見出し画像

【学び備忘録】新型コロナウイルスの現状④~法律を超える空気について~

前回の話


はじめに

新型コロナウイルスの世情を考察するために始めたはずの記事が、いつしか「日本は法治国家なのか?」という壮大な問いに飛躍し、気づけば日本人論になろうとしている。

もはやコロナウイルスの「コ」の字も入らないような記事になりそうだが、こんな時代だからこそ一歩引いて、世の中を俯瞰的に見てみたいと思う。この記事を読む方は、しばし稚拙な文章に我慢いただきたい。

不合理な選択

画像1

この巨大な戦艦のことをみなさんはどれだけご存知だろうか?全長263メートル、排水量は約7万トン、建造費は当時の金額で約1億4000万円(現在の価値に直すと約3兆円)にものぼる超弩級戦艦。名前は、大和(wikipediaより)。

太平洋戦争開戦の直後に就役し、連合艦隊の旗艦(司令官が座乗する船)となったこの超巨大戦艦は、当時日本最高の技術が詰め込まれていた。だが実際には活躍の機会はあまりなく、戦争末期の1945年4月7日に沖縄方面へ出撃するも、アメリカ軍の猛攻撃を受けて、坊ノ岬沖で撃沈された。

当時の日本海軍はまともに敵と戦うだけの航空機はすでになく、無謀な特攻作戦が行われていた時期だ。戦艦を動かして作戦を行うだけの十分な燃料もなく、戦艦大和は無用の長物と化していた。そんな中、戦艦大和は無謀とも言える「沖縄への海上特別攻撃(天一号作戦)」を行い、当然のように撃沈された。

画像2

写真は戦艦大和の最期(wikipediaより)

戦後多くの人は「なぜそのように無謀で非合理的な戦艦大和の特攻作戦が承認されたのか?」という難題に立ち向かうことになる。

無謀な作戦決定までのプロセス

太平洋戦争の末期である1945年4月1日、ついにアメリカ軍は沖縄に上陸した。多くの犠牲者を出した沖縄戦が始まった。絶望的な戦局の中、軍部は本土決戦を主張し、「一億玉砕」「一億総特攻」「神州不滅」といったスローガンが叫ばれていたご時世である。

海軍の中心部隊である連合艦隊は、すでに前年10月のレイテ沖海戦でその主力は壊滅しており、戦艦大和も燃料不足のため呉で待機していた。そんな中、連合艦隊の首席参謀である神重徳大佐がある発案をした。沖縄への、大和の海上特攻である。

もともと海軍内には「アメリカ軍の空襲で破壊されるくらいなら大和も出撃したほうがいい」「全軍特攻という時に、大和が何もしないで良いのか?」という意見があったという。加えてこの時期、昭和天皇より「攻撃は航空機だけか?水上部隊はどうする?」という下問があったともいう。

大和は出撃しなければならない」。そんな空気感が、すでに海軍の中には充満していたと言える。神は連合艦隊司令長官であった豊田副武大将の決済をもらう。豊田大将はこの時の決定について、次のように述懐している。

大和を有効に使う方法として計画した。50%も成功率はなく、上手く行ったら奇跡だった。しかしまだ働けるものを使わねば、多少の成功の算あればと決めた

神は今度は、作戦全般を司る軍令部に向かい、説得を行った。軍令部総長(軍令部のNo.1)及川古志郎大将は黙って聞いていたが、軍令部次長(No.2)の小沢治三郎中将が最終的に許可を与えた。小沢中将は戦後このようなコメントを残している。

全般の空気よりして、その当時も今日も当然と思う。多少の成算はあった。次長たりし僕に一番の責任あり。

そして最期、この作戦を実行する部隊(第二艦隊)への説得を行った(厳密に言えば説得を行ったのは神大佐ではなく、連合艦隊参謀長の草鹿龍之介中将。草鹿中将はそもそもこの作戦に反対であった)。

作戦実行役に任じられたのは、第二艦隊司令長官の伊藤整一中将。アメリカ駐在の経験もある海軍きっての知米派は、当然のごとくこの作戦に反対であった。そもそも沖縄まで大和が航空機の支援もなくたどり着けるわけもない、と。そんな時、草鹿中将(同行した別の参謀という説もある)は次のように言った。

要するに、一億総特攻のさきがけになって頂きたい

伊藤中将は連合艦隊首脳や軍令部の空気感を悟った。伊藤は即座にこう返したという。

そうか、それならわかった

こうして、後の世から見れば不合理極まりない作戦が決定された。この作戦の結果、大和以下6隻が沈没、戦死者は3,721名にのぼった。みなさんに1つ考えてもらいたい。この作戦決定の責任を取るべきは、誰だろうか?

不合理な決定を行ったエリート

おそらく「この人に全ての責任がある!」と断言しづらいのではないだろうか?戦艦大和の最期、いやもっと言えば日本の敗戦という結果を知っている人間からすると、極めて不合理で馬鹿げた決定と思われるだろう。だが、その決定を下した人々は決して頭が悪かったわけではない

海軍軍人になるまでの道のりを、保阪正康さんの『あの戦争は何だったのか』より引用しよう。

人数こそ少なかったが、海軍兵学校(海軍の将校育成機関)に集まってくる個々人の才能については、決して陸軍に劣らぬ、かなりの精鋭揃いだった。(中略)試験科目には物理や数学などがあった。また陸軍のように幼年学校を経由してくるコースなどなく、士官学校よりもはるかに入学は難しかったようである。競争率が三十から四十倍になることも珍しくはなかった。(P27-28)

