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【短編小説】          あなたへのハッピーバレンタイン

「チョコなんか作るのいつ以来だっけか」

(あーあれか。中2の時に大(ダイ)にバカにされて以来だから……2年ぶりか)

大とは中学からの友達だった
同じ高校に進学し
家も近所なので
遊び仲間のような感覚でその縁は続いている

恋(レン)は当初の目的を忘れ、大へのチョコを一生懸命作っていた

(みとけよ大め……!)

2月13日の22時、台所にカシャカシャと金属音が鳴り響く

ハッ!とする
(零斗のチョコを作ってたはずなのに何をしてるんだあたしは……)

零斗(レイト)は高校で知り合った男友達で、千代子(チヨコ)の幼馴染み。
顔はいいのだが、とにかくいじられキャラであり、面白くて、そしてバカだった。
だからたまに真面目なこと言うとポイントが高い
そんなズルいヤツ

千代子(チヨコ)は今回の騒動の発起人
メーカー物にすればいいの?
値段が高ければいいってものじゃないよね?
可愛いのがみつからないんだけど!
ラッピングが気に食わない!
手作りにしようよ!でも私だけだとちょっと重いかもしんないから恋ちゃんも手作りね!
なんてやりとりがあってあたしは久しぶりにチョコを作るハメになった
どうやら大が気になっているらしい

零斗へのホワイトチョコはとっくに完成を迎え、あまった材料でついでに大へのチョコを作っていたはずだったのだが
大がビターチョコの方が好きだったことを思い出し
気が付けば味見のし過ぎで、口の中はおかしくなりかけていた

「ガー○で済ませりゃよかった……」

悪態をついたところで
板チョコで済ませられるほどには開き直れず
ついに完成した2つのチョコを腕組みして見ながら
恋はモヤモヤしていた

(大の方がでかくねーか?……)

まぁいいかどうでも。と、自分に言い聞かせながら

恋はハートのシールを零斗あてのチョコに付けようとしたところで動きを止めた

「ハートはさすがに………アレか…?」

シール1つで悩んでる自分がいる
わなわなと手を震わせながら
こんなのあたしのキャラじゃなーい!
と、チョコを叩きつけたくなる衝動を抑え
最終的に星の形のシールで済ませようとしたが
張り付ける段階でピタッと手が止まった

