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ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ

最初に一言、邦題について。

原題カタカナ表記プラス日本語(外来語含む)サブタイトルという邦題の付け方はダサいと思う。
でも、世の中には内容を丁寧に説明するタイトルでないと作品に興味を持たない、理解できない層がいるのも事実だし、原題から大きく逸脱した邦題にすると本国の配給会社に文句を言われることが多い。その折衷案として、こういう邦題がドラマ系、ラブストーリー系の作品には多くなってしまうのだろう。

そうしたサブタイトル付き邦題の是非はさておき、この邦題で自分が許せないのは、“ホリディ”という表記だ。

本作はクリスマスの話だ。アカデミー賞の受賞が期待されていた作品だし(実際に助演女優賞を受賞)、ミニシアター向きの内容だから授賞式が終わって、GW興行が一息ついた頃に公開した方が日本では話題になるという理由でこの時期の公開になったのだとは思うが、本来なら年末に公開して欲しかった作品だ。まぁ、アカデミー作品賞ノミネート作品の日本公開が本国の公開から丸1年以上待たされ、次のクリスマスシーズンになるよりかはマシだが。

話を戻すがクリスマスの話ということは、邦題サブタイの“ホリディ”は間違いなく“holiday”のことだ。

英語圏ネイティブの人に“day”を“ディ”と発音する人がいないとは言わない。これまでにこうした表記になったエンタメ作品も確かにある。
でも、一般的には新聞社や通信社、役所などによる正しい外来語表記としては“デー”だし、言語発音に近いカタカナ表記としては“デイ”だ。
この作品の舞台となった1970年代初頭の洋画や洋楽のカタカナ表記っぽいから“ディ”にしたのだろうか?そういうタイトルの作品が流行ったかどうかは知らないが…。

1970年代初頭の米国の話ということからも分かるように本作の背景にあるのはベトナム戦争だ。

本作の主要キャラのうちの1人、学食の料理長は息子をベトナム戦争で失っている。

今回の第96回アカデミー賞は本作を含めて、実に多くの戦争映画が受賞を果たした。
本作以外では、「オッペンハイマー」(作品賞など受賞)、「ゴジラ-1.0」(視覚効果賞)、「君たちはどう生きるか」(長編アニメーション賞)、「War Is Over! Inspired by the Music of John and Yoko」(短編アニメーション賞)、「マリウポリの20日間」(長編ドキュメンタリー賞)、「関心領域」(国際長編映画賞など受賞)がそうだ。

題材となった戦争も本作のベトナム戦争以外にも、第二次世界大戦(「オッペンハイマー」、「ゴジラ」、「君生き」、「関心領域」)、第一次世界大戦(「War Is Over!」)、ウクライナ侵攻(「マリウポリ」)と実に幅広い。

アカデミー賞をはじめとする欧米の映画賞、映画祭というのは日本とは異なり、その時代の世界情勢が反映されることが多い。

ウクライナ侵攻、ガザ情勢といった世界的関心事(日本人は興味ないようだが)である大きな“戦争”が2つも進行中であることを考えれば当然と言っていいと思う。

アカデミー賞と言えば、本作の公開をもって第96回アカデミー賞の作品賞にノミネートされた作品全てが日本に紹介されたことになる。

作品賞にノミネートされた10本のうち、日本で劇場公開されたのはトリを務めた本作を含めて9本だ。つまり、1本が劇場公開されなかったということになる。

日本劇場未公開となったのは「アメリカン・フィクション」だ。こちらは日本では配信公開となった。

それにしても、最近、アカデミー作品賞にノミネートされているのに日本では劇場公開されない作品が増えたなと思う。

1980年代は劇場未公開に終わったのは83年度の「テンダー・マーシー」の1作品だけだ。

90年代、00年代は全ての作品賞にノミネートされた映画が日本でも劇場公開された。

久々に日本劇場未公開作品が出たのは2016年度のことだ。この時は2本も未公開作品が出るという異常事態で「最後の追跡」は配信オンリー、「フェンス」はビデオ(Blu-ray/DVD)スルーとなった。

18年度の「ROMA/ローマ」は最初は配信オンリーだったが、外国語映画賞(現・国際長編映画賞)など合わせて3部門で受賞したことを受けて、急遽、授賞式後に劇場公開された。

20年度も当初は16年度同様、「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」、「サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜」の2本が劇場未公開扱いだった。前者はビデオスルーとなった。後者は最初は配信オンリーだったが、授賞式から半年近く経った秋に劇場公開された。

