見出し画像

「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

劇場版アニメ映画には総集編ものが多い。テレビ放送だけではリクープできない部分を回収するには手っ取り早い手法だから、こういう作品が多いのだと思う。

そもそも、44年前の劇場最初のヤマトの劇場版「宇宙戦艦ヤマト」からして、テレビシリーズの総集編なんだから、日本のアニメ業界にとって、総集編映画商法というのは伝統芸能のようなものなんだと思う。

テレビアニメの総集編映画には、大きく分類して以下の3タイプがあると思う。

①テレビシリーズのダイジェスト
②テレビシリーズのコラージュ
③テレビシリーズのダイジェスト、コラージュ+アルファ

圧倒的に多いのは①だ。
とはいえ、単なる短縮しただけというものは少なくて、「機動戦士ガンダム」や「魔法少女まどかマギカ」のように新たに作画したりするものも多い。また、こうしたタイプの作品では劇伴や主題歌が新たにつけられるのは当たり前だし、中にはアフレコをやり直すものだってある。

そういえば、昔はアフレコというのは、実写作品の撮影時に台詞を現場で収録できなかったものを、撮影終了後にスタジオで収録し直すから、アフター・レコーディングと呼んでいたんだよね。

なので、外国語作品の俳優の吹替や、アニメのキャラクターなど、現場で演技していない役者、つまり声優が他者の演技に声を当てることはアテレコと呼び分けられていた。

でも、いつの間にか、ライブ・アクションの俳優の台詞再収録も、声優の声のみの録音も全部アフレコと呼ばれるようになってしまったんだよね…。

話は戻るが、ダイジェスト型の総集編映画にも色々なタイプがある。

多くの作品は1クール(だいたい12〜13話)、もしくは2クール(だいたい24〜26話)を1本なり2本の映画にまとめたものが多い。

全43話(3クール+1ヵ月)を3部作にまとめた「機動戦士ガンダム」もこのタイプに含めていいと思う。

この手の作品は、ストーリー展開上の重要な部分だけをつないだものが多いが、「響け!ユーフォニアム」2期の劇場版のように、特定のキャラや出来事に焦点を絞った構成にするものもある。

その一方で、1クール(12話)を2本にまとめた「魔法少女まどかマギカ」や、2クール(26話)を5本にまとめる予定の「Gのレコンギスタ」といった尺に余裕がある作品もある。
こういうタイプのものは、ほぼテレビ版そのままといっていい内容なので、事実上、テレビシリーズの修正版といってもいいと思う。

中には「進撃の巨人」のような変則的なものもある。2クール放送の1期は2本、1クール放送の2期は1本の総集編映画が作られたにもかかわらず、分割2クール(実際は通常の2クールよりもエピソード数は少ないが)の3期放送終了後に公開された総集編映画は、3期のみを1本なり2本の映画にまとめたものではなく、1期から3期までの全5クール弱分をたった1本の映画にまとめるというものだった。当然、単なる名場面集にしかなっていなかった。

②のタイプは少数派。
「新世紀エヴァンゲリオン」の劇場版、いわゆる旧劇の1作目がこのタイプだ。このタイプは、テレビシリーズを全く見ていない人、あるいは、全部見ていない人には理解不能となっていることが多い。

③のタイプはそんなに多くはないが、冒頭に前日譚を付け加えた「荒野のコトブキ飛行隊」とか、追加シーンがあった「進撃の巨人」をこのタイプに含めてもいいのかもしれないが、一番分かりやすいのは、後日談の中に、テレビシリーズのエピソードを回想として組み込んだ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」だろうか。

そして、本作、「ヤマトという時代」は、①、②、③全ての要素をミックスしたようなドキュメンタリー形式となっている。

あるキャラクターのインタビューとそれをつなぐナレーションを中心に、その中で語られた事象のいくつかは実際に過去作品の音声を活かして見せるという、ドキュメンタリーやニュース番組のインタビューVTRと同じ構成となっている。

