見出し画像


 明石大橋を渡りながら、手に入れた水の分析方法について考えていると、携帯の着信音がなった。ちょうど明石大橋のてっぺんで、車を脇に寄せ、足下をゆっくり走る船を横目に、鞄から携帯を取り出し、メイルを読み出した大泉は、ニヤリとするしかなかった。


『大泉さん。宋です。さっき入手した情報をお知らせします。近藤重役が、逮捕されました。どうやら、公務員に対する汚職が容疑のようです。本社の受付の知り合いが、さっき連絡してくれて、公安が乗り込んできて、竹村と近藤に質問し、近藤に手錠をはめて、連れて行ったそうです。任意ではなく、逮捕状まであったので、前から目をつけられていたようですね。竹村社長は何もないようですが、これからどうなるか。もう少し探ってみます。あ、それから、竹村社長からは、例の件のヒアリングは急がないから、体調が回復次第、日程調整するようにと、庶務にメイル連絡がありました。少し時間ができました。以上』


 大泉は、何があったのかはわからないが、風向きが怪しくなり、こちらに有利になり始めていると直感した。しかし、何故、何が起きたのだろう。遠くに行ってしまった、中型のタンカーを見ながら、ボーとかんがえる大泉。よく分からないこと、知らないことが、まだまだあるようだ。この件は解決しないと、自分の将来も危ういな。と、気を引き締めて、車をスタートさせた。





 播磨科学公園都市についたのは丁度15時だった。以前からお世話になっていた、兵庫県立大高度産業科学技術研究所の大岩教授に連絡をとり、Spring8を使って水を分析してもらうことにしたのだった。この放射光を利用した化学分析は世界一の精度を持ち、どんな物質でも見逃さない。カレーヒ素事件も解決したのだ。今回、この分析で何も出なかったら、水質汚染は嘘だと立証できたと言っていいはずだった。分析はいたって簡単で、設備の時間が空いていれば、ものの2時間ぐらいで答えば出るはずだった。



 大岩教授室で、教授とコーヒーを飲みながら、今回の事件について少し気になり調べているとだけつたえた。後で、先生に迷惑をかけたくなく、今回の水の分析は、当社の工場の水の状態を詳しく調べて工場管理基準を強化する必要があるか検討するためだった。ただ、お願いが急だったので先生は何かあるとはにらんでいるようだった。


 2時間もしないうちに、分析結果が先生のコンピュータに上がってきた。思ったとおりヒ素は微量も検出されなかったが、なぜか、多量の炭素に加えて、亜鉛、鉄、アルミが通常よりかなり高い結果になっていた。あの地域の水源の水質調査は当然何回も行っており、この量の亜鉛だと検出されるはずだったが、淡路島の事件の半年前の調査でもでていないことは大泉も知っていた。また、なにか引っ掛けられているように気になる大泉。大岩教授からもこの、炭素、亜鉛、鉄、アルミは高すぎる。工場管理を見直すべきということですね。と念を押される大泉。苦笑いで、まじめに、社に帰って検討すると伝え、教授室を後にした。建物を出たところで、降りかえりビルを見上げると、大岩教授がまどからこちらを見下ろしている。先生が手を振ったのでこちらもお辞儀をして、令をつくし、駐車場に向かった。



車を三宮方面に向かわせていると、携帯メイルの着信音。見ると、大岩教授からのメッセージ『用心しろ。』だけだった。見方なのか、どうなのか。これから何が起きるのか、皆目検討が着かなくなっていた大泉は、これからのプランを考えるために、高速の駐車エリアに車をとめた。


大岩教授の言葉は重く大泉の心にのしかかっていた。

垂水のホテルに帰ると、社内イントラネットに接続して、東北仙台にある食品工場についての社内決済を調べ始めた。工場のプロセスを変更する場合、規模により決済レベルが変わる。私ですらしらないのだから、小さな変更で、工場長以下のはず。

工場の決済数はこの1年間で121件。どれも些細なもので、化学反応に影響しそうなものがなかなか見つからない。そういえば、チャンさんが、ガスの変更と言っていた事を思い出し、3件抽出した。ガスの内容変更ではなく、ガスの供給会社の変更で、どれも国内企業から中国企業への変更だった。

中国は世界でも大きな資源供給国で近年、ロシアとの関係回復を図り、ガスの供給を受けるとともに、ガス化学に関する技術供与を受けていることは大泉も知っていたが、まさか自分の会社がこのようなことに影響を受けているかもしれないとは思いもよらなかった。





