春分の日

 「春分の日は昼の方がちょっとだけ長いのですよ。」タクシーを降りるために、会計アプリを立ち上げていると運転手さんがそう言った。
 「そうなんですね。」実は私もそれは今朝、Wikipediaで読んだので知っていたが、敢えて知らない顔をして答えた。自分も知識としてはそのことを知っていたが、なぜなのか解説できるほどまでには詳しくない。アプリが立ち上がるほんの数秒をその知識が埋めてくれた。
 タクシーが去って、自分も目的地であるお客様のもとへ歩き出す。道をすれ違う人の中には卒業生と思われる振袖やリクルートスーツ姿の人が多い。祝日ということもあって、卒業式なのかもしれない。
 社会人になって数年経つと季節感も薄れてくるな。うちの部署には今年も新入生は入ってこないようだ。思えば、3月から4月にかけて人の出入りが数百名単位で起こる学校という場所は社会人から見れば異様だ。世の中にはこんなに卒業生がいるのに、人手不足をいつも嘆いているうちの部署にはどうして人が入ってこないのだろう。
 もうすぐ定年を迎える父や母はこの不安定な社会の中で40年近く仕事をし私を育ててくれたのかと思うと、ありがたいがとても真似できないと思ってしまう。
 お客様のところで商談をして、ビルを出ると雪が舞っていた。まだもう少し寒い時期が続きそうだ。今日の自分の労働を祝して自販機のあたたかいコーヒーを飲もう。そうしたら報告書作成と明日の準備だ。こんな日々を繰り返しているうちに水温んで本物の春がきっとくる。今日はすでに昼の方が夜よりも少しだけ長いのだから、今までよりは少し楽になるはずだと信じよう。
 道路脇で手を挙げてタクシーを停めた。

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