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HKT48CDデビュー10周年

CDなんてジャニーズやK-POPも含めたアイドルのファンか声優やアニソン歌手のファン、要はオタク以外はほとんど買わなくなっている。
そんな状況になって久しいのにいまだに、最初のCDシングルの発売日をデビュー日としているアーティストが多い。
その最初のCDシングルの前に配信シングルを出していたり、フィジカルでもCDアルバム(EP含む)やDVDなどでのリリースだと正式デビュー扱いされないことも多い。というか、CDシングルに収録されていても、スプリット・シングルとか、カップリング曲扱いだとデビュー・シングルとは見なされないことが日本では一般的だ。

でも、今は配信でしか楽曲をリリースしないアーティストや、CDを出してもアルバムのみというアーティストだって多い。
地下アイドルなんて、ダウンロード、サブスク問わず配信シングルすら出していないグループが圧倒的に多い。

そうなってくるとデビュー日って何ってなってくるんだよね。

さすがに結成日をデビュー日とするのは違うと思うが(とはいえ、ザ・ローリング・ストーンズは2002年に結成日基準の40周年ベスト・アルバム『フォーティー・リックス』を出している)、マスコミ・一般問わず外部に初めてお披露目された時を起点とするアーティストもいれば、初めて一般観客を前にパフォーマンスした日をデビューとするアーティストもいる。地下アイドルなんてデビュー・ライブ開催をもってデビューとしているところがほとんどだ。

同じ指原莉乃プロデュースのアイドルでも、=LOVEはデビューCDシングルがリリースされた秋にあわせて、毎年、周年コンサートを開いているが、妹分の≠MEはお披露目会見が行われた2月下旬にあわせて、2〜3月に周年コンサートを開いている。ノイミーはCDシングル・デビューなら2021年夏だし、それに先駆けたミニ・アルバムでのCDデビューなら21年春だし、イコラブのカップリング曲としてのCDデビューなら19年秋、初めてのオリジナル楽曲を配信シングルとしてリリースした時期なら19年夏、デビュー・ライブも19年夏となるが、そのどれでもない、19年2月のお披露目会見を基準に毎年、周年コンサートを開いている。

なので、何をもってデビューとするかは言ったもの勝ちみたいな面もある。

秋元康系アイドル(ジャニーズもそう)はCD至上主義だから、あくまでも、自身がメインのいわゆるA面曲をCDシングルとしてリリースしないとデビューしたとは認められないようだ。

その基準でいくと、HKT48の初のリーダー作品となるとCDシングル“スキ!スキ!スキップ!”がリリースされたのは2013年3月20日なので、このたび、HKTはCDシングル・デビュー10周年を迎えたことになる。

もっとも、HKTの楽曲を収録した初めてのCDはそれより前の12年12月にリリースされている(HKT初のオリジナル曲“初恋バタフライ”がAKB48のCDシングル“永遠プレッシャー”のカップリング曲として発表)。
ちなみに、HKTの結成は11年夏、初の劇場公演は同年11月、そして、パッとしなかったHKTの起爆剤としてAKB48のメンバーだった指原莉乃がスキャンダルに対する懲罰として事実上の左遷状態でHKTのメンバーとなったのが12年6月となる。

まぁ、どの時期をHKTのデビューとするかの議論はさておき、もっとも遅い設定日であるCDシングル表題曲デビューから数えても10年となるのだから、ここで改めてこれまでの軌跡を振り返ってみたいと思う。

まず、指原莉乃加入から長いこと世間のHKTに対するイメージは「指原莉乃と愉快な仲間たち」だった。AKB時代から人気メンバーでしゃべりやマスコミ対応もうまい指原莉乃がいる。しかも、彼女はAKBグループ史に残る大スキャンダルをしでかした人物なわけだから、マスコミは彼女の言動に注目する。つまり、彼女に面白いことをしゃべらすためにマスコミがHKTにスポットライトを当てていた面はあったと思う。

一方で当のさしさんはそれを利用して、自分が注目される場にHKTのメンバーを巻き込んだりして、グループ全体や個々のメンバーの知名度をあげる作戦に打って出たりもした。

劇場支配人という肩書きを2013年に得た時はマスコミもファンも本人もネタだと思っていたのではないかと思うが、しかし、彼女はその肩書き通りにグループやメンバーのための活動をしていたということだ。

そして、プレイング・マネージャーとしての才能を次々と発揮し、コンサートのセトリなど演出面にも関わるようになっていた。
その結果、HKTのライブは面白いという評判が高まり、HKTに対して、ライブ・モンスターという称号が与えられるようにまでなってしまった。

