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見方を変えるだけで幸せになれる

こんにちは、産婦人科医の高尾美穂です。

今日もいただいたレターをご紹介させていただきます。  

毎日先生の配信を楽しみに拝聴しています。
先生の言葉を心のお守りにしています。

私は34歳で、10歳・8歳の息子たちと第3子を妊娠中です。
先日3人目の性別が分かり、また男の子でした。

内心、女の子も育ててみたかったなと最初は思いましたが、子供は授かりもの。
また子育てできること自体に感謝しながら、大切に育てていきたいと思っています。
夫や息子たちも、男の子が誕生することを喜んでくれています。
性別うんぬんよりきっと人柄、その子その子のキャラクターなのかなと思いますが、親戚や周囲からの男の子の3人のママ残念。のリアクションに揺さぶられてしまいます。

また男の子、大変だね。女の子だったらよかったね。ママがかわいそう。
私は神様からお預かりした命、この状況を大切に受け入れて前向きにやっていきたいと思っているのですが、もし可能であれば高尾先生から自分は自分、と喝を入れていただけたらとても嬉しいです。


ということで、どれだけ幸せな人なのかと思われたリスナーの方も多いのではと思うようなレターかと思います。
 
ご主人、息子さんも2人いらっしゃって、3人目も妊娠中で性別が分かる頃ということですので、流産しやすい時期はもう過ぎて割と安定した時期に入っている方だろうと思います。
 
そして性別が分かり、また男の子だというこの状況に対して周りが色々言うというお話かと思います。
 
まず今の時代ですと、妊娠中に赤ちゃんの性別を聞かないという選択肢もあります。
 
私たち産婦人科医はエコーの検査の際、おまたの状態を見て男の子なのか女の子なのかということは大体分かったりします。
 
日本では、妊娠中のエコーの検査の回数が多いので、大抵1~2回ははっきりと確認できるチャンスがあり、カルテに記載をするものだったりします。
 
しかし、それを伝えるかどうかはご本人の希望に沿っているケースが多く、
ご本人が希望していなければ妊娠中に赤ちゃんの性別を伝えない可能性が高かったりするわけです。
 
そして今回、10歳・8歳で3人目ですから、次男の男の子からは8〜9歳離れ、待望の3人目という表現もできるのかもしれません。
 
しかし、3人目のお子様が、3番目の男の子だったということで、色々残念な声を聞くということが何となく残念と感じるということだと思いますが、男の子が3人、もしくは女の子が3人続くという状況に対し、まず私たち産婦人科医が何か思うかと言うと、正直何とも思いません。
 
さらに、産み分けというものも、残念ながら信頼度の高い産み分けの方法は無く、実際のところ生まれてくるまで分からないというような状態なので、これこそ本当に運だと思うわけですが、ただ今回のレターをくださった周りの方たちの声というのは、もしかしたらこのレターをくださった方の声でもあるのではないかと思ったりもします。


周りの声は自分の声?


 
また男の子大変だね、女の子だったらよかったね、ママかわいそうという思いがおそらく自分の中にもあったため、周りのお母さんたちや親戚の方たちのそういった声を自分が拾ってしまったのではないかなと思います。
 
自分の目の前にいる人たちは自分の鏡というようなことはよく言われていますが、相手が自分に対して何となく嫌だなという態度をしている時は、もしかすると自分も同じことを人にしているかもしれないと反面教師のように自分自身が学ぶ機会と考えることもできると思います。
 
そのような考え方をするとすれば、今回周りの人がかけてきた声には、きっと他の声もあったはずだと思います。
 
子どもが3人とも男の子ということに対して、どのような考え方が持てるでしょうか?
 
私だったら、例えば、お兄ちゃんたちのお洋服がそのまま着せられていいね!とか、男の子は育て慣れてるから心配ないね!などの考え方もできるので、周りのママ友たちやご親戚の中には3人目の男の子を前向きに捉える声もきっとあったのではないかと思います。
 
しかし、この方に届いた言葉は、3人連続で同じ性別っていう状態をどちらかと言うと否定的に捉えるような声で、自分自身にそういう気持ちがあるからそういう声を受け取りやすいと言うこともあるのではないかと感じます。
 
