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子なし女の凶暴な母性


子持ちの立場でこの話をすると、誤解を招きそうで非常にためらわれるが、最初にお断りしておくと、私は子なしを見下したいわけではない。

既婚、未婚、子持ち、子なし、ワーママ、専業主婦など、
女性の立場は様々で、分断の元になっているが、
ほとんどの女性は特別な信念があってその立場になったわけではなく、
「たまたま」「なりゆきで」現在そうなっているだけで、
しかもその立場は状況によって変わっていくものだ。

子なしが中年以降に突然出産することもあるし、
既婚者の約3分の1は離婚するし、
ほとんどの既婚者はいつか死別し、一人暮らしになる。

バリキャリが専業主婦になることもあるし、
専業主婦から起業家になる人もいる。

だから、なりゆきによって、たまたまなっただけの現在の立場によって
分断され、違う立場の人を攻撃するのは愚かなことだ。

それでも私が女性として、自分の「凶暴な母性」を自覚した上で、
注意を喚起したいのは、
成功者ゆえに権力を持ってしまった子なし女性が、
立場の弱い若い人を「援助」「応援」する形で、
実は「支配」「搾取」してしまう、
哀しく残酷な構図が時々見られることだ。

子なしだけでなく、子持ち女性にも男性にも、
権力のある年長者が弱い立場の年少者を気に入って、
援助する代わりに支配、搾取する例はいくらでも見られると言われれば、
その通りだ。

中年子なし女性が若い女の子を「よしよし」と可愛がる構図は
オヤジ臭さえする。

しかし、それでも、仕事に邁進してきた子なし女性が、
持て余す母性の注ぎ先を渇望してきたゆえに、
立場の弱い年少者を利用して「お母さん」をやりたがっているように見えてしまうのは、私の偏見だろうか?


私は過干渉の母親に支配されて育ったアダルトチルドレンだ。

母は明らかに、私に「子供の時の自分」を投影していた。

母にとって娘は「母自身」だった。

私は「自分自身」としての人生を奪われた被害者だった。

被害者でもあるが、私も母の「権力」や経済力を利用し、
時に心理的に母を操作していた。

母の一部として生き、母の養分を吸いながら生き延びたのだ。

だから、特に年長の女性が若い女の子を支配する構図に敏感なのだろう。


権力ある、成功者の中年女性が、若い(というよりまだ子供の)女の子を「保護」「援助」し、結果的に支配、搾取しているように見え、
その不健康な関係が問題になった例として、
私も大好きな歌手のsia (以下シーア)とダンサーのMaddie Miegler (以下マディー)が挙げられる。



下の記事によると、シーアは(初めて)マディーに会った時
(マディーに対し)「彼女を保護したいという極度の欲求を感じた。
それは私自身を癒す何かだった。
彼女を守りたいという強烈な衝動を感じた」と語った、とある。

“As soon as I met Maddie, I felt an extreme desire to protect her and I think that it was part of my own healing. I felt just extreme compulsion to protect her,” she said.

“Maddie Ziegler Recalled The First Time Sia Reached Out To Her When She Was 11 Years Old And Opened Up About What It Was Like Being Her “Muse” As A Child” (BuzzFeed,2023)

https://www.buzzfeednews.com/article/leylamohammed/maddie-ziegler-sia-muse-age-11-child-fame-pressure


マディーは当時を振り返ってこう語った。
「シーアは私にとって守護天使のようだと感じた。私を救ってくれたから。
シーアが私を見つけてくれたことに感謝した。
でも、今(成長した私が)振り返ってみると、
彼女が私にどういうことをしたのか理解できる」

メディアはそのことを「グルーミング」と表現した。

私たちがジャニーズ問題で耳にした言葉だ。

シーアとマディーのケースの場合、
「グルーミング」は必ずしも性的搾取を意味しない。

権力のある者が立場の弱い者に近づき、親しい関係を築いて信頼を得た上で(シーアのように悪意がなくても)結果的に支配、搾取の関係に
至るプロセスを意味したものと思われる。

