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気候変動時代における企業の目的(パーパス)とは


皆さんの会社の目的(パーパス)は何ですか?

こう聞かれてぱっと答えられる人は少ないのではないかと思います。お客様に良い商品・サービスを提供すること、それらを通じて社会に貢献すること、もしくは利益を上げること、等が思い浮かぶところでしょうか。
昨今では、(論者によって多少ニュアンスが異なるようではありますが)パーパス経営といって、社会における企業の存在意義を掲げる経営の在り方も注目されてきています。メンバーズもVISION2020を打ち出した2014年からミッション経営を推進しており、自社の社会における存在意義を「“MEMBERSHIP”で心豊かな社会を創る」(※)と定義しています。パーパス経営、ミッション経営と用語は異なれど、私は殊更にその違いを定義する必要もなく、どちらも企業の社会的な存在意義を大きく掲げることにより、自社の社会的価値と企業価値を大きく高める経営手法と認識しています(用語のニュアンスとしてパーパス(目的)と言った方がより直接的でわかりやすく、ミッション(使命)と言った方がより崇高な印象がある、くらいの違いという認識であり、経営の現場では使い分けできるものではないと考えています)。
(※)2020年にそれまでの「“MEMBERSHIP”でマーケティングを変え、心豊かな社会を創る」から一部改変しています。

株主第一主義のアメリカ経済界の変化

企業経営においてパーパスという用語が広く注目されるようになったきっかけの一つに、アップルやアマゾン、JPモルガン等のアメリカの大企業のCEOが加盟する経済団体のBusiness Round Tableが2019年8月に発表した、企業のパーパスについての新たな方針の声明があると思います。

ここではこれまで掲げてきた株主第一主義を見直し、顧客や従業員、サプライヤー、地域社会、株主などすべてのステークホルダーへ貢献することを企業のパーパスとすることを表明しています。昨今の格差の拡大や気候変動など資本主義や自由市場原理の行き過ぎに対する批判を受けてのことと思われますが、株主資本主義の総本山のような存在であるアメリカの経済団体からこのような声明が出されたことは、驚きと一定の歓迎をもって受け止められているようです。

すべての会社は「目的」が定義されている

このように企業の目的というものが注目されてきているのですが、実は法人登記されている日本の会社はすべて、「目的」が正式に定義されています。よく会社の憲法とも言われる「定款」というものに必ず記載されています。会社を設立する際に作るものであり、企業がどんな事業をどのような体制でどのように意思決定をして行うのか、というようなとても基本的なことが記載されています。内容を修正するときには株主総会の特別決議(出席株主の3分の2以上の賛成が必要。普通決議は過半数)が求められ、非常に重要なものと位置付けられています。これはその企業の事業資金を提供する株主(や債権者)に対して、経営陣が保証・約束するもの、拘束されるものであり、逆に言うとそこに記載されていない事業はやってはいけないという厳格なものです。

ちなみに東証上場企業であれば、こちらの東証上場会社情報サービスですべての企業の定款が公開されています。もちろんメンバーズの定款も公開されておりまして、そこに記載されている「目的」を見てみると以下のような記載です。

【目 的】
第2条 当会社は、次の事業を営むことを目的とする。
(1)企業の販売促進、宣伝活動の研究および企画制作
(2)通信システムによる情報の収集処理、ならびに販売に関する業務
(3)集金代行業務
(4)テレビ、ラジオ、放送広告の立案制作、代理業務
(5)内外新聞、雑誌、放送、セールスプロモーション、映画、屋外、交通、 ダイレクトメイル、その他すべての広告およびピーアール業務
(6)コンピュータを利用した情報提供サービス業務
(7)インターネットのホームページの企画、制作の受託業務
(8)広告代理店業
以下、省略

(非常につまらないですね。。。)なぜそれをやるのかというWhyではなく「次の事業を営むことを目的とする」という形でWhatが書かれています。定款という法的書類の形式上、「目的」という項目に「どんな事業を行うか」ということを記載することになってしまっているので仕方がないのですが、これまでミッション経営を推進してきた立場からすると、会社の目的として定款にこのような記載がされていることには非常に違和感があります。メンバーズの社員も私もこのような事業を行うことのためにメンバーズで働いているわけではないし、メンバーズがそのために存在しているとも考えていないと思います。