星のシールは1つしかない

ハートのシールも1つだけ

恋は動かない

……
…………バシっ!
とシールを乱暴に張り付けると
恋は紅潮した頬のせいで足早に
自分の部屋へと去っていった
台所に残されたものは2つ

1つは義理でこしらえた大へのビターチョコ
星のシール付き

そしてもう1つが一応本命
零斗にあつらえたホワイトチョコ
ハートのシールは付いていなかった

翌朝、玄関を飛び出した恋の目に白くちらつくものが飛び込む

「うっそ……雪?」

明るいような暗いような朝の空の下
綺麗だとかロマンチックだとかという気持ちよりもまず
(今日休校になんねぇかな……)
と思ってしまうのが恋だった

「しゃーない。行くか」

鞄に入れたチョコ2つ分の重みを確かめて

雪の降る中

恋は通学路を駆け出した

校門前のだるい登り坂で肩を叩かれる

「れーんちゃん!」

「おーおはよー千代」

「あれ? 恋ちゃん傘は?」

「え? あー。走ってきちゃった」

「ダメだよ恋ちゃん笑」

ピンク色の可愛いらしい傘に入れられる

「いいって、小降りになってきたし」

こーゆーのは千代みたいな子には似合うけどあたしにはめちゃ恥ずかしい

「もう……ところで、ぬふふ、作ってきた?」

「なにその笑い方w 作ってきたよ。あんたがうっさいから」

「なにその言い方ー! 恋ちゃんだって結局手作りにしたんじゃん!」

「いや、それは千代が……」

「言い訳しないの!乙女恋ちゃんめ」

「言い訳って……」

お前が一緒に手作りでって言ったんじゃないか
このお千代の助め

「しかし……男子はわかりやすくそわそわしてんな」

「ねー笑 義理でもちょっと渡しづらいね笑」

校庭、下駄箱、廊下、教室と挙動不審な男子たちを横目に二人は席についた

教室にはまだ零斗と大の姿はない

千代子が小走りにやってくる

「ねーねーいつ大くんに渡す?」

「あたし? いや、普通に会ったときに渡すつもりだけど……一緒じゃ気まずくない? あんた一応本命なんでしょ?」

言っといて
なぜか胸が疼いた

「えー!一人じゃ恥ずかしいじゃん!勢いで一緒に渡しちゃおうよ!」

「勢いって……千代はそれでいいの?」

「うん!全然いい!それに本命って言ったってそんな重たいつもりないよ?笑」

ある意味覚悟を決めてきていた恋はホッとするようなエッて思うような気持ちになった

「そーなの?」

「そーだよー!笑 確かに気持ちはこもってるかもだけど」

おーおー照れてるわ

「ほら。一緒には渡せないって」

「一緒じゃないと恋ちゃん渡さないかも知れないじゃん! ってゆーかどんなラッピングにしたの? 見せて!」

鞄にパッと手を伸ばす

「あ、ちょっ!」

「……恋ちゃん2つだけ?」

「勝手に見ないでよ……」

「零斗と大くんだけ?」

「そーだよ」

「ダメだよ恋ちゃん。友チョコでも世話チョコでもなんでもいいからとにかく渡してホワイトデーを待つのも楽しみの内の1つなんだよ?」

「千代……あんた時々黒いよね」

キーンコー……
ガラッ

「セーフ!? オレセーフ!?」

「どけカス。オレがアウトになんだろ」

零斗と大がギリギリのタイミングで教室に入ってきた

「二人とも遅ーい」

千代が駆け寄っていく
あたしは何故か席を立つタイミングを逃した

「はい零斗、義理チョコ!」

「マジで!? ほら!大!もらえた!オレチョコ!モラエタ!」

「落ち着け片言になってる。そしてうるさい」

「ホワイトデー期待しとるよ零斗くん」

腕組みをしてふんぞり返るように千代が言う

「おぉ!まかせとけや!つーか開けていい!?食っていい!?」

「フフン。どーぞ?」

シュルッ ガサガサ

「おぉ……お前ビッ○サンダーって……」

「ありがたくいただけよー?」

「チョコかどうかも怪しいものをどうもありがとう……」

「どーいたしまして」

恋はあぁしまった……という顔をしてうつむく

(あたし両方手作りだ)

これじゃ間違っても千代の前じゃ渡せない

「ほら!恋ちゃんも……」

ガラッ

「やばっ、先生来ちゃった」

席に戻る途中
(大くんは後でね!)
(……)
みたいなやり取りが視界に入る
ふと大と目が合ったが
なんとなく目をそらし
恋は窓際の席から雪を眺めた

「はいこれ友チョコー」

休み時間の度に千代は慌ただしくしていた
他クラスにも出向いてる姿をみて
(よくやるよ……)
と恋は苦笑いしていた

零斗はアレな性格だが顔だけはいいのでわりとチョコ?をもらっているようだ
が、やはりいじられキャラなので中身は多岐に渡り
その都度笑いや零斗の嗚咽が聞こえてきていた

大は……あいつはあんまこーゆーイベントで騒ぐタイプじゃないからな。そのまま机に突っ伏しているがよい
しかし静かだな今日のあいつは

昼休み

千代がてててっと近付いてくる
掌を裾で隠しながら
素でやってるところが恐ろしい
これが計算なら友達にはなれなかっただろうな
気持ち小声で千代が話しかけてくる

「ねーねー」

「どしたの?」

「大くんてチョコ嫌いなの?」

「はっ?」

初耳なんだけど

「なんかね、義理で渡しに行った子が、甘いもの苦手だからって受け取ってもらえなかったんだって」

「そんなバカな」

恋の知る限りでは大はむしろチョコが好きなはずだった
ただ、甘いだけのものよりはカカオ70%とかの方が好きだとか言ってた気がする

「渡すのやめた方がいいかなぁ」

「いやいや、四人でケーキバイキング行ったりしたじゃん」

「そうだけど……チョコはホントに苦手なのかもしれないじゃん」

「なんの話ー?」

零斗が黒ひげ危機一髪を大事そうに抱えながら話に参加してきた
(もう黒いものならなんでもアリになっちゃったのね……)