 仙台の食料品工場の製造課長は、以前、大泉の下で、製造工場用プロセス設計、チャンさ んの指導を一緒にうけ、そして、いちから工場立ち上げに紛争した神君だった。かれは、その業績で、30歳で課長に大抜擢され、その後、数々の業績を上げ続けていることは社内でもだれもが知っていて、一目置かれている。彼ならなにか知っているかも、と、おもむろに携帯を取り出し、仙台工場の製造課に電話する大泉。

「はい、仙台工場製造課です。」と大きな明るい声がでてきた。

「あの、神戸の大泉です。製造課長の神さんをお願いできますでしょうか」

「あ、はい、少しお待ちください」と言ったかと思うと、電話の向こうで”神課長”という大きな声がして途中できれて、すぐさまつながった。

「はい、神です、大泉さんですか。懐かしいな。元気にされてますでしょうか」と神君はバイタリティーにあふれた声で話かけてくる:こちらは、少し疲れているというのにと思いつつ、電話を返す大泉。

「ええ、元気ですよ。元気な神課長の声が聞けてうれしいですね。少し聞きたいことがあるのですが、10分ぐらいいいですか」

「ええ、大丈夫です。なんでしょうか」

「決済を調べていると、ガスの供給先を国内から中国に変えているようですが、これは誰の指示ですか。私は全く知らなかったので」

「あ、あれですか。規模が小さいので本社には伝わってないと思いますが、これは、先日亡くなられた奥寺部長と近藤重役がこちらにこられた時に指示がありました。なんでも、国から日中関係強化で、中国の会社を試してくれとのことでした。命令ではなかったのですが、重役から言われたらやるしかないですよ」と少し困ったんですが、とニュアンスを残しながら答える神君。隠そうとしないので、彼は関係なさそうだ。

「そうですか。会社の視察はしたんでしょうね」と大泉は通常の手続きが進められたか確認のため聞いてみた。

「それがですね、ガスの成分分析は奥寺さんにお願いし、会社の視察準備をしていたところに、近藤重役の秘書から、先方の会社は重役が視察済みだから、私は行かなくていい、先方の忙しいので、今回はやめてくれと言われて、言ってないんです。へんですけどね。」と神君。

「そうか、すまないが、いろいろあって、詳しいことは言えないが、そのガスサンプルを兵庫県立大の大岩教授に送ってくれないか。Spring8で分析してもらうよ。費用はこちらがもちろん持つ。」と大泉。

「ええ、いいですね。その考え。さすが大泉さんだ。すぐに送ります。結果教えてください。」

「もちろん、連絡します。よろしくお願いします」

「はい、結果が出た頃に久しぶりに神戸に出張したいですね。読んでくださいよ。お願いします」

「おお、いいぞ。そうしよう。じゃ、気をつけてな」と言って携帯を切る大泉。彼は敵ではないようだと感触を掴み、ガスサンプルを待つことにした。





翌朝、携帯の着信音で目が覚めた大泉は、メイルを見て、唸った。

会社からの緊急メイルだった。


『仙台工場で爆発事故発生。延焼が激しく、消火に手間取る。死傷者で確認済みは、神課長と4名。』


大泉は自分のうかつさに涙が溢れて、号泣した。中国や政府が絡んでいる以上、このような事態も想像できたはず。

「俺が神君を殺したんだ。だめだ。もうだめだ。」と言い、ベットに突っ伏し、微動だにしなくなった大泉。


永遠の時間が過ぎたかのように感じる大泉を再び携帯メイルの着信音が現実世界に引き戻す。緊急メイルに、仙台工場の爆発炎上は鎮火され、これから検証に入るが、行方不明者18名。負傷者129名。工場再会のめどはまだ立たない。であった。



 ベッドにふさぎ込んでいると携帯メイルの着信音が再び鳴った。

『大泉さん。仙台の神さんから、ガスのサンプルが送られてきました。手紙があり、Spring8で極微量分析依頼であることはわかりますが、先般のことも加えてこれだと予算が少しこまりますので、何かしらの対応をお願いできますでしょうか?』、大岩教授からのメイルだ。神君は亡くなる前に約束を果たしてくれていた。何とか起き出し、自分に喝を入れる大泉。

『予算はいくらでも払います。大至急分析をお願いできますでしょうか?結果は直接小員にお願いします。実は神君が先ほど工場の爆発事故でなくなりました。弔いと思い、是非、よろしくお願いいたします。大泉』と携帯メイルを送信し、ホテルを出た大泉は、ミニクーパーで、自宅に向かった。しかし、バックミラーに移る黒塗りのベンツが気になり、急遽、自宅ではなく、考え事するためにドライブするため、六甲に向かった。