株主に対してミッションの実現を約束します

そこで上述の定款の「目的」の前に、以下のように「ミッション」に関する文章を挿入し、自社の存在意義を定款においても明確にしたいと考えています。

【ミッション】
第2条 “MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る
メンバーズはマーケティングの基本概念を「人の心を動かすもの」と捉えており、インターネット/デジタルテクノロジーは「企業と人々のエンゲージメントを高めるもの」と考えている。メンバーズは企業と人々の自発的貢献意欲を持って組織活動に参加する“MEMBERSHIP”による協力関係づくりを支援し、マーケティングの在り方・企業活動の在り方を「社会をより良くするもの」へと転換する。そして気候変動・人口減少等の現代の社会課題に取り組み、自社のみならず取引先、生活者と共に、人々の幸せや環境・社会と調和した脱炭素型で持続可能な経済モデル、ライフスタイルへと変革することで、世界の人々に心の豊かさを広げ、社会をより良くすることに貢献する。

これは2021年6月18日の株主総会に付議されることになっており、そこで決議され次第、有効となります。この文章は「Members Story」という会社の経営に関する全般(社名の由来、ミッション、ビジョン、コアバリュー、事業戦略、人材戦略など)を詳述している文書から、ミッションの項目の一部を抜粋(および一部改訂)したものです。従って今までも社内ではこれがメンバーズのミッション(存在意義)であるとして経営を行っていたわけですが、今回この定款の改訂が株主総会において決議されると、株主との間でも明確にこれがメンバーズのミッション(存在意義)であり、経営陣は株主に対してこの記載事項を遵守する、実現する責任を負うということになります。

注目を集める気候変動関連の株主提案

特にこの文章の最後の一文で以下の通り、気候変動対策に取り組むことを明記していますが、

そして気候変動・人口減少等の現代の社会課題に取り組み、自社のみならず取引先、生活者と共に、人々の幸せや環境・社会と調和した脱炭素型で持続可能な経済モデル、ライフスタイルへと変革することで、世界の人々に心の豊かさを広げ、社会をより良くすることに貢献する。

昨今、これから迎える株主総会シーズンにおいて気候変動関連の株主提案が非常に注目を集めています。昨年もみずほフィナンシャルグループに対して気候変動関連の株主提案がなされ、可決されなかったものの30%以上の賛成票を集めました。そして今年も三菱UFJフィナンシャルグループや住友商事に対して、パリ協定に則った経営計画の策定や開示をするための定款変更等を求める株主提案が注目されています。

海外では更に大きな動きとなっており、なんと石油メジャーのエクソンモービル社の株主総会で、ほんのわずかな比率の株主である環境NPOから出された株主提案が可決されて環境派の取締役2名が選出されるなど、気候変動関連の株主提案に対する賛成が急増しています。

なぜこのようなことが起きているのでしょうか。株価の向上、配当の増加を求める投資家が、投資先企業に対して厳格な環境対策を迫るような議案に賛成する合理性があるのでしょうか。投資家というと一部の富裕層のイメージがあるかもしれませんが、実は基本的にはどこの国でも最大の投資家は年金です。ちなみに日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は世界最大の投資家と言われており、私たちが保険料を払っている国民年金、厚生年金を運用しています。それから生命保険などの機関投資家が続きます。いずれにしても多くの国民の資金を預かり、非常に長期の運用をする投資家です。これらの投資家が長期的に資金の運用面、受益者の生活面の両面で大きなリスクにさらすような企業活動を放置することは、受益者に対してとても誠実な行動とは言えないでしょう。逆に気候変動に悪影響を及ぼす企業活動に対して投資家・株主が改善を迫ることは、受益者である多くの国民の利益を守るために合理的、誠実な行動と言えるのです。

最も難しい立場で反対するのは経営者

一方で最も難しい立場であり反対するのは経営者でしょう。日頃、熾烈な市場競争にさらされている経営者からすれば、気候変動対策のために制約を受けるのはできるだけ後回しにしたい、優先度の上がらないものでしょう。またそのために手足を縛られて自由度が下がるのも避けたいですし、市場でライバルに勝つために投資をすることと、気候変動対策のために積極的に投資を行うことは両立が難しいと思うのが普通の感覚でしょう。市場競争に勝てなければ、それこそステークホルダーに報いることはできません。そして株式市場にはもちろん短期の投資家もいますし、上場会社であれば否応なく四半期ごとに分かりやすい業績指標で市場の評価を受けます。経営者の在任期間中に結果が出て評価されるものはそういった業績や株価であって、気候変動への取り組みで評価されるわけでもありません。気候変動等のESGの取り組みがいかに素晴らしかろうが、業績の成長が期待できなければ経営者としては信任されないでしょう。

