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【読書メモ】『経営人材育成論:新規事業創出からミドルマネジャーはいかに学ぶか』(田中聡著)

大学院でお世話になっている田中先生の単著です。うっかりこのブログが田中先生の目に触れてしまい、私の学校の成績がさらに悪くなる事態は避けたいので、細心の注意を払っていつもより気合を入れて(?)書くことにします。

「研究ってこうやって始まるのだなぁ、すごいなぁ」と感服したのは、「おわりに」で触れられているエピソードを読んだ時です。田中先生の元同僚のスター社員の方々が、新規プロジェクトにアサインされて苦労と葛藤をされたことを目の当たりにしたことが本書の問題意識になったそうです。

この問題意識に則り、ミドルマネジャーが経営人材へと育成されるうえで、選抜型研修や既存事業のマネジメントではなく、新規事業を創出する経験を通じてどのように為されるのか、が本書では探究されています。

多くの日系大手企業では選抜型研修が導入されていますが、そこには経験付与が不足しています。通常のマネジメントを通じた経験付与だけでは、経営人材として求められるストレッチアサインメントには不十分なのです。変化の激しい状況下で意思決定が求められ、フィードバックループを早く回せる新規事業経験が経営人材育成には不可欠と指摘されている点は納得的です。

本書のポイントは、本書の以下の図にまとめられています。

スライド1

この図を紐解いて、経営人材育成に必要なポイントを整理していきます。

新規事業創出経験を通じた学習

スライド2

ミドルマネジャーが新規事業創出経験を通じて学ぶ内容として三つのものが明らかになりました。まず、自分本位で受動的なものの見方や考え方を棄却して他者本位思考の獲得が為されます。

また、他者への意識から、周囲を主体的に巻き込んでいくリーダーマインドの獲得も挙げられます。さらに、従来の視座よりも高い、経営者視点の獲得にまで至るということが明らかとなりました。

学習プロセス

では、これらの学習内容をミドルマネジャーはどのようなプロセスを経て学ぶのでしょうか。本書では三つの段階があることが述べられています。

スライド3

第一に、他責思考が強化される段階があります。つまり、何か問題が起きた際に外部環境要因のせいにする段階であり、人間らしいプロセスだなぁと感じます。

その後、自責思考へと移る上で、第二の現実受容の段階へと移行します。自分自身が置かれた状況を鳥瞰的に捉えることで冷静に受容できるようになるとされています。

第三に、反省的思考が挙げられています。自分自身の思考様式や行動様式を批判的に省みる段階です。この段階を経ることで、上述した学習内容の獲得へと至るというプロセスです。

学習を促進する要因

学習を促進する要因としては、個人要因と組織要因の二つがあります。

スライド4

個人要因としては学習目標志向性が影響していることが明らかになりました。この部分は、先日取り上げた松尾先生の『仕事のアンラーニング』と符合していて興味深く読みました。個人の学習目標志向性はアンラーニングにも影響をしているというのが同書のポイントの一つであり、ミドルマネジャーの学習にもアンラーニングは影響しているのかもしれません。

組織要因には経営層直属上司という二人のアクターがいます。まず、経営層については、ミドルマネジャーがはじめて経験するストレッチングなプロジェクトに取り組めるよう、職務裁量権を付与し、経営サポートを提供することに効果があることが分かりました。

直属上司については、まず批判的省察支援を行うことが重要だとされています。これは、個人の学習プロセスの中で、現実受容や反省的思考が挙げられていることから、これらのプロセスに対して学習目標志向性を媒介して影響を与えるということでしょう。

次に興味深いのは精神支援が負の影響(図の×印)を与えているという点です。精神支援を行うことでミドルマネジャーが安心してしまうことが現状を肯定的に捉えてしまい、現状を変えるというエネルギーを弱めてしまうということと捉えられます。

あとがき

本書は学術書であり、決して読みやすい本ではありません。ただ、実務であれ研究であれ、経営人材育成に携わる方にとっては、従来の当たり前を問い直す示唆に富んだ良書です。ぜひ読み進めていただきたいおススメの一冊です。


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