アカデミー作品賞ノミネートも納得「ウエスト・サイド・ストーリー」
本作はスティーブン・スピルバーグ監督にとって初のミュージカル映画とされているが、彼がミュージカル演出をするのは今回が初めてではない。
1984年の「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」のオープニングはまぎれもないミュージカル・シーンだった。
そして、彼が製作総指揮を務めた1986年のアニメーション映画「アメリカ物語」はディズニー映画と勘違いする人もいるかもしれないほど正統派の作りとなっているファミリー向けミュージカル・アニメーションだった。
また、本作はスピルバーグ監督にとっては珍しいリメイク作品だとよく言われているが、彼がリメイク作品を手掛けるのはこれが初めてではない。
1989年の「オールウェイズ」は日本では劇場公開されなかった1943年の作品「ジョーという名の男」のリメイクだ。
「宇宙戦争」の原作はラジオ・ドラマ化されたものが有名だが、スピルバーグ版以前に映画化もされている。
さらに、「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」や「BGF:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」も過去に映像化されている作品のリメイクだ。
そのほか、1エピソードの監督を務めた「トワイライトゾーン/超次元の体験」は懐かしのテレビ・シリーズを映画化したものだし、製作総指揮を務めた「マスク・オブ・ゾロ」シリーズや「トランスフォーマー」シリーズもスピルバーグ版以前に映像化されたものがある作品だ。
だから、本作をミュージカルとかリメイクという視点だけで、イレギュラーなスピルバーグ作品として語るのは大きな間違いだと思う。
ジョン・ウィリアムズが音楽を手掛けていない作品も最近は増えているから、その視点でもイレギュラーな作品ではない。
ところで、本作は1961 年の映画版とは異なり、ヒスパニックの役はヒスパニックの俳優に演じさせていることから、最近のハリウッドの度が過ぎるポリコレを毛嫌いする勢力からは見もしないくせに酷評されている。
でも実際に見てみると、ここまでバランスの取れた公平公正なポリコレはないというくらいによく配慮された作りになっていた。
現在の視点から見ると差別的に思える歌詞もそのまま使っているしね。
時代設定を変えていないんだから、そうすべきなのが正しい映画作りなんだけれど、それができていない映画が多いからね。
そして、1961年版よりも人種対立の問題がより深掘りされているように思う。
日本でヒスパニックという言葉が普通に使われるようになったのは90年代以降だと思うので、1961年版を見た観客は白人と黒人ではない有色人種の不良少年軍団の対立くらいにしか認識していなかった人も多かったのでは?
でも正確には、白人と言ってもポーランド系だし、ヒスパニックと言ってもプエルトリコ系なんだよね。
アカデミー賞を受賞した作品には、異人種間の交流を描いたものも多い。
作品賞を受賞した「ドライビング Miss デイジー」や「グリーンブック」はいずれも白人と黒人が心を通わせていく様を描いている。
でも、前者の白人はユダヤ系だし、後者の白人はイタリア系だ。
同じ白人でもアングロ・サクソンに比べるとユダヤ系やイタリア系は格下扱いされている。つまり、白人同士でも“人種差別”はあるということだ。
だから、白人社会での被差別民と、白人から差別される黒人という組み合わせの交流というのがドラマチックになるんだよね。
本作のポーランド系というのは、そのユダヤ系やイタリア系よりも格下とされていて、作中でもそのことには言及されている。
また、本作でポーランド系と対立しているプエルトリコ系にしても、というか、プエルトリコ系に限らずヒスパニックと言っても、見た目が白人に近い人も黒人に近い人もいるし、もちろん、ミックスされている人もいる。本作では、黒人社会からの批判を恐れて、黒人よりのヒスパニックが多くはなっているようだが。
当然、そのヒスパニックのコミュニティの間でも白人寄りと黒人寄りの対立はある。本作でも、リタ・モレノ演じるドラッグストア店主(1961年版では別の役で出演)が白人と結婚していたことから、裏切り者のような扱いを受けていることを示唆するシーンがあった。
なので、白人は全て悪人、非白人は全て善人みたいな描き方をしていない本作は非常にバランスの取れた作品になっていると思う。
そういえば、アラサーくらいのカップルが上映終了後、“こんなに悲しい話だとは知らなかった”みたいなことを言っていたが、もしかすると、今のアラサーより下の世代って、「ウエスト・サイド・ストーリー」がウィリアム・シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」を翻案した作品だって知らないってことなのかな?というか、そもそも、「ロミオとジュリエット」がどういう話かも知らないとか?だから、違うコミュニティに属する2人の悲恋というのが衝撃的だったんだろうね。
