『ニャチャンという街について』    1997.6.4

『ニャチャンという街について』    1997.6.4

 白い砂浜が果てしなく続くビーチ沿いのビアホール風のレストランにて、僕は海を眺めながらアイスティーを飲んでいました。ベトナム最大のリゾート地と言われているニャチャン。海にはほとんど泳いでる人がいません。浜辺にパラパラと外国人旅行者がデッキチェアで寝転がっているだけでした。

僕は泳ぐつもりはなかったので、海を眺めるのに飽きると、バックからホイアンで買った古本の日本の小説を取り出し読み始めました。小説に集中し始めた頃30歳ぐらいの現地の男の人が話しかけてきました。「Where do you come from?」(どこから来たんですか)。

 僕は無愛想に「ジャパン」と答えると、男は「サイゴンまでのバスのチケットを買わないか」と聞いてきました。僕はもうすでにバスのチケットは手配済みだったため、「ノー・サンキュー」(けっこうです)と言い、さらにもうチケットを買ってしまった旨を説明しました。


彼はその説明によりすぐに去ってしまうだろうと思ったのですが、どういうわけかウエイトレスにアイスティーを注文すると僕の隣に座ってしまいました。今はオフシーズンにあたり外国人旅行者が少ないので彼も暇なようです。僕はそのまま小説を読み進めるわけにもいかず、とりあえず彼と世間話をすることにしました。


「ビーチには泳いでる人が全然いないね。今は遊泳禁止の時間帯なのかい?」と彼に尋ねると、「そうじゃない。地元の人がこのビーチにはたくさん泳ぎに来るが、しかし時間帯が限られている。朝と夕方だけだ。実際に俺も今日は朝の5時30分に泳いだ。」


さらに彼は続けました。「ベトナム人は肌が日に焼けるのをひどく嫌うんだ。だから日差しの弱い朝と夕方にしか泳がない。」 確かにベトナムの女性は昼間は自転車に乗る時など肘の上まである手袋をして日焼けを防いでいます。しかしこの人気の無いビーチに朝の5時から人が集まるということは信じがたいことでした。


僕は結局昼間に少しだけ泳ぎ一旦シャワーを浴びにホテルへ戻りました。そして夕方5時半頃にはどのようになっているかが気になって、再び海へと足を運びました。僕の泊まっているホテルからビーチへは大きな通りを250 メートルほど歩かなければいけないのですが、その“通りの雰囲気”が先ほどとは全然違うのです。


髪の毛を濡らし、水着の上にTシャツを羽織り、裸足で歩いている人が多いのです。彼らはひと泳ぎしたあと、家へ帰る途中のようです。夏休みのせいなのでしょうか。若い人も多かったのですが、それよりも目立ったのは5歳から10歳ぐらいの子を連れた親子連れでした。


子供を遊ばせるためでしょうか、浮袋をもった子供をたくさん見かけました。彼らはビショビショのまま歩いている人もいれば、バイクに四人の子供を乗せて家へ向かっている人もいます。ビーチへの途中、宿の主人と偶然出くわしました。やはり彼も5歳ぐらいの男の子を連れビショビショのまま家向かう途中でした。

英語の話せない宿の主人は、僕に笑顔を向けると楽しそうに手をつないで歩いている男の子と一緒に帰って行きました。夏の夕暮れ時、濡れた水着を着たまま手をつないで親子は、僕の目にはとても微笑ましく感じました。

社会主義であるベトナムにおいては普通の会社で働いている場合、当然日本のように残業などがなく、夕方までには仕事が仕事から解放されるようです。よって彼らの子供は夕暮れのひとときを両親と共に過ごすことができるのです。僕の目にはベトナムの子供がとても幸せそうに見えました。


レストランで夕食をとり、夜の8時頃再びビーチへと足を運んでみました。ビーチにはもうすでに人気が無くなっているのかなと思ったのですが、海岸沿いにはなぜか先ほどより人が多くなってる気がしました。彼らは何をしてるかと言うと、当然泳いでるわけではなく、海を見ながら佇んでいました。

佇んでいるというのは正確な表現ではなく、彼らは夜の海を見ながら楽しく談笑してるようです。海岸沿いにコンクリートの堤のようなものがあり、そこに腰掛けられるようになっている一角があるのですが、そこはもう座る場所がないくらい人が集まっていました。

日本で言うとこのようなところはカップルしか来ないように思えるのですが、ここニャチャンのビーチにはあまりカップルらしい人は見かけませんでした。ほとんどが友人同士で来ているか、もしくは子供を連れた親子です。当然そこにはロマンチックな雰囲気などはなく、子供達が騒いで賑やかになっています。

地元の人たちは夏の夜を楽しみに、ビーチまで足を運ぶようです。彼らをターゲットにした商売も行われていました。焼きとうもろこし屋か、スルメ屋です。これらの店が何軒もビーチ沿いに出ているのです。僕もトウモロコシを10円でスルメを20円で買い、海を見ながら食べました。周りでお母さん同士がトウモロコシをかじりながら楽しそうに話をしています。

ベトナムが依然、貧しい国であることは今でも大して変わりはないと思います。ただしニャチャンで暮らしている人々は、日本では得難いような幸せを享受してるような気がしました。

彼らは娯楽が少ないから浜辺に集まるのかもしれません。しかし彼らの周りにはいつも友人がおり、子供も一緒です。僕が泊まっている宿の主人は、年齢的に言っておそらくベトナム戦争を経験した人でしょう。しかし僕とすれ違った時、子供の手をつながら見せた彼の笑顔は、今の幸せを噛み締めているかのようでした。


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