「手作り受け取ってもらえなかったらさすがにショックだもん」

零斗のことなどお構いなしに千代が続ける

「え、千代子の手作りチョコ!? 誰!? 誰に渡すの!?」

「うるさいなぁ。誰でもいいでしょ?」

「あのビッグサンダ○はマジで義理チョコ……だったん?」

「はぁー?渡すときにそー言ったじゃん」

「そ、そうか……」

下がる視線
追う言葉
なるほどね
やっぱりね
零斗が千代をね
胸は痛まなかった
チョコどーしよ
そんなことを冷静に考えていた

(恋ちゃん)
(なによ)
(今渡しちゃえば?)
(え、今はいいよ)
(恥ずかしいのはわかるけどさ!)
(いや、そーじゃなくて……)

「この距離にいて密談はなかなか心にクルものがあるんですけど……」

「……あのね!恋ちゃんが渡したいものがあるんだって!」

「千代っ……!」

「え!? 恋もチョコくれんの!?」

はあぁぁぁ……やってくれたな千代のヤツ
……まぁいいか。ラッピングは普通だし
多少悩んだものの捨てるよりはましだと
恋はチョコを出した

「ほらよ、友チョコ。ありがたくいただきな」

「友チョコだって! もー恋ちゃんたら恥ずかしがっちゃってぇ~! それね、恋ちゃんの手作……く……り」

渡したのはシール無し、小さい方のノーマルラッピング

(ちょっと!渡す方間違えてない?)
(え?合ってるよ?)
(じゃあもう片方が大くんにあげるやつなの?)
(? そうだけど?)
(……そっか)
(なんだ? 千代のヤツ)

「うおぉぉ!? これ手作りなの!? 恋の手作りって……だ、大丈夫なのか?」

「どーゆー意味だよ!!」

零斗の頭にチョップする

「あははっ! 恋ちゃんお菓子作りとか得意なんだよ~?」

「おぉ……そんな女子みたいなマネが」

「それもどーゆー意味だ」

こんな扱いは慣れているが、やはり面と向かって言われるとムカつくもんである

「学食行かねーの?」

ドキィッ!!
気付けば大が後ろに突っ立っていた

「おー!じゃあイグッ!ナイッ」

千代に後ろからワイシャツを引っ張られて零斗が奇声をあげる

「なにしやが……!」

「零斗は今日お弁当だからいいんだって」

「「えっ?」」

零斗が弁当なんて聞いたことない

「そっか。珍しいな」

「いや、……!?」

「ねっ?」

エライ顔で千代がこちらに振り向く

((は、般若!?))

今、零斗と考えがかぶった気がする

「はい……弁当あります……」

「マジかよ……じゃあ……一人で」

「はーい!私今日お弁当忘れてきました!」

「そーなの? …………じゃあ?」

「うん!一緒に行く!」

「恋は行かねーの?」

「あ、あたし弁当あっから」

「ふーん。そう」

その隙に千代が鞄から財布と可愛いらしい小包を隠すように持ってきた

「行こっ」

「その膨らみは?」

「もー!どこ見てんの大くん!!」

「え!?いや、ちがっ」

なんてやりながら教室から二人が出ていった
(距離がちけーな。ってゆーか今日のあいつやっぱなんかやり辛いな)