それと並行して、しゃべりやマスコミ対応のうまさはソロのタレント・指原莉乃の需要も高めることとなった。
また、プレイング・マネージャーとしての活動により、アイドル・プロデューサーとしての力も身についていき、それが、2017年に自身がプロデュースする=LOVEをデビューさせることにつながっていった。

ただ、その結果、マスコミや世間の目は尚更、「指原莉乃と愉快な仲間たち」と思うようになってしまっていた。いくら、ファンが魅力的なメンバーが揃っている、ライブが面白いと絶賛しても、マスコミや世間はさしさんにしか興味を持たなくなってしまったということだ。

そして、ソロでタレントやプロデューサー業をやっているということは、どうしても、首都圏での仕事が中心になってしまう。
そのため、HKT=博多を名乗っているのにもかかわらず、さしさんは本拠地での劇場公演など九州での仕事になかなか参加できないことから、大きなコンサートは首都圏での開催が多くなるし、ファンも関東勢が中心となってしまった。

また、指原莉乃という客寄せパンダがいないと大きな仕事は成立しないから、タレント業やプロデューサー業で忙しい彼女のスケジュールがあくのを待つしかなく、新曲も他のAKBグループに比べると、なかなか出せないという状況になっていた。元々、CDシングルのリリースは年2枚と少なかったのが、2018年以降は年1枚となってしまった。

これが指原体制の功罪でいえば、罪の方だと思う。


そして、この2018年がHKTにとって大きな転機となった。
さしさんが年末に2019年春に卒業することを発表したほか、HKT内で彼女に次ぐ人気度でナンバー2だった宮脇咲良とナンバー3だった矢吹奈子(順位はAKB選抜総選挙などの結果をもとにした世間的なイメージ)が揃って、期間限定のK-POPグループ、IZ*ONEのメンバーとして活動するためにHKTを約2年半もの間、離れることになった。さらに、体調不良で戦線離脱していた兒玉遥もさしさん卒業のすぐ後の2019年6月に正式に卒業。


AKBグループ選抜総選挙で10位内に入ったことのあるHKTメンバーは全部で5人いるが、そのうち4人が18年秋から19年上半期にかけて、卒業もしくは離脱となってしまったのだから、そりゃ、落ちぶれたイメージを持たれても仕方ないよねとは思う。
ちなみに、HKTメンバーの総選挙最高位は、さしさんが1位、さくらたんが3位、はるっぴが9位、奈子が9位だ(残る1人は田中美久で10位)。

そして、そこへ来て、2019年早々に発覚したNGT48の“つながり暴行”騒動でAKBグループ全体のイメージが悪化し、HKTも運営会社が変わることになった。
さらに、コロナ禍に入り移動に制限がかかることになったため、九州のグループなのに関東での人気が高かったHKTは活動を縮小せざるを得なくなってしまった。
また、2021年にはIZ*ONEへの“レンタル移籍”(もしくは兵役)を終えて戻ってきたさくらたんがHKTに復帰するやいなやすぐに卒業という事態になった。
同じく、IZ*ONEから復帰組の奈子はさくらたんよりは長くHKTで活動したが、それでも今春には卒業となる。

しかも、CDシングルのリリースは相変わらず、年1ペースのまま…。
2023年のシングル“君はもっとできる”は奈子卒業に合わせて2月と例年より早い時期のリリースとなったので、もしかしたら、今年は久々に年2作がリリースされる年になるのだろうか?

そんなわけで、こうした諸事情が重なり、HKTのオワコン的イメージはさらに悪化してしまった。

しかし、この数年間が無駄だったかと言うと決してそうではない。

奈子卒業後、総選挙で唯一のトップ10入り経験者であるみくりんはこの3年間、誰よりも外に向けた活動をしてきたメンバーだ。
この数年間、みくりんが表紙の雑誌(そのほとんどが水着姿)をどのくらい見たか分からないほどで(その多くを購入)、それはカバーガール大賞の音楽・芸能部門で1位に輝く(=表紙になった回数がトップ)という形で評価されている。グラビア経由でみくりんのファンになった人も多いことと思う。
ちなみに自分は元々、さしさんを推していたが、彼女の卒業というか、彼女が総選挙に参加しなくなったのを機に事実上、さくらたん推しになった。そして、彼女のIZ*ONE兵役時代は一推し代行としてみくりんを推していた。さくらたん卒業後は完全にみくりん推しだ。
だから、運営のみくりんに対する扱いには時々、腹が立つこともある。

それから、歌うまメンバーとして認知されているほか、舞台やドラマで女優としても評価され、さらに、カメラマンとしてのアーティスティックな活動もするなど多方面で活躍している豊永阿紀。