鈴蘭台から裏六甲を上る狭い道に入ると、黒のベンツは距離を狭めてきた。しかし、何かをするわけではなく、じっと後をつけるつむりのようだった。頂上付近の展望台を過ぎ、今度は、表六甲を下る道に入り、六甲道の駅めざし、少し早めにおりたった。黒のベンツはまだ、着いてきている。


 新在家駅を過ぎ、43号線の手前までおりた大泉は、後ろの黒ベンツを試すために、赤信号に変わった直後に信号を無視して、43号線を西に向かった。すると黒ベンツも案の定、信号を無視して、追いかけてくる。今までは後ろに着いていただけだったが、43号線ではそうはならないようだった。いきなり、大泉の右車線まで出てきて平行に走り、こちらを伺うようだった。大泉も黒ベンツの中を見ると、空いては欧米人だった。中国人じゃないことに困惑する大泉が考えていると、黒ベンツがいきなり車を寄せてきた。当てようとしているようだったが、当たる寸前で、車を戻すので威嚇だろうと大泉は考えたが、このままではどうすることもできないので、車線が広く、車の少ないポートアイランドで争うことにして、高架線をのぼり、ポートアイランドに車を向かわせた。


ポートアイランドの周回路は車線が多く幅が広い。多少カーチェイスまがいのことをしても周りに影響することはないので、大泉はアクセル全開でミニクーパーを飛ばした。黒ベンツの方がパワーがあることは分かっているので、簡単に追いつかれたことにはあまり焦らず、大泉は今度は、自分から黒ベンツに幅寄せして、威嚇し始めた。そうすると、黒ベンツの助手席の男が手を振って、止まれと合図してきた。両手を上げて、降参のポーズと停止のポーズを交互に繰り返している。そこで、大泉は、大きな車線のど真ん中に車を止めた。すると黒ベンツも横に停止し、ウインドーを下げてこちらも下げろと合図してきたので、大泉はウインドを下げた。むろん、アクセルに足はおいたまま。


 黒ベンツの男が、流暢な日本語で話かけてきた。

「大泉さん。すみません、威嚇する意思はなかった。少し話しをしたかった。あやまる。今、君が追いつめられていることは我々も掴んでいる。そのことで、情報を1件お伝えする。それから、これが私の連絡先なので、いつでも連絡したくなったら、コンタクトしてください。私はCIAです。御社社長竹村は中国のスパイ、工作員のようです。彼と親しくなって、懐に入り込んでください。今、あなたから歩み寄れば竹村はあなたを受け入れるでしょう。右腕の近藤取締役が公安に逮捕された今、協力者を欲しています。それが唯一あなたが成功を勝ち取る手段と我々は信じています。それから、淡路の件は、あなたのにらんだことよりももっと大きな出来事です。」ではまたお会いしましょう。と言ってく露ベンツは走り去った。

 困惑する大泉の右手にあるネームカードには確かにCIAと書かれている。これ以上独りではどうしようもないことは事実なので、一か八か、竹村社長にコンタクトすることを決める大泉は、ミニクーパーを社に向かわせた。


 社に到着し、大泉はミニクーパーを何時もは止めない、社長専用スペースに止めて、自分のオフィースに入った。これまでの経緯が、社内でも噂になっているようで、大丈夫かと挨拶する人、無視する人、車の止め方が良いな、と声をかける人、それぞれだった。

オフィースの扉を閉めて、社長への出社と調査概要のメイルを打ち始めると、ここ数日のことが走馬灯のように脳裏を駆け巡り、涙がジワリと滲み出るのを我慢して、メイルを書き上げ、社長に送信した。bccで大岩教授mチャンさん、そして宗君と私のプライベートアドレスにも入れておいた。

数秒で社長から返信が入る。

『大泉重役、ご苦労様でした。明日詳しく聞きたいので東京に来てくれるか、食事しながらゆっくり話そう。相談したいこともあるので、場所と時間は追って秘書から連絡させます。よろしく。』