「……死んだと……死んだかと思った……」

「大袈裟だよ笑」

「なー。千代子ってたまーに黒千代子にならない?」

「言ってやるな」

黒千代はあんま零斗の前では出さないみたいだ

「はぁ……昼飯どーしよ」

「あんたいろいろ貰ってたじゃん」

「チョコはともかく墨は昼飯にはならねぇよ……」

「ぶはっ 似てる……似てるね確かに笑」

「笑い事じゃねーよ!」

「ところでさ」

「なに?」

「あんた千代のこと好きでしょ」

「ん!?……うん」

誤魔化さない
茶化さない
こーゆーヤツなんだ零斗は
ここぞって時は真面目になる
少しはうろたえたりすれば幻滅できるのに

「やっぱりね」

「ば、バレバレ?」

「まぁさっきのはわかりやすかったんじゃない?」

「チョコがあれじゃあ脈無しかなぁ」

「あんた達、幼馴染みなんじゃないの? 何で今になって……」

「ずっと好きだよ」

ちっ ドキッとくること言いやがって ムカつく

それなら普段から私にもわかるようにしとけばーか

「まぁたまにはふざけないで真面目に接してみれば?」

零斗からチョコを取り上げる

「とゆーわけでこれは没収」

「え!? なんで!?」

「なんでも。あたしが食べたくなったからです」

「そんな……」

ぐだぐだ言う零斗から半ば強制的にチョコを取り上げた

多少なりとも気持ちをこめた
ならやっぱりこれは渡せない

引き返せる距離でよかった
やっぱり零斗との空気は楽しい
それでも零斗が好きなのが千代なら
戦おうとは思えなかった

それよりも気になるのは
大の態度がいつもと全然違うのと
一緒に渡そうとか言ってた千代がさっさと行ってしまったのと
今、あたしがモヤモヤしていること

二人が教室に帰ってきた
千代はもう包みを持っていなかった
なぜか大も持っていなかった
二人で食べたのかな……

ブンブンッ

いらんことを考えてしまう
なんでこんなにイライラするのか

そのまま会話もなくみんな席につこうとしてたけど
クラスの女子が大に何か渡そうとしてるのが見えた
受け取ったのか受け取らなかったのかは知らない
あたしは寝たフリをしたから

午後の授業が始まった

放課後

「なんか雪強くなってきてるよー?」

「今日は部活も休みだからさっさと帰ろうぜ!」

四人でのたのたと下駄箱で靴を履き替える

「あたし傘持ってきてねーや」

「おま、朝どーしたんよ?」

「いや、走って……」

「走ってって笑」

「朝はこんな降ってなかったし!」

「大くん傘は?」

「折り畳み傘を持っている」

「あははっ 用意いいねー」

「おまっ!なら朝使えよ!」

「お前と相合い傘なんて死んでもごめんだ」

「はいはい。喧嘩しないの。」

バサッ と 広げたピンクの傘を零斗に手渡した

「え?」

「入れてあげるんだからあんたが持ってよね」

「な、え? はい!」

「恋ちゃんは大くんに入れてもらいなね~」

スッと雪に足跡をつける二人

「ちょっと千代!」

「あたしの傘じゃ恋ちゃん恥ずかしいでしょ?」

バサッ 大が無言で傘を開き、あたしを見下ろしてくる

「わかったわよ」

あたしは観念したように大の傘に入った

サクッ サクッ
無言で、雪を踏みしめる音だけが響く
雪に音を吸いとられ
前の二人の会話はおろか
他の音もろくに届かない

「大さ」

「ん」

「あんた今日なんでそんな無口なの?」

「気分で」

「どんな気分よ。バレンタインデーだからって今日だけカッコつけたって無駄だからね?」

「そんなんじゃねーし!」

突然の大声にビックリして足を止める

ニヤァ
悪い顔。実に悪い顔で笑いながら恋が続ける

「え?図星なの?笑」

「ちげーってば」

「あんたバカじゃないの?笑」

「うるせーなー」

千代にも教えてやろうと前を向くと
雪景色に映えるピンクの傘が
いつのまにか見えなくなっていた

「あれ? 千代たちは?」

「あそこ曲がったんじゃん?」

千代と零斗は確かに帰る方が同じだが、それでも随分遠回りになる道だった

「はーん。なるほどね」

「何一人で納得してんの?」

「べっつにぃ~?」

おそらく零斗が回り道したんであろうことに思い当たり、恋は口角を上げた

また言葉少なく二人は歩く

(やべー家に着いちまう)

サクッ サクッ

(どーしよ。なんか渡し辛いな)

そんなことを考えてると

「……あのさ」

「ん?」

「オレにはくんないの? チョコ」

「え?」

ドキッとする

(今か?今なのか?)