最近、ルックスがまゆゆっぽくなり、さらに正統派イメージが強くなった運上弘菜。

明るく元気なHKTイメージを引き継ぐ松岡はな。

ビジュアルの素晴らしさはAKBグループ随一の山下エミリー。

HKTオタに多いロリ志向にはたまらない竹本くるみ。

等々、HKTのメンバーは非常に層が厚いと言えると思う。

ただ、この層の厚さを運営が全然活かすことができていないんだよね。
だから、せっかくの才能が飼い殺し状態となり、次から次へとメンバーが卒業することになってしまう。

HKTでは冷遇されていた村川緋杏が、卒業してすぐにCANDY TUNEという半地下アイドル・グループのメンバーとなっていることからもHKT運営にメンバーの才能を活かす能力が欠けていることは否定できない面があると思う。

おびびに限らず、坂口理子、神志那結衣、松岡菜摘などの最近、HKTを卒業したメンバーもそうだけれど、HKTを抜けた人って他のAKBグループの姉妹グループや坂道シリーズならもっと活躍の場があったのではと思うメンバーが多いよね…。

普通のアイドル・グループ運営なら人気メンバーや、グループのオタ以外の外部の知名度が高いメンバーがいれば、そのメンバーをプッシュするはずなのに、HKTではそうしないから不思議だ。
最新CDシングルの序列ではみくりんは5番手だし、豊永先生は8番手。エミリーなんて選抜すらされていない。
勿論、エースで4番ではないが、一番人気・リーダー・センター・エースといったポジションを1人が兼ねる必要はない。というか、全盛期のHKTは分散していた。一番人気・リーダーがさしさんで、センターははるっぴ、エースはさくらたんだ。そして、さしさんはトップ下な立場につくことが多かった。

その流れでいけば、現在のHKTで最も知名度があるみくりんが5番手というのはおかしくないのかも知れない。

でも、ドルオタ以外にも知られる全国的な知名度のある人気バラエティ・タレントのさしさんと、アイドル界隈・グラビア界隈以外ではほとんど知られていないみくりんを同じ扱いにするのは違うと思うんだよね。

11年目のHKTがこのまま、オワコン街道を突っ走っていくのか、それとも、復活していくのかは運営次第ってところかな。

まぁ、いつまでも保守的な関東のおっさんオタに頼っていたのではHKTは進化できないから、韓国帰りの奈子を前面に出し、K-POP風のMVを作ったりもし、そして、ライブでは若い女性の観客を優遇しようとしたのだろう。しかし、若い女性優遇策は従来のファンの怒りを買ってしまったし、その若い女性ファンが好きな奈子は卒業してしまうから、結局、新たな戦略を練らなくてはならなくなったわけだしね…。

そろそろ、抜本的な改革が必要なのかもね。
そのためにはまずは楽曲かな。

ファン以外にも広がる楽曲を生み出すことだろうね。STU48は結成から5年となる去年、“花は誰のもの?”で新たな代表曲を手にすることに成功したが、HKTもそろそろ、“メロンジュース”以外の一般に知られる楽曲を出さないとねとは思う。

最後に自分が選んだHKTの名曲トップ5はこんな感じだ。

①桜、みんなで食べた(2014
“さくたべ ”の通称で人気の名曲。HKTオタ以外のドルオタにも結構知られているようだ。年々、卒業式の開催時期が早まっているような気もするので、この曲で歌われているような桜=別れのイメージというのもなくなっていくのだろうか…。そして、そういう切ない歌詞なのにライブでは大盛り上がりの曲になるから不思議だ。まぁ、ワンツースリーフォーという掛け声があるからなんだけれどね。というか、HKTの楽曲には、ワンツースリーとかワンツースリーフォーといった掛け声の入る曲が結構あるが、そのどれもが良曲なんだよね。

②空耳ロック(2016)※Team TⅡ
この曲が発表された頃、かなり精神的に疲れていて、この曲にはかなり励まされた。サビのところの足をチョンチョンって動かす振り付けがいいんだよね。

③ロックだよ、人生は…(2015)
元々はAKBの公演曲だったが、HKTのライブには欠かせない重要なレパートリーとなり、2015年には遂にスタジオ・バージョンもレコーディングされ、名実ともにHKTの楽曲として認知されるようになったって感じかな。

④最高かよ(2016)
歌詞の中にMIXが入っているというユニークな楽曲だが、これも、“さくたべ”や“ロックだよ”同様、ライブには欠かせない曲となっている。ちなみに、“空耳”はこの曲のカップリング。そう考えると、16年くらいが最盛期だったのかな…。

⑤大人列車(2015)
AKBのシングル“Green Flash”のカップリングとしてリリースされた楽曲。これまた、ライブの定番曲。HKTオタでないドルオタでもこの曲を好きな人は多いからフェスとかでこれをやるとめちゃくちゃ盛り上がるよね。

やっぱり、自分が2017年辺りからHKTに物足りなさを感じるようになっているのが、このランキングからも分かるな…。


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