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日本についてもっと理解を深めたい

この日記を昨年書いてからずいぶん時間がたった。現在、南房総エリアで週末仕事をして、東京の自宅で哲学者の父と過ごしている。

この春からは、某私立大学の科目履修生になり、週に1回、大学の講義を聞きに行っている。大学で履修しているのは「比較文学」と「アメリカ文化」で、哲学とはやや趣が異なる。

父から聞く哲学の話に限らず、オンライン講座などを使ってさまざまな哲学の教授の話を聞いて、または、哲学とは違う学問に触れる中、自分なりの哲学との付き合いについて考えている。

日本において「哲学」というと、西洋の哲学を指す。大学の哲学科は、基本的に西洋哲学について学ぶところだ。あえて西洋と言わなくても、哲学とは「西洋のもの」なのだ。

そこで、思ったのがこんな考えだ。

日本人である私が「西洋哲学」について語ることの意味である。神や理性など、日本人の私にはやや遠い世界の言葉ように思えてくる。西洋の考え方の根底について学ぶには、哲学の知識は必須であるが、日本人である以上、日本の文化や日本の思想についてもっと考えを深めるべきなのではないか、と思い至った。

実際、何人かの哲学の先生はこう言っている。「哲学なんて、自分にことよせて考えていかないのなら、勉強しても無駄な学問ですよ」と。だとしたら、西洋哲学の考え方を学ぶのは良いが、それを日本人の私はどう捉えるか、という視点をもっと持ってもいいのではないのだろうか。

現在、西洋哲学をベースに、もっと日本の思想について深めてみたいと考えている。


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