「べ、別に……」

なんだ? 妙に恥ずかしいな 相手は大だぞ

「零斗にはあげてた」

「いや、あれは結局……」

遮るように責めてくる

「作ったんだ。零斗に」

ジッと見てくる
あたしは立ち止まった

「な、何よ、作っちゃ悪い?」

強い口調につい、強い態度を返してしまった

「似合わないよ恋には」

「……はぁ!?」

なんだこいつ急に なんでそんなこと言うの?

「渡してないし。それに大には関係ないでしょ!?あたしが誰にチョコあげたって」

「渡してたじゃん。オレ見てたし。ガラにもないことしちゃって」

ムカッ

「だからなんなの!? あんただって千代に手作りもらったでしょ!?」

なんであたしばっか責められてんの?

「え? いや千代からは……!」

段々腹立ってきた

「何もありませんでしたみたいな顔で教室帰ってきてさ!」

「恋!聞いてよ」

気に入らない

「どーせ他の子からも見えないとこでもらってるんだろ!?」

気に入らない

ダッ
傘から飛び出した

「あたし以外の女からチョコもらってんじゃねーよ!」

……

…………

やっちゃった

だって気に入らなかったんだもん

妙にスカシた今日のこいつの態度も

他の子にチョコもらいそうになってたことも

千代のチョコを受け取ったことも

零斗より大のことを考えてチョコ作ってたことも

数あるうちの1つのチョコになっちゃうことも

全部

走る

恋は走り去る

(なんなのあいつ、なんなのあたし)

家の近くの公園まで一気に駆け抜けた

白煙をたなびかせて呼吸を整える

恋は鞄からチョコを取り出す

(結局どっちも渡せなかった)

公園のゴミ箱が目に入る

サクッ サクッ

(……大のバカっ!)

おもむろに腕を振り上げる

その腕を掴まれた

「待っ…………て、恋、足早すぎ……」

バッと振り返ると

肩で息をする大がいた

「何追ってきてんのよあんた」

「もらって……ない」

「は?」

「千代子から……チョコ……もらって……ない」

「え?」

そんなはずない。確かに千代はチョコを持ってったはすだ

「それどころか……今日は1つたりとも受け取ってない」

「なんで……」

身体を起こして大は言う

「オレは、恋にさえもらえればそれでいい」

息が止まるかと思った

気持ちよりも心よりも先に顔が赤くなる

「ばっ……なんなのホント……」

ムカつきよりも鼓動が

「あんな怒るような言い方しといてさ」

なんか泣きたくなってきた

「いきなりそんなこと言ってきたり……今日の大やっぱり変だよ」

もう振り上げた腕に力はこもっていない

「さっきのどーゆー意味よ」

「そのまんまだよ。恋のチョコが欲しい」

「……なんで?」

意地悪な質問だなと我ながら思う

「恋が」

真正面からあたしをみつめてくる

「恋が好きだから」

あたしは今日のことを多分ずっと忘れない

雪はまだ降り続いている

二人の呼吸音しか聞こえない

「……手」

「え?」

「手、離して」

「あっ……」

ドンッ

強く

大の胸にチョコを押し当てて

「手作り」

「うん」

「ビターチョコ」

「覚えててくれたんだ」

「一生懸命作った」

「ありがとう」

短く言葉のやりとりをする

気の効いたことは何も返せなかった

それでも渡せたことが嬉しかった

今はまだ好きだなんて言い合えない

大への照れ隠しだったとしても

確かにあたしは零斗に惹かれていたから

恋は駆け出す

はにかんだ笑顔で

まだ伝えてない気持ちは

いつかきっと届けるから

あなたへのハッピーバレンタイン

                 おわり

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