何故、こんな構成になっているのかといえば、それは対象となるテレビシリーズのエピソード数が多いからだと思う。

それぞれ、2クール(26話)、先行劇場上映では全7章もある「宇宙戦艦ヤマト2199」、「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」をまとめるわけだから(前者はサイド・ストーリーの劇場版もあり)、2時間弱にまとめるのは無理がある。

というか、「2199」は既に総集編映画があるのだから、「2202」だけで作ればいいのに、何故、「2199」から改めて振り返るのかといえば、「2202」が不人気だからだというのがあるのではないかと思う。

かといって、続編「2205」が控えているから(今度は2クール・全7章ではなく前後編らしいが)、その前宣伝として総集編が必要なので仕方なく、「2199」も含めたものにしようとなったのではないだろうか。

それにしても、同じ松竹のイベント上映アニメなのに、「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」は1900円均一で、本作は1700円均一というのはなんだかなという気がする。本作は総集編だから、完全新作の「ハサウェイ」より安くなるというのは理解できる。でも、総集編なんだから、もう少し安くてもいいのではって気もする。
まぁ、どちらの作品にせよ、学生料金や小人料金の人にとっては通常料金より値上げになる料金設定なんだけれどね。それだけ、「ガンダム」も「ヤマト」も学生料金や小人料金の人には興味を持たれないコンテンツってことなんだろうね。

「2202」の話に戻るが、不人気の要因というのは、左寄りの思想にふれすぎたからではないかと思う。
元々、「ヤマト」というコンテンツは右行ったり、左行ったり、思想がぶれまくりなんだけれど、「2202」は左の要素が強かったからね。

戦艦大和を宇宙戦艦として復活させるという、ヤマトのそもそものコンセプトは、戦前・戦中の軍国主義時代の日本を称賛する主義ともつながるからウヨ思想そのものだしね。
そう考えると、ヤマトって、なろう系の走りなのかもしれないな。
第二次世界大戦時の軍事力を日本がそのまま保っていればみたいな世界観なわけだしね(ファンの人からすれば異論はあるとは思いますが)。

「2199」に該当するパートに関していえば、全体的には右寄りの思想が多いと思う。
地球はガミラスの罠にはまって先制攻撃をすることになり、悪者扱いされたなんてのも、右翼がよく言う、日本は米国の罠にはまって真珠湾攻撃をすることになり悪者にされた。本当に悪いのは米国だなんていう思想そのものだしね。

そして、その後、地球とガミラスが同盟を組むことになるものの、地球はガミラスの言うことに反論できないという描写は、明らかに日本は米国によって憲法を押し付けられたと文句を言う右の意見そのものに見える。

でも、そのガミラスの指導者、デスラー総統が悪役というのが謎なんだよね。どう考えても、ナチスのヒトラー総統から来ているのは明らかなわけだしね。ウヨ的思想なら、大戦時の同盟国ドイツは仲間なんだから敵にするのはおかしいんだよね。

そんな思想が迷走していた「2199」だが、「2202」になると、明らかにベクトルは左に向かっていく。
ヤマトのクルーのみがテレサからのメッセージをら受け取るという選民思想は日本人優越思想そのものだし、ガミラス人を“ガミ公”と呼ぶキャラクターは明らかに外国人差別主義者だが、全体としては左に寄っていると思う。

「2199」の際にイスカンダルの女王と約束した波動砲の封印を、「2202」では苦悩の末に破ってしまうという描写があるが、これは日韓関係における河野談話を無視して嫌韓を煽る政策をしているネトウヨ化した自民党を批判しているようにしか見えないしね。

また、優秀な女性を優先して生き残らせようとする策が出てくるのもウヨ思想の人には嫌悪感を抱かれる要因だと思う。

全体としては、「2202」は反戦メッセージ、ポリコレ色が強いので、右寄りの人には嫌われるよね。

果たして、「2205」はどちらの思想にふれるのだろうか?公開を待ちたいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?