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【書評】大江戸商い白書

「江戸時代の商人の世界は、非血縁原理にもとづく流動性の高い社会だった。」

歴史研究は、資料という証拠をもとに行う営みであり、江戸時代の商人についてはまとまった資料が伝来する呉服商兼両替商として活動した三井家に依拠した実証研究で占められてきたという。

本書では、著者が独自に収集・データベース化した3,939人分の江戸商人の人生データを数値解析することで、平均存続年数15.7年という驚くべき短期間で、血縁でなく金銭によって店の営業権が頻繁に移動していたことなど、江戸の商家の実像を明らかにしている。

本書の著者

山室恭子著「大江戸商い白書 数量分析が解き明かす商人の真実」講談社刊
2015年7月発行

本書の著者の山室恭子氏は、1956年東京生で、東京大学文学部国史学科卒業、同大学院人文科学国史学研究科博士課程満期退学。東京大学資料編纂所助手、年東京工業大学助教授、同教授を経て、現在は東京工業大学名誉教授。

本書の構成

本書の章構成は以下のとおり。

はじめに 熊吉についてわかるすべてのこと
第一章 五坪に四人 江戸の人口密度を推計する
第二章 江戸商人データ解析
1 江戸商人データベースの作成
2 平均存続わずか十五・七年
3 株の五割は非血縁譲渡
4 店の五割は米屋か炭屋
5 番組編成の三類型
第三章 競争と共生
1 地区別店舗分布
2 大江戸ショッピングガイド
3 本所・深川の米流通網
4 御用金をいくらだす?
第四章 江戸の完全競争市場
1 薄利寡売の茨道
2 江戸の完全競争市場
3 リサイクルショップとファーストフード
第五章 大江戸商い模様
1 桜吹雪の町奉行
2 豆腐屋甚吉の町売り攻勢
3 肴屋松五郎の鰤100本
4 三人の両替商
5 髪結常吉と300人の仲間
6 湯屋のぬくもり

本書のポイント

本書は、数量分析により商人の真実を解き明かそうとした試みが綴られた書である。
江戸商人のデータ解析を進めた結果、商品の特性によって都市型全域型の二つの営業形態にすっきり分化すること、57万町人の日常生活を支えていたのは後者の全域型で、米と炭薪の流通ネットワークがくまなく市内を潤していたことなど新しい知見を明らかにしている。

また、都市型と全域型の営業形態に関して、日本橋集中現象を発生させる都市型の商人が、
・消費量(小)・重量(軽)・付加価値(高)・多様性(大)
の四つの条件を満たした商品を商っているのに対し、生活に密着した「ふだんぎの江戸」である全域型の商人が、
・消費量(多)・重量(重)・付加価値(低)・多様性(小)
の属性を持つ商品の「流通網として適合的な店舗展開」をしていることなど、データ解析に基づく考察が展開されており、興味深い内容になっている。

第五章では、1841年(天保12年)の株仲間解散後の「問屋再興」に際しての出来事について『諸問屋再興調』を基に、「豆腐屋」「肴屋」「両替商」「髪結床」「湯屋」などの業種における既存商人や新規参入商人の訴えと、それに対する町奉行所、勘定奉行、老中などのやり取りや対応についてユーモラスな記述で言及されており、江戸幕府の経済対策に対する一端が垣間見え、面白い内容となっている。

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