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実は日本が遅れてた…1

私は1988年に日本を出て、まずはロンドンに1年、それから1年後ちょうど平成元年にミラノに来て、そのまま今までダラダラとミラノで生活している…

日本を出たのはまだ昭和の時代、消費税もまだなかった。そして日本ではちょうどバブルの時代だった。
当時のイギリスはまだサッチャーが首相で、今から考えられないほど、貧乏そうな国だった。
当時の日本ではまだタバコはかなり安く200円ほどだった。一方、イギリスではとても高く、パブなどでよく「タバコくれ」といわれていた。(私は吸わないが…)

それからイタリアに移住、イタリアではそのころまだリラが使われていた。
日本ではバブルの時代ということもあり、ヨーロッパの物価は驚くほど安かった。当時の日本はバブルマネーに物を言わせ、お金を出せばなんでもあって、生活は便利がよく、つねに便利さが更新されていたので、イタリア(ヨーロッパ)の不便さに泣かされた… 「人間の進歩は、どんどん便利になっていくこと」だと思っていた私にとってはとても不便な国に感じられた… 「なんで日本の様に進歩しいないんだろう」と、イタリアのこの遅れが理解できなかった。

銀行や郵便局に行けばちょっとした手続きでもあちらこちらにたらい回しにされ、どこに行っても長蛇の列、それなのに窓口ではのんびりと客と話をしている… そしてお昼はしっかり休憩。

当時、日曜日はスーパーマーケットも開いていなかった。イタリアでは法律上日曜日にお店を開けてもよくなったのはほんの12年前、2012年からだ。イタリアに来てまだそれほどたっていない頃、仕事が忙しく土曜日も仕事の日が何週間か続いた日があった。普段の仕事も遅く終わっていたので、仕事終わりに買い物にも行けず、日曜日はスーパーが休みだったので、毎週土曜日に友達に買い出しをお願いしていた。今でもイタリアには24時間営業のコンビニはほとんどない。

6月にもなると友達や同僚と夏のバカンスの話がはじまり、8月にはみんなバカンスに出てしまうので、多くの店が閉まってしまう。付き合いのあるイタリアの会社や工場は大体8月初めの1週間仕事をして、2週間もしくはもう少し長い夏のバカンスに入り8月末に仕事を再開する所が多い。

今でこそスーパーマーケットやショッピングセンターが増え、8月でもそこにいけば大抵のものが買える様になったが、それでも仕事で使う様な特殊なアイテムを扱っているお店や、自動車の修理工などは閉まっているところが多い。以前8月に海に行く途中、高速でトラックにぶつけられ、買ったばかりの車のドアが壊されたことがあった、修理工は閉まっていたので、壊れたドア側を壁ギリギリに止め、反対側のドアから出て鍵を閉めていた。(この国は盗難も多いので)水道が壊れたりしようものなら水道屋さんがバカンスから帰ってくるまで不便な生活を強いられる。この時期になるとTV曲で働いている人も当然バカンスに出るので、TV番組もバカンスシーズン仕様になり、再放送や映画などが多く流れている。

続く…


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