なんともきみの悪い展開。用心しないと食われるかも。と思うが決戦のつもりでのぞもうと決心する大泉。ドット疲れが出て、睡魔が襲って来た。





 小一時間ほど眠り、少しスッキリした大泉は、いつものモレスキンを取り出し、今後の進め方を書き始めた。自分との対話にはいつもこのラージサイズのモレスキンを使う。これまでの経緯を書き出したあと、どうしたいか、どのように解決したいかについてイメージをー巡らしあのちに、やはり、竹村社長のスパイ行為を明らかにすることと、この会社の理念、貧困の根絶のための食品による貢献、を取り戻すために自分がこの会社を改革するリーダー、獅子になるための行動計画お作ることにした。全脳思考を駆使して、ストーリーを作りだし、そして行動シナリオを作るのに、2時間かかった。

 まずは、ベイビーステップとして、竹村社長の秘書にこちらからアポイントメントの設置を問い合わせて、こちらが乗り気である印象を植え付けることにした。

早速、社内電話の受話器を取り上げる大泉は、少し間をおいて、ダイヤルした。



 電話の向こうにはいつもの秘書役が出た。

「あ、大泉重役ですか。こちらからご連絡すべきところ、お電話いただき、大変ありがとうございます。竹村社長から、会食をセットするようによのことで、明日夕方5時から、銀座の中仙でお願いできますでしょうか? どうも大切なお話があるようでして、何卒、よろしくお願いもうしあげます。」と秘書役は、一気に要件を伝えてきた。大泉は、あっけにとられながらも、

「分かりました。こちらこそ、お世話になります。社長によろしくお伝えいただけると助かります」とだけつたえ、電話をきった。


 明日の夕方時に東京に行くだけなので、このまま退社して、久にさに家に帰ることにした大泉が、自分のオフィースを出ると、そこに宗君がきていた。

「や、宗君。いろいろありがとう。なんとかなりそうだな。」と話かけると、宗君は指を横に振ってまだまだと言わんばかりに、口元をゆがめてから立ち去った。大泉は、意味は分かるが、いまのことろ、脅威はずいぶん遠くになったと感じている手前、声をかけずに、家に帰る道すがら考えることにした。

何が、まだ残っているのか。というより、CIAのこともあって、新たな展開になっていることを宗君に伝える訳にはいかないので、しばらくは単独行動を取るしかない。しかし、竹村社長とのコンタクトを取りながら、事件の真相を解明し、かつ、情報(どんな情報が必要なのかはまだよく分からないが。)を取れば良いのか、皆目検討が着かない。ただ、中国とのつながりについて、あまり、あからさまに会話すると疑われるのか、それとも、大丈夫なのか、少し探る必要があることは間違いなかった。





 東京本社にはよらずに、直接、銀座の中仙に入り、竹村社長を待つ間、大泉は今までのことを繰り返し繰り返し頭の中で思い出していた。今までに起きたことを寸分違わず、頭の中で再現できるようになるまで、何回も繰り返した。それは、竹村との会話の間に陥れられる何かに気がつき、巧みに回避して、自分の身を守るために、そして、竹村に気に入られて、懐に入りこむためにも必要なことだった。


個室の宴席で待っているところに、竹村社長が秘書役をつれて入ってきた。

「やあ。大泉重役。今日はご苦労様です。良く来てくれたね。」と竹村社長は、ニコニコと上機嫌で大泉に話かけながら、大泉の正面の上席にストンと座った。

「こちらこそ。社長。お招きいただき恐縮です。」と丁寧にお辞儀しながら挨拶する大泉。それをじっと見つめる竹村は、口元を和らげて何回もうなずきながら、まず、ビールを女中にお願いした。


「大泉君。中国での調査はどうだったね。いろいろ動き回っていたのは知っているよ。ま、あそこまで私に言われたんだから当然だね」とすまなさそうにやんわりを表現する竹村。

「いや。気になることがいくつかありまして、調べているところですが。」と言うと、これ以上言うなと大泉を手で妨げる竹村。鋭い視線で

大泉を見ながら、

「いや、ご苦労だった。調査は終了していいです。今回の事故は、プロセスの不良だったことが分かったんだ。昨日ね。」と言ったところに、女中がビールと前菜を運び入れてきたので、押し黙る竹村と大泉。まず、大泉がビールを取り、竹村にはじめの1杯を注ぎ、そして、自分も返杯をいただいた。


 話は盛り上がり、結局、専務に昇格することを約束して、竹村社長は先に席を立って、去っていった。見送ろうとする大泉を制止して、もう少し食べてから帰るようにと、注文を取らせていた。



 昨日の銀座での会食の後、すぐに秘書役から臨時取締役会の開催案内と議題案内として役員選出が記載されていた。そしてもう1通、今度は竹村社長からとどいた。そこには、専務になる以上私の服心として働いて欲しい、その第一歩として中国での調査報告書を提出してくれ。内容は、わかっていると思うが。


