【読書メモ】遅い選抜と知的熟練による分厚い現場力の醸成という考え方:『仕事の経済学』(小池和男著)
労働経済学の古典を久しぶりに読み直しました。前に読んだのは15年くらい前でして、正直、ピンと来なかったんですよね。ただ、その後、著者がフィールドとして接していたような製造現場での人事キャリアを積んだからか、現場への丹念なヒアリングに基づく考察を興味深く読めました。特に「はしがき」からは著者の想いが溢れていて必読です。
知的熟練はなぜ必要なのか?
労働経済学の大家がこのような「はしがき」を書くのかと印象深かった箇所を、少し長いのですが引用します。
工場人事として働いていたときに製造現場を支援したことが何度かありますが、製造ラインの機械が停止することは日常茶飯事で、そうした時の現場の方の反応は千差万別です。メンテナンス部門に連絡するだけでラインが停止するのをただ眺める方もいますし、連絡しながら自身ですぐに解決できる方もいます。著者が知的熟練を主張する背景には、ここでの後者のような動きができる方が現場のあちらこちらにいることによる強みを強調したいからなのではないかと思いました。
著者は、通常の業務を「ふだんの作業(usual operations)」と「ふだんと違った作業(unusual operations)」から形成されるとしています。後者が知的熟練につながるもので、問題への対応と変化への対応とを行う業務です。引用した「はしがき」にもあるように、著者は知的熟練を多くの現場で行えることが日本企業の強みであるとしているのでしょう。
遅い選抜による昇進構造のメリット
知的熟練は、企業における人材の昇進にも関連します。著者は、昇進には二つの意味があるとしていて、①高い技能の形成と、②リーダーの選抜を挙げており、①が知的熟練と強く関連することは想像できるでしょう。
昇進の構造には、人材の選別を早く行う早い選抜と、ある段階まで選別が行われていないと思わせる遅い選抜とがあるとして、どちらが適しているかは産業界での不確実な問題の分布状況によって異なるとしています。
極度に大きな問題が組織の効率をほとんど左右する場合には早い選抜、無数の小さな問題が組織の中層・下層にも起こりそれが組織の効率を左右するのであれば遅い選抜が適しているというように、問題の規模感によってどちらの選抜が適しているかにまで掘り下げている点に着目するべきでしょう。
適した状態性が異なるものの、日本の大企業が従来行ってきた遅い選抜には現代でも意味があると主張しています。というのも、①不確実性をこなす技能の形成には長期の実務経験を要し、②高い技能の習得を促すには技能の向上を多数の評価者によって時間をかけて主観的に評価してそれに応じた報酬を提供する、という遅い選抜によって多くの社員の技能形成を促すことができるからです。
分厚い現場力を醸成し、現場による自走的な問題解決を行うために、遅い選抜による技能形成が重要だ、というのが著者の結論と考えられるでしょう。
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