ましてや、この作戦決定にあたった人物はみな佐官、将官である。秀才揃いの海軍士官の中でも特に選りすぐったエリートである。だがしかし、秀才が集った中で下されたのが、大和の特攻作戦であった。

不合理な決定を下した空気

では、エリート揃いの海軍でなぜ大和の特攻といった無謀な作戦が行われるに至ったのか?この問題に「空気」というキーワードをもとに迫った思想家がいる。山本七平だ。

画像3

山本七平(写真はiRONNA記事より)。

在野の思想家として、生涯を「日本人・日本文化・日本社会」の探究に費やした山本は、その名もズバリ『空気の研究』という本を残している。「空気」というキーワードから、日本社会を紐解いた名著である。

「KY(空気読めない)」という言葉が人口に膾炙して久しい(2007年に流行語大賞にエントリーしている)。しかしそこから30年も前に、山本は「日本社会は「空気」という見えない圧力で拘束されている」と喝破しているのだ。

では日本社会の根深いところに存在する「空気」とは一体何なのだろうか?前出の『空気の研究』より引用してみよう。

「空気」とは何であろうか。それは非常に強固でほぼ絶対的な支配力をもつ「判断の基準」であり、それに抵抗する者を異端として、「抗空気罪」で社会的に葬るほどの力をもつ超能力であることは明らかである。(P22)

冒頭から記している戦艦大和の出撃を決めたのも、場の空気であった。ここまで極端でないにせよ、学校や会社で「場の空気に流された」経験を持つ人は多いのではないだろうか?かくいう僕にも多々ある。いや、同時に「場の空気に流されなかったがゆえにハブかれた」経験もあるのではないだろうか?山本に言わせれば、それは「抗空気罪で葬られた」と言えるだろう。

何が空気を生み出すのか?

では「空気」とは何が生み出すのだろうか?山本はここで「臨在感的把握」というキーワードを持ち出す。

物質から何らかの心理的・宗教的影響をうける、言いかえれば物質の背後に何かが臨在していると感じ、知らず識らずのうちにその何かの影響を受ける状態(P33)

しかし、「物の背後に何かを感じる」だけでは空気は生まれない。

臨在感の支配により人間が言論・行動等を規定される第一歩は、対象の臨在感的な把握にはじまり、これは感情移入を前提とする。(中略)この把握が成り立つには、感情移入を絶対化して、それを感情移入だと考えない状態にならねばならない。(P38)

『空気の研究』をわかりやすく解説している鈴木博毅さんは、臨在感や臨在感的把握を次のように定義している。

「臨在感」=因果関係の推察が、恐れや救済などの感情と結び付いたもの
「臨在感的把握」=ある対象と何らかの感情を結び付けて理解すること

山本は著作の中で、いろんな例を出している。日本人が発掘現場で人骨を運んでいたら気分が悪くなったが、ユダヤ人はピンピンしていた話。イタイイタイ病はカドミウムと関係がない、と発表した人が記者の前でカドミウムの棒を取り出したら記者が恐れおののいて逃げた話、などなど。

戦艦大和にしても人骨にしてもカドミウムの棒にしても、そこに「怖い」「恐ろしい」といった感情を入れ込んで、それを絶対化する。それによって空気が醸成されるのだ、と山本は言う。

(中略)対者と自己との、または第三者との区別がなくなった状態だからである。そしてそういう状態になることを絶対化し、そういう状態になれなければ、そうさせないように阻む障害、または阻んでいると空想した対象を、悪として排除しようとする心理的状態が、感情移入の絶対化であり、これが臨在感的把握いわば「物神化とその支配」の基礎になっているわけである。(P39)

まとめると、「物質の背後に何かを感じ(=臨在感)」、そしてその物質に「感情移入」し(=臨在的把握)、それを「絶対化」することで「空気」は生まれる。

あえてこのご時世に山本七平を当てはめる

山本七平ほどの偉大な思想家の概念を、僕ごときがこのご時世に当てはめて語るのは恐れ多いが(というより、山本七平の編み出した概念を「恐れ多い」と感じ、それを現代の文脈に当てはめるのを躊躇することこそ、臨在的把握なのだが…)あえてそこに挑んでみる。

今世界で猛威を振るっているコロナウイルス 、そしてそれによるcovid-19を世界中の人が「恐れて」いる。まさにこれは、ウイルスという物質を「恐れ」という感情を結びつける、まさに臨在的把握である。

画像4

cover-19を引き起こすSARS-CoV-2(Wikipediaより)

法律に則らない要請であっても「外出を自粛する」という日本国民の行動は、感情移入(=コロナウイルスと恐れを結びつけていること)絶対化し、言論・言動等を規定する、という空気の構造に他ならないはずだ。

山本七平は、空気の構造が破滅的な事態をもたらすことを論じた。皮肉なことに、このご時世では「空気」が日本人の行動を規制することで、日本人を救っているのかもしれない(国民多数の自粛が感染拡大を食い止めているのであれば、の話)。

日本と違い、外国では「自粛」なるもので人間の行動が規制されないので、外出禁止令といった強権発動がなければ、感染拡大を防ぐことができないのかもしれない。つまり、こうした「空気の構造」は日本にはあるが、外国にはないと言える。ちなみに山本七平はその背景についても語ってくれているが、それはまた次回に持ち越しとしよう。

参考資料

戦艦大和に関して、上の記事も山本七平について言及しているが、主に旧海軍指導部の不合理決定を「取引コストの減少」という観点から、経済学的に考察している。もしよければ読んでみてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?