 新幹線で神戸に移動し、事務所には11時に入った。すぐに報告書を作成した。内容は無論、問題なし。引き続き利用可能で、問題は仙台の製造拠点でのプロセス変更によるものと推察。これで、竹村の懐に入り込めるとは思わないが、第一関門は突破と考えていいだろう。すぐにメイルで所長に提出したが、間発を入れずに竹村社長から報告書を受理、明日の臨時取締役会を期待していてくれ。それから、臨時取締役会終了後、3時間程度だが時間をくれ、同行して欲しい訪問先がある。非常に重要で、トップシークレット、だれにも予定を言ってはならない。と記載されていた。


 了解しました。と返事をした後、今後の事を考え始めると、また、携帯メールの着信音がなった。

『大泉さん。こんにちは。ファーストコンタクトはうまくいったようですね。次の行動で貴方の真意を試すはずです。心配入りません。恐らく大丈夫でしょう。ただ、宗さんを動かせと言われる可能性があります。従ってください。期待してます。影より』と記載。完全に渡しの行動はフォローされているということか。と感心して一旦思考が止まったが、気を引き締めて再考し始める大泉は、家族の安全と将来の事を考えていた。





 どこに行くのか、少し不安だった大泉は、宗君に竹村社長から同行するように言われたことを告げて、自分のiPhoneのiPhoneを探す機能を教えて、パソコンで追跡してもらうことにした。


 大泉と竹村社長の乗るベンツが社を出発し、しばらくすると、大泉はの不安を察したのか、竹村は大泉に、これから熱海の温泉街に向かうこと、そこに外国の要人、大切なお客様が待っていることだけを告げて、たわいもない会話に移った。




 熱海の温泉街の中でも一番高級な旅館に入っていった。女将が着物姿で出迎え、見晴らしの良い部屋に案内された。一応、竹村社長とは階がちがう部屋だった。女将の挨拶の後、女中がお茶とお菓子をサーブして、少したわいもない話をした後、先に内湯でお風呂に入り、その後、5時から会食を始めるのでお迎えに来ますと言ってその場を辞して行った。


 熱海の海が見渡せるお風呂にゆっくり入り、出てくると、いつの間にか冷たいお茶とフルーツの盛り付けが置いてあった。さすが、超高級旅館と感心しながら、念のため、宗君にまだ、無事であることをメイルで伝えてから、冷たいお茶を楽しみながら、今後の展開を妄想していた大泉には、不安と期待が入り混じっていた。





 女中が大泉を別席に案内すると、まだ、だれも来ていなかった。

大泉は独り、下座の座椅子、女中に指示された席に落ち着き、竹村社長の指示で、はじめに冷たいビールを飲むようにと出されたので、ぐいぐいと飲みながら、冷たさに救われた気分に浸っていた。温泉に長居したので、少しだるく、頭がぼやけていたが、これできりっとしたわけだ。と大泉は社長の計らいに、感心していた。

 

 女中が、声をかけて襖をあけると、大きな黒人が入ってきた。続いて竹村社長も入り、二人は大泉の前の上席に並んで座り、ニコニコと大泉を見ていた。しかし、大泉の横にはもう一つ席が空いている。これはと思っていると、また、襖が相手、今度は予想通りアジア系の女性(予想していなことにきわめて美人だった)が入ってきて、三人に挨拶して、大泉の右隣に座った。


 4人がそろい、それぞれ自己紹介したあと、冷えたビールで乾杯し、懐石料理がスタートした。通常の懐石料理とは違い、肉があり、さらに寮も少し多めとなっていた。肉は非常に美味しく、4人で目玉を丸くして驚きながら、大泉はいつ本題に入るのかと少しいらだっていた。


 最後のご飯が運ばれてきた。シジミの釜ご飯。意外と質素で大泉は少しがっかりしたが、一口たべて反省。これは極上。今までに食べたこともない旨味満載のしじみご飯だった。肝臓に良いので、これは大泉もファンになってしまった。そのことを女中に告げると、和やかに笑って、お礼を言いながら、お変わりを継いでくれた。また、それを口に運ぶ大泉。その時、竹村社長が、口を開いた。


「な、大泉君。こちらのボブさんはシンガポールに拠点を置く、食糧コンサルタント。スタンフォード出だ。そちらの美人はちゅーさん。上海で当社とコンサルタント契約をしているが、基本はフリーランスだ。ハーバードで法学博士を取り、そして、今は、弁護士兼コンサルタントとして大活躍。