30代の半ばで、すでにお子様が2人、旦那さんもおられて、3人目も順調に経過しているという状況。

まずこの状況が全てにおいて恵まれていますね。
 
結婚したくてもできなかったり、子供が欲しくてもできなかったり、妊娠はしたけれども残念ながら元気に生まれなかったり。
 
世の中には色々なケースがあり、それらを垣間見たり直接見たりしてきた私の目からは、この方は幸せにしか見えない方です。
 
もちろん実際の生活の中には、きっと困ることが様々あると思います。
 
しかし、世の中多くの方からすると本当に本当に幸せな方です。
 
なので、幸せの中で悩みを探すとしたらここなのかなと思ったりもしますが、いずれにしても今回のレターから何か考えてみるとすれば、どうすれば私たちが自分に起こった出来事を前向きに捉えられるのか。


新しい視点から眺めてみる


 
どのように見たら、どのように視点を変えれば自分自身が今起こっている状況を、前向きに、幸せに受け取ることができるのか。
 
これは、いま自分が見ているのとは違う新しい視点から物事を眺めてみることで違う考え方が生まれるのではないかということです。
 
例えば、ある人が周りの誰かから嫌がらせをされ落ち込んでいたとします。
 
ここで落ち込んだ人というのは、その嫌がらせをしてきた人のことを、自分に対して嫉妬してるからそのようなことをするんだ、相手から妬まれてるんだなどと思ったりするわけです。
 
そして、自分に嫉妬してる、妬んでるということは、もしかすると嫌がらせをされるぐらい私自身のことを羨ましいって思ってるんだなという見方に変えられたりもするわけです。
 
嫌がらせをされているという事実は変わらなかったとしても、その見方や視点を変えるだけで私達はその物事の受け取り方をがらっと自分にとって前向きな理解に変えていけるということだったりするわけです。
 
また、例えば、周りの人が主観に基づいて話をすること、自分自身のn=1の経験に基づいて話をしていたりすることにそこまで自分の気持ちを揺さぶられる必要がないのではないかとも思います。
 
そして本当に恵まれている状況だということに気づいていただけると嬉しいなと思います。
 
いずれにしても物事の考え方、捉え方はその見方をちょっと変えるだけで、私たちの気持ちは随分変わると思います。
 
ですので、起こった出来事がネガティブに捉えがちな出来事だったとき、どんな捉え方をしているかを客観的に見てみるこれが大事なのではないかと思います。
 
何か起こった事実に対して、私たちは何かしらの反応を自分で選んでいます。
 
この選んだ感じ方・捉え方が唯一のものだと思ってしまう傾向にあったりもします。
 
しかし、そうではありませんよね。
 
感じ方・捉え方には本来はいくつもの選択肢があってその中から自分の思いに一番近いものを選んでいます。
 
周りもこう言ってる、自分もそうだというような状況の中で、その考えしか思い浮かばないと思いがちですが、ちょっとだけその自分の気持ちから離れて立ってみると、選択肢がたくさんあることに気づき、全く違う方向に変えることができるのではないでしょうか。
 
どうしたら自分にとってプラスの見方ができるのかという視点に立って過ごすと、悩みなんてきっと自分で減らせることもできると思いますし、もっともっと幸せな状態で過ごすことができるのではないかなと思います。


物事の捉え方って一つじゃない


 
物事の捉え方って一つじゃないということを、いつも頭の片隅に置いておくといいのかもしれません。
 
 頭の中で考えるということは、何か手に持ったり物がなくてもできることだったりもします。
 
しかしそれが頭の中でごちゃごちゃしてしまった時には、紙に書き出したり、携帯に打ち込んでもいいかもしれません。
 
私は紙に書き出すということが一番、整理整頓ができるかもしれないです。

そんな中で一つの考えしか浮かばなかった時、違う考えを無理矢理でも導き出してみるという練習をすると、色んな方向から物事を見るという練習になるかもしれません。
 
一つしかアイデアが生まれないというような場合はもしかすると、偏った考え方をしていることに気づけていない可能性もあるのではないかと思ったりする次第です。
 
色んな方向から物事を見るという癖を皆で一緒に持っていられると、アンコンシャスバイアスと言われる、私たちがあまり意識できていないような偏った見方が減る可能性が高くなります。
 
例えば、男の人であれば力が強い、早く走れるなどもある意味刷り込みだったりすると思います。

もっと多角的な見方や様々な角度から矢印をさすことができると、色々なケースを想像できたり、自分の頭の中でも違う考えが生めるのではないのかというようなお話をさせていただきました。
 


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