【読書メモ】『問いのデザイン』(安斎勇樹・塩瀬隆之著)
2000年代前半に傾聴やコーチングといった言葉とともに質問力が流行った時期がありました。カウンセリングや臨床心理といった心理学(特に心理構成主義)の考え方に依拠しながらある程度は定着したように感じます。本書は、学習論をベースにして問いを扱い、質問や発問とは明確に分けて捉えています。社会構成主義に基づきながら、個人の変化や他者との関係性の変化を促し、個人として組織としての創造性の発揮に繋がる、という2020年代のいま求められる問いについて丁寧に解説されています。
問いの意義
本書のタイトルにもなっている問いはなぜ大事なのでしょうか。こうした本質的な点について、序章で著者たちは以下のようにその背景を説明しています。
ここに「問い」という文言は現われませんが、ここで描かれる状況において問いが求められるということはお分かりいただけるでしょう。問われることでいつもと異なる視点から思考して言葉を発するというプロセスが生じ、固定的な認識が変容し、新しい認識や他者との新たな関係性が紡ぎ出されるということが生じます。
対話的なコミュニケーション
複数の人同士で問いを投げかけ合う状況なれば、それは対話的なコミュニケーションと呼ぶことができます。当然と言えば当然ではありますが、私たちは一人ひとり異なる存在なので、ある一つの事象に対する認識も十人十色です。それぞれの認識の優劣や正誤を明らかにすることを目的とした議論と、認識の相違を浮き彫りに問いかけあって他者理解を促進する対話とはまったく別物です。
変化が激しくなく予定調和性の高い静態的な状況においては、正解を明らかにする議論も大事なのでしょう。ただ、VUCAと呼ばれて久しい現代においては、環境変化に適応するために組織も個人も変化し続けることが求められる状況が多いと言えます。こうした動態的な状況では、議論よりも対話的なコミュニケーションが有効なことが多く、だからこそ、問いが大事になるのではないでしょうか。
学問から実践への橋渡し
本書を読んでいて特にすごいなぁと感嘆するのは、学問から実践への橋渡しを丁寧にされている点です。たとえば、ヴィゴツキーを足掛かりにしている以下の個所です。
ヴィゴツキーは好んで読むのですが、ふんわりとわかったつもりに留まってしまっていました。道具という補助線を引くことで主体が対象を認識し成果へと結びつける、という捉え方を提示していたというのは的を射た簡潔な要約であり、感動すらおぼえます。
さらにすごいのが実践への結びつけです。企業組織でもよく問題や課題を設定することの重要性が言われますが、問題をどのように深掘りするかという点について、上記のヴィゴツキーの知見を基に実践的なヒントを提示しているのです。
ヴィゴツキーの「道具」が実践場面での応用へと見事に結実していることがわかります。反対の側から見れば、ワークにおけるHOWの背景には理論や思想が存在するということを意味します。バックグラウンドをないがしろにしてHOWだけを真似ることは文脈を無視して無理に筋を通す危険な行為になりかねません。学問と実践を往還することは私たちにとって大事なマインドセットなのでしょう。
問いの重要性と考え方を下敷きにして、本書では、問いのデザイン、問いを基にしたワークショップのデザイン、ファシリテーションの技法、といった実践について解説されています。詳細に関心がある方は、ぜひ本書を紐解いてみてください。
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