 特に、日本企業と日本政府への支援は目覚ましいものがあるからね。良く覚えておいてください。じゃ、私はこれで部屋に戻り、ボブさんと相談がある。後は、ちゅーさんと大泉君とで、もう少し飲みながら、いろいろ話てくれ。よろしく。今日はご苦労だった」と言い、竹村社長とボブは席を立って出て行った。残された二人、ちゅーさんと大泉は、テラスに移り、夜の海景色で、遠くに釣り船の明かりをぽつぽつと浮かぶものを眺めながら、たわいもない話から会話を始めた。それにしても、ちゅーさんは美しく、チャイニーズドレスのスリットが魅力的だ。


 4人での食事の後、ちゅーさんと大泉はテラスから海の夜景を眺めながら、少し冷たい風に当たりながら、ワインと生牡蠣を楽しみながらたわいもない話を続けていた。海には寮に出ている小型漁船のライトが散り散りにゆらめいている。それがなんとなく幻想的でしかもメッセージを込められているようだと大泉は一人感心してみていた。ふと、自分の横に腰掛けている女性の事に意識が戻り、今後のこともあるので仲良くなるべしと自分に許可を出した大泉は、おもむろに話し始めた。



「ね、ちゅーさんは、どうやって竹村社長と知り合ったんですか。」大泉は、唐突に思いついたようにちゅーさに尋ねた。狙いは、どんな関係かを探る会話に導くためだが、どうなるだろうかと少しわくわくしていた。

「そうね。竹村社長は、私の友達の会社。あの、上海の工場の知り合いで、それから、紹介されました。特に、私は、中国でのビジネスの進め方について、詳しく言わなくても、大泉さんは分かると思いますけど、いろいろ、中国では役人あんどの対策がちゃんとしてないと、突然、工場を国有化などがあるので、その対策を助言してます。もちろん、役人を説得することも私の仕事の範疇です。」とちゅーさんは、わかるでしょ、いわんばかりに、大泉に含みありの笑顔を向けて、話し始めていた。


「じゃ、ドクターチャンとお知り合いなんですね。」と確認をとるように質問すると。

「そうですね。チャン博士は立派な方で、私をあの会社に引っ張ろうと大学時代にアプローチしてきました。相当のお金もつもうとしてたみたいでしたけど、私は、フリーがよかったので、お断りしました。でもね、大泉さん。それから、ずっとチャン博士とは一緒に仕事をしているようなものだんです。だって、竹村社長の力が大きくて、私たちも活用したいと思いますので。チャン博士も同じですと。」と今度は、きっとにらんだような目つきで大泉を見るちゅーさん。身体を少しの弓なりにして仰け反り、自分のプロポーションを強調している。これは誘ってるなと思う大泉だった。





 2本のボトルを二人で明けたところで、ふと気がつくと、大泉とちゅーさんは、身体を寄せ合い、涼しい風が頬を伝いながら、お互いの身体のぬくもりを感じていた。大泉は迷っていた。このままいけば、とらわれの身となるが、逃げれば、ひょっとするとリジェクトされるかもしれない。ここは思案のしどころじゃのーーと思う大泉の心の中を見抜いたのか、ちゅーさんの手が大泉の太ももの間に入り込み、豊かな胸を大泉の腕に密着させてきた。これは、どうだか・・・・・・・・・・





 静かで暖かい光をあびて大泉は目を覚ました。結局、昨日の誘惑は振り切り、会話だけで逃げてしまっていた。まだまだ、スパイとしての覚悟が足りないのだろうと自分を半分納得させている。しかし、竹村社長と中国との関係を見つけるためのヒントは、唯一、竹村社長が、毎月上海でちゅーさんと会っていることだけだったので、なんとか、チューさんと仲良くなる必要があつた。今回、ちゅーさんが日本に来たのは異例で、通常は上海でしか会わない。ちゅーさんが日本に来ることはめったになく、竹村社長がいつも中国、特に、上海に行くようだった。そして、必ず同じ店で隔離された部屋で二人っきりで会うようだった。ひょっとしたら、竹村社長とちゅーさんは、特別な関係なの関係なのかもしれないが、そこは触れないでいた。今回会ったにも関わらず、明後日には上海で通常通り、二人は会合を持つことにしているようだ。その時に、次のアクションの指示と前回の指示の報告をする予定だけ分かった。



熱海の旅館を出るためハイヤーを待っていると、ちゅーさんがニコやかに話かけてきた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?