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隣の家族
「よし、と」
駿一は、手を止めて、うん、と伸びをした。
もう、夜更けである。
明日の予習もこれくらいにして、眠らなければならない。
と。
表で、車の停まる音。
窓から、路肩に停車したタクシーが見えた。
「や、どうもありがとう」
隣の家族が、タクシーから降りてきた。
おじさん、おばさん、娘。
外食でもしてきたのだろうか?
「これから、どこへ行くんだ?」
おじさんの声。駅のロータリーへ帰りますよ、と運転手らしい声が返した。
「なぜ」
と、おばさん。
「今度は、自分の好きなところへ行ったらいいじゃないか」
と、おじさんが重ねた。
「こんな便利な乗り物を持っていて、人を運んでばかりじゃつまらないだろう。どうしてきみの行きたい場所へ行かないんだ」
運転手は、困ったような声を出した。
「宝の持ち腐れじゃないか。どんな燃料を使うのか知らないが……動力源を補給すれば、どこへでも行けるんだろう?」
今度は、娘。
「こんな夢みたいな乗り物が、あちこちに溢れかえっているだなんて信じられないわ。あたしだったら、これに乗って、ずっと遠くまで行くわ。山の向こうの、向こうの、いえ、海の向こうの、もっと向こうまで」
「お母さんもよ」
「お父さんもさ。これ、空は飛べるのかい?」
駿一は、呆気にとられ、聴いていた。
まるで……
まるで、連中、自動車を知らないみたいではないか。
酒に酔っているのだろうか?
いや、酒に酔っているとしても、自動車を忘れるだなんてありうるのか? ましてや、高校生の娘までが……
じきに。
プッ! とクラクションが鳴り、タクシーは去っていった。
三人は、ぶつぶつと何事か話しながら、家の中へ入っていく。
ぱち、ぱち、と部屋に明かりがつき……
静寂。
それきりだった。
翌朝、駿一が家を出ると、ちょうど隣のおじさんがごみを出しに行くところだった。
なにも変わったところはなかった。
駿一は、いつものとおり、パジャマ姿に、煙草をくわえたいでたちのおじさんと挨拶を交わした。
「おはようございます」
「や、おはよう」
去っていくおじさんの背中を見返す。
あの、おじさんが……
いや、隣の家族が、ゆうべ見たとおりの家族であったら。
駿一は、いよいよ不気味に思えてくるのだった。
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