サステナビリティを企業の目的に

このじれったい矛盾をどうしたら解決できるのでしょうか。私は持続可能な経済モデルを構築することを企業の目的に組み込まなければならないと思っています。普通にやれば企業の成長と矛盾してしまうような気候変動に対する取り組みを、企業の大前提としての目的とするべきだと考えています。

パリ協定で求められていて、日本政府も宣言したように、今から30年後の2050年にはカーボンニュートラルの社会、経済モデルを構築しなければならないわけです。今までの化石燃料をがぶ飲みして、温室効果ガスをダダ洩れさせていた化石資源依存型の経済モデル、ライフスタイルをあとたった30年で脱炭素型の持続可能な経済モデル、ライフスタイルに転換しなければならないのです。そして30年後にそれが達成されていればいいというわけでもなくなるべく早く温室効果ガスの排出を削減するべきで、先日発表された日本政府の目標は2030年、あと10年弱で46%の削減です。それほどの大転換を実現するためには、市場競争と気候変動対策の矛盾に苦しみながらどうにか取り組むというのではなく、企業という存在の根本的な目的から考え直さなければいけないと思うのです。

渋沢栄一に学ぶ企業の目的

私は数年前に、いま大河ドラマや新1万円札で話題の渋沢栄一について学ぶ勉強会(『論語と算盤』経営塾)に一年間参加していました。日本の近代化の時代にいまの日本社会の基盤ともなる500社の企業の設立に関わり日本の資本主義の父と言われた渋沢栄一は、合本主義や道徳経済合一を説き、資本家の利益のためではなく社会に貢献するために経済活動を行うことを繰り返し強調しています。しかし初めのうち今一つすっきりしなかったのは、国も国民も豊かでなかったあの時代においては、経済を発展させることそのもの(そしてその富を多くの人で分け合うこと)が社会に貢献することだと位置づけられていたことです。現代においては物質経済、金融経済的には非常に豊かになり、どちらかと言えば(渋沢の説く経済の在り方とは大きく乖離した形で)気候変動などの資本主義の行き過ぎが問題視されている中で、今以上に経済の発展を目指すことが社会に貢献することだ、とは考えにくいと感じていました。

しかし勉強会でディスカッションしているうちに持続可能性、サステナビリティがキーワードだと気が付きました。渋沢も道徳に基づいていない利益は持続性がないと説いています。渋沢栄一の時代は経済を発展させることが社会に対する貢献・道徳であったけれども、現代においては持続可能な経済モデルや事業を構築し発展させることが社会に対する貢献・道徳である、との考えに至り腹落ちしました。つまり現代の企業の目的は、従来の化石資源を前提とした事業を、脱炭素型の持続可能な事業に転換させること、その事業を成長させること、それを通じて持続的に発展可能な経済モデル、ライフスタイルの構築に貢献すること。そう考えると、バブル崩壊以来30年間なんとなく目標を見失っていた日本経済に新たな目標が見えるような気がしないでしょうか。少なくとも私はそう感じており、この変革の時代に企業経営に携われることにやりがいを感じています。遅かれ早かれ、今後ますます政府からも株主からも、顧客・消費者からも、はたまた社員からも転換を求められるようになっていくわけです。矛盾した感覚を持ちながら取り組んでいるよりも、それこそが現代の企業の目的だと位置づけることで、最も矛盾なく多くの人たちの意識を合わせることができるのだと思います。

メンバーズの目的・ミッションは、インターネット/デジタルテクノロジーを活用して、人々の幸せや環境・社会と調和した脱炭素型で持続可能な経済モデル、ライフスタイルへと変革すること。それを通じて世界の人々に心の豊かさを広げ社会をより良くすることに貢献すること。「”MEMBERSHIP"で心豊かな社会を創る」ことです。ミッションの実現に向けて、株主、取引先、社員など多くの仲間・ステークホルダーとともに大きなチャレンジができればと考えています。

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