このように、見ていて気持ちの悪い「グルーミング」の関係を、
最近、日本のライター業界で見聞きしたので、私はこの記事を書いている。

若い無名のライターが中年女性有名ライターに「発見」されてデビューし、(そこまではよく聞く話だが)おそらく私生活でも親密な関係を築き、
若手ライターの活動に(まるで保護者のように)同行しているようだ、と聞いた。


マディーはシーアに会ったとき、既にダンサーとして活躍し、
人気の番組に出演していたが、それを見たシーアがマディーに対し
「強烈な執着を覚え、彼女を保護したいという極度の欲求」を感じ、
自分のミュージックビデオに起用しなければ、
マディーが世界的に有名になることはなかった。

マディーに課せられた役割は、シーアの分身になることだった。

つまり、マディーはシーアの「付加価値」だった。

シーアの欠落を埋めるための道具であり人形だった。

シーアとマディーの圧倒的な支配と搾取の関係が問題視されたのは、
(幼児性愛的な)ミュージックビデオの表現と、
マディーの若すぎる年齢にも起因するが、
私が最近日本で見たライターのケースでは、
たとえ有名ライターの「援助」によってデビューした無名ライターが
未成年ではなくとも、そこに権力者側の自分本位な「強烈な執着」
「彼女を保護したいという極度の欲求」つまり「自分自身の弱さの投影」「欠落を埋めるために利用する(無意識の)意志」を感じてしまい、
私には既視感ありまくりである。

顔を隠して活動するシーアの身代わり人形として利用された
マディーと同じように、シーアと同じようなルッキズム的な劣等感からか、未婚子なしの孤独を埋めるためかはわからないが、
権力者側が、自分の欠点をカバーするために、或いは自分の権力を誇示するために、立場の弱い者を思い通りに操作しているように見えるのだ。

それだけでなく、シーアがマディーを手に入れたときに感じたであろう
幸福感や高揚と同じような躁的な興奮さえ感じるのだ。

新しいペットを迎えた子供の興奮、或いは、
産後の母親が母乳分泌のためのホルモンをドバドバ出して
幸福感に浸る姿を想像してしまうのは、意地悪すぎるだろうか。

不健康なマディーとの関係を世界中から批判され、
また成長し自我を持ったマディーを失ったシーアは、
そのことだけが原因とは限らないが、自殺未遂し、
ドラッグの問題も抱えていた、とのちに語っている。

子供が独立していくときも、親は子供に一度は否定され、
身を切るような思いで子供を送り出すものだ。

ただ、親子の場合は、その後も関係は続いていく。

私はシーアを批判したいわけではない。

それどころか、誰もが抱える愚かさと弱さを見せてくれる彼女自身と
彼女の歌の大ファンだ。

彼女の表現は、嫌いな自分を肯定するために、もがき苦しみながら、
ときに愚かな間違いを冒しながら、
なんとか死なずにそれでも前へ進んでいく、彼女の人生そのものだ。

だから、世間にジャッジされる苦しさを抱えながら、
なんとか自分を保って生きている私たちは、彼女の歌に共感するのだろう。


シャープな視点で私たちを楽しませてくれる日本の人気ライターさんが、

「もしかして、私は過去のシーアのように『凶暴な母性』を炸裂させていないか?」

「故ジャニー氏のような『グルーミング』をしていないか?」

と振り返る機会を持てることを望まずにはいられない。


参考記事

“Maddie Ziegler Recalled The First Time Sia Reached Out To Her When She Was 11 Years Old And Opened Up About What It Was Like Being Her “Muse” As A Child” (BuzzFeed,2023)

https://www.buzzfeednews.com/article/leylamohammed/maddie-ziegler-sia-muse-age-11-child-fame-pressure


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