22年度は「西部戦線異状なし」が配信オンリーとなった。

劇場未公開作品は(最初は配信オンリーで後追いで劇場公開されたものも含む)この8年間で7本だ。平均すれば、ほぼ毎年、劇場未公開作が出ている計算になる。

いかに日本人がアカデミー賞に興味を持たなくなったかというのが分かる数値だ。

円安で日本サイドからすれば買い付け価格が大幅に上昇しているから、大きな数字(興行収入)をあげられないアート系の作品になかなか、日本の配給会社が手を出せないというのもあるとは思う。
でも、ハリウッドのメジャースタジオ系の作品=買い付けなどしなくても日本法人がそのまま上映できる作品でも公開されないものがあるのだから、邦高洋低と呼ばれる外国映画が当たらない状況が長く続いていることにより、アカデミー賞受賞・ノミネートというのがなんの箔も付かなくなっているということなのだろう。

また、賞レース向きのドラマ作品が配信映画としてリリースされることが増えたのも影響していると思う。とはいえ、欧米では賞レース向きの作品はノミネート資格を得るために限定公開されているものが多い。なのに配信会社の日本法人が国内の契約者数を増やすために、欧米では映画館で見られるものをわざと配信オンリーにしている面もある。

こうした要素が重なった結果なのだろう。

とりあえず、日本で劇場公開されたアカデミー作品賞ノミネート作品は2002年度以降、今回の2023年度まで全て見たことになった。配信オンリー、ビデオスルーのものは見ていないが。

今回の9本をランク付けするとこんな感じだろうか。

①オッペンハイマー
②ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
③哀れなるものたち
④キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
⑤関心領域
⑥落下の解剖学
⑦バービー
⑧パスト ライブス/再会
⑨マエストロ: その音楽と愛と



感動したとかずっと世界観に浸っていたいという感情ではダントツで本作がトップだけれど、映画は総合芸術ってことを考えると、大作の「オッペンハイマー」は無視できないから総合ポイントで本作は2位とした。

評価のポイントは、社会的なメッセージが込めらているのに過度なポリコレ描写もなく、純粋にずっとこの世界観に浸っていたいなと思う作品、しかも感動できる作品だったということに尽きると思う。

登場人物、特に白人のキャラクターの中には明らかに黒人やアジア人、ユダヤ人、モルモン教徒、病気や障害の人に対する差別とまではいかなくても偏見に満ちた目で接している者がいる。

最近のポリコレ至上主義映画だと、そういう人物はストーリー展開上、徹底的に懲らしめられるか、改心するのが常となっている。

でも、本作ではそんなことはない。多少、差別・偏見の被害者が反論したり、別のキャラクターが諭したりはするが、そうした描写はさらりとしたものだ。

そりゃそうだ。これは70年代初頭の話なのだから。2020年代の米国を舞台にした映画なら、たとえ無意識だろうと差別や偏見に満ちた言動を取る者は悪役扱いだろうが、70年代の話なのに歴史を改ざんして、20年代の感覚でストーリー展開する必要はない。

それから、70年代の雰囲気を出すために、冒頭の映画会社ロゴやレイティング表示が当時の映画っぽいデザインになっていたのも良かった。
まるで、70年代の映画のリバイバル上映を見た時のように、ちょっと荒れた画質になっているのも映画ファンにとってはたまらない要素だ。
正確に言うと、70年代の映画のリマスター版を見た時の画質に近いかな。見にくいと言いたくなるほど荒れてはいないしね。とはいえ、いくら最新技術を使って修復しても、新作映画に比べたら画質は荒いのは仕方ないことだからね。撮影技術などが現在とは違うし、マスターが経年劣化した部分もあるからね。

ところで、日本の学校で児童・生徒に掃除をやらせているのは世界的には非常識な習慣だとよく言われているが、本作には教師が生徒に“罰として掃除しろ”という台詞があった。
映画って、日本人がよくいう欧米の素晴らしい常識やマナーとされているものが捏造とまでは言わないまでも、必ずしもそうではないということが分かるから面白いんだよね。日本と同じところあるじゃんって思うところも結構多いんだよね。

《追記》
kino cinéma 新宿で鑑賞。上映館リストを見た時、“ここはどこ?”って思ったが、EJアニメシアター新宿だったところか…。まぁ、EJはその前は角川シネマ新宿と名乗っていたことから分かるように、角川が運営していたんだけれど、角川のアニメ映画(イベント上映含む)だけのラインナップで番組編成するのは無理があったからね。結局、他社のアニメや実写作品も上映していて、コンセプトがブレまくりになっていたから閉館になったことには何の驚きもなかった。そして、場内もEJ時代、角川シネマ時代とほとんど変わらなかった。でも、このキノシネマ、今後の上映予定を見ると、「ミニオンズ」とかも入っているから、既にミニシアターというコンセプトは崩壊している気がする。





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