そして、本作の見所はなんといってもカメラワークだ。「シンドラーのリスト」以降、スピルバーグ組の撮影監督を務めているヤヌス・カミンスキーの見事なテクニックを堪能させていただいた。
あと、クレジットを見ると、エンド・タイトルのデザインって、スピルバーグ監督がやっているらしいが、ああいうスタイリッシュでオシャレなこともできるんだと驚いてしまった。
それにしても、スピルバーグ監督ほど長期にわたって映画界の最前線に立ち続けている監督っていないんじゃないかなって思う。
アカデミー作品賞にノミネートされたスピルバーグ監督作品を振り返ってみよう。
70年代
「ジョーズ」
80年代
「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」●「E.T.」○●「カラー・パープル」○
90年代
「シンドラーのリスト」○●「プライベート・ライアン」○●
00年代
「ミュンヘン」○●
10年代
「戦火の馬」○「リンカーン」○●「ブリッジ・オブ・スパイ」○「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」○
20年代
「ウエスト・サイド・ストーリー」○●
なんと、スピルバーグ監督作品がアカデミー作品賞にノミネートされるのは、これで6ディケイド連続となる。上記リストのうち、○印がついているものは、プロデューサーとして作品賞のノミネート対象者になっている作品だ。
これ以外にも、プロデュースを務めたクリント・イーストウッド監督の2006年の「硫黄島からの手紙」で作品賞にノミネートされている。ちなみに作品賞を受賞したのは「シンドラーのリスト」の1本のみだ。
また、上記リストのうち、●印がついている作品では監督賞にノミネートされている。
作品賞にはノミネートされていない1977年の「未知との遭遇」でも監督賞候補になっているので、スピルバーグ監督は史上初となる6ディケイド連続で監督賞にノミネートされた監督となっている。
2020年代に入って、まだ新作を発表していないマーティン・スコセッシ監督は70年代から10年代まで5ディケイド連続で監督作品がアカデミー作品賞にノミネートされているし、監督としても80年代から10年代まで4ディケイド連続で候補にあがっている。
賞レースにおける評価で見れば、スピルバーグとスコセッシが2大巨頭と言っていいと思う。
でも、興行成績の面で見ると、スコセッシ監督作品には、スピルバーグ監督作品のような大ヒット作品は少ない。
また、自らメガホンをとらないプロデュース作品の本数も、スピルバーグはスコセッシよりも遥かに多い、その中にはヒットした作品も多い。
70年代のプロデュース作品はお世辞にも成功したとは言えないものの、80年代以降は数多くの話題作を生み出していて、シリーズ化されたものも多い。今年は「ジュラシック・ワールド」シリーズの最新作が公開予定だ。
元々はTVムービーだったが、欧州や日本では劇場公開され、今はなきアボリアッツ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを受賞した「激突!」から約50年。ここまで第一線で走り続けてきたというのは本当、驚異でしかない。しかも、映画だけでなくテレビの仕事もしているし、アンブリンやドリームワークスといった映画会社も興しているしね。
ところで、本作は今回のアカデミー賞で作品賞、監督賞、撮影賞を含む7部門にノミネートされているけれど、他のミュージカル映画は苦戦しているよね。本作同様、ポリコレ的な目配せをしたミュージカル映画という点では共通しているのにね…。
「Tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!」は2部門、「シラノ」は1部門でしかノミネートされなかったし、「イン・ザ・ハイツ」や「ディア・エヴァン・ハンセン」は全くノミネートされていない。それどころか、「ディア・エヴァン・ハンセン」なんてラジー賞にノミネートされてしまった。しかも4部門も…。
やっぱり、ポリコレ要素ばかりで、総合芸術・エンタメとしての面白さが欠けてしまったミュージカルなんて映画としては失格ってことなんだろうね。
本作はスピルバーグ&カミンスキーのおかげで映画館で見るべき大作になっているから、最近の他のミュージカル映画とは格が違うってことなのかな?
《追記》
今回のアカデミー作品賞候補10本のうち、本作を含めた4本がリメイクだが、それでいいのかって気もするな…。
ちなみに他の3本は「DUNE デューン/砂の惑星」、「Coda コーダ あいのうた」、「ナイトメア・アリー」。