の責任は私にありますこと、ご承知おきください。

第1世代

第1世代のキャリア論では終身雇用(life-time employment)を想定しており、Douglas Brayなどの研究が該当するとしています。つまり、企業において求められる知識や能力を測定し、社員は能力強化に努めるという考え方であり、ちなみにBrayはAT&Tで人材アセスメントを開発した人物でもあります。シカゴ学派による社員と環境との相互作用に焦点が当たっている点もこの世代の特徴のようです。

第2世代

第2世代はなんといってもシャイン(Schein)とスーパー(Super)です。シャインは組織社会化および組織内キャリアを提唱して組織に埋め込まれた個人に関する概念を生み出し、スーパーは発達論を基に職業心理学を打ち出して職業に埋め込まれた個人という側面で研究をしてきたと言えます。

第3世代

第3世代で有名なキャリア概念としては、Lawrence, Hall and Arthur(2015)の著者陣のお二人であるホール(Hall)のプロティアンキャリアアーサー(Arthur)のバウンダリーレスキャリアでしょう。第2世代でより強化された組織に所属する個人という関係性を崩し、個人に焦点を当てたキャリアの系譜であるとしています。

第4世代

ここから石山先生の論文のまとめに戻ります。石山先生は、「第3の世代が個人に焦点をあわせた結果、キャリア研究と組織研究の分離が強まるという弊害が生じた」(p.31)と指摘しています。このキャリア研究と組織研究を再び統合するためにサステナブルキャリアが提唱され、またHRMの観点からはサステナブルHRMが提唱されています。

サステナブル人的資源管理(HRM)

サステナブル人的資源管理(HRM)は、De Prins et al.(2014)等の論文で提唱されている概念です。De Prins et al.(2014)はROCモデルでサステナブルHRMを説明しており、R(Respect)は社員の人間性を尊重すること、O(Openness)は地球環境や外部環境に開かれていること、C(Continuity)は持続性を重視していること、をそれぞれ表しています。

ROCモデルについては、石山先生がDe Prins et al.(2014, p.266)を訳出してくださっている以下の図がわかりやすいので、こちらでイメージを持てるかと思います。

p.33

日本企業のタレントマネジメント

サステナブルキャリアとサステナブルHRMを踏まえて、能力開発およびキャリア開発という観点から、タレントマネジメント、越境学習、副業、リスキリング、キャリア自律といった概念の意義を石山先生は再検討されています。興味関心の観点からタレントマネジメントとキャリア自律に限定して所感をまとめます。

石山先生は『日本企業のタレントマネジメント』でタレントマネジメントを選別vs.包摂、適者開発vs.適者生存という二つの軸で分類し、日本企業においては包摂かつ適者開発に該当する適者開発日本型人事管理というあり方との親和性が高いのではないかとしておられます。

石山恒貴(2020)『日本企業のタレントマネジメント』p.205を基に作成

この考え方は日本の大手企業に勤める身としてとても納得的です。先日の石山先生と花田先生との対談のポイントも、この流れのものなのかなと思いながら読みました。

タレントマネジメントは社会を射程には置かない概念ですが、現在の日本企業とビジネスパーソンを想定すれば、適者開発日本型人事管理は企業と個人の双方にとってのサステナビリティを提供できるあり方なのではないでしょうか。

キャリア自律

続いてキャリア自律について見てます。キャリア自律は花田先生が日本において初期に提唱した概念であり、花田先生はアーサーのバウンダリーレスキャリアを主要な概念の一つとして定義づけています。そのため、基本的には第3の世代に該当する概念でありながらも、日本企業の経営や人事のスタンスから第2の世代からとの相克が生じがちであると石山先生は以下のように指摘しています。

キャリア理論の潮流においては,バウンダリーレスキャリアは第 3 の世
代に該当する(Lawrence, Hall and Arthur 2015)。他方,企業がキャリア自律による遠心力に懸念していることは,第 2 の世代に該当する。
 キャリア自律については,第 2 世代と第 3 世代の差異が先鋭化しやすい特徴がある。この特徴がキャリア自律の定着を阻害してきた可能性がある。

p.36

この箇所、首がもげそうになるくらい納得しながら読みました。ご指摘に納得するのはもちろんですが、日系大企業の人事マネジメントの身としては第2の世代による懸念も理解はできてしまうというのが正直な印象です。

キャリア・アダプタビリティの位置付けは!?

寝ても覚めてもキャリア・アダプタビリティという概念を考えている人間なので(?)、本論文のキャリア自律の箇所を読んでもキャリア・アダプタビリティをどのように捉えるのかという点に意識が向きます。まず、本論文での記載にはサビカス先生は現れませんし、また本論文が多く依拠しているLawrence, Hall and Arthur(2015)にも登場しません。

普通に考えれば、キャリア・アダプタビリティは個人の適応に焦点が当たっていることをとらまえて第3の世代に該当すると推察されます。他方で、サステナブルキャリアの定義にある意味性、個人の行為主体性、多様なパターン、といった点に着目しているのか、本論文でも引用文献として提示されている北村先生の『持続可能なキャリア』ではサステナブルキャリアを実現する個人の心理的資源としてキャリア・アダプタビリティを位置付けておられます。

北村先生のご指摘に加えるとしたら、個人の観点だけではなく経営の観点としてもキャリア・アダプタビリティは位置付けられるのではないでしょうか。適者開発日本型人事管理としてのタレントマネジメントにおいて、組織としての能力開発と個人としてのキャリア開発を成り立たせる存在としての位置付けです。この辺りの話は、妄想はどこまでもできてしまうので、私の今後の実証研究で明らかにしてみたいと思っています。

引用文献からの学び

長々と書いてしまいましたが、それだけ個人の研究とも関連する学びの多い論文でした。優れた論文には、引用文献からも多く学ぶことができるという特徴があります。

領域の関係からすでに読んでいる論文も多いものの、「こういうふうにまとめることができるのか!!」と目から鱗の捉え方で学ぶことができました。また、未確認のものを読むきっかけにもなり大いに満足です。石山先生、どうもありがとうございました!

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