【3】私はなぜ、天然繊維を追求するのか/苦難の日々、冷えとり健康法との出会い

ファッションデザイナーの野口貴子です。
前回は、私が天然繊維に関心をもったきっかけを、20代の頃の思い出とともにお伝えしました。今回はその後のエピソードです。数社のアパレル企業に勤めた後、私に襲いかかった逆境、そしてある「健康法」との運命的な出会いについてお話します。

20代の後半まで、私はアパレルメーカーの企画現場で忙しい日々を送っていましたが、勤務時間の長さ、仕事の過酷さ、人間関係のストレスなどで疲弊していました。
私だけでなくその時代は、そんな思いをしていた方が多かったのではないでしょうか。当時はバブル崩壊後。「24時間戦えますか?」というCMに代表される時代そのものが異常だったようにも思います。

また、最初の転職をするのと同じ時期に "大失恋" を経験したことも悩みの原因のひとつでした。
異常な忙しさと失恋の空虚感により、ただ悩みを抱えているという程度を超えて、私はメンタルクリニックに通うようになりました。
クリニックから処方された薬を飲み、ごまかしごまかし勤務する時期が続きましたが、あるときついに限界がきてしまいました。拒食症になってしまったのです。
ご飯を口にすることが出来ず、さらに薬は雪だるま式に増えていき、休職ののちついには仕事を辞めざるを得ない状況に。
闘病生活のはじまりです。30代前半の頃でした。

西洋医学というのは文明の進化による叡智の結晶であり、非常に素晴らしいものですが、
薬の飲み始めの頃は劇的に症状が良くなった一方、他の症状が出現し出し、その症状を緩和させようと薬の量が増え、飲み続けるにつれどんどん身体に負担がかかっているように感じたのです。
実際、起き上がって普通に生活することが徐々に困難になっていきました。
そんな状態の生活を数年ほど続けたのち、私は薬を服用しない手段で、心と身体を治す手段はないだろうかと情報を集めました。気功療法や整体、フラワーレメディという花びらの朝露を飲むイギリスの民間療法まで、色々な自然療法を知り、試しましたが、これは良いとピンと来るものはありませんでした。

そんなさなか、「あなたのからだ、めちゃくちゃ冷えてますよ」とエステティシャンの方に指摘されたことがきっかけで、「冷えとり健康法」といわれる日本発祥の健康療法と出会いました。

当時は夏で、冷えているという自覚がなかった私は「寒くないのに冷えている?冷えってそもそも何だろう???」と不思議に思ったのです。
インターネットや書籍などの数少ない情報をたよりに、「冷えとり健康法」なるものの存在を知り、そしてその発案者が愛知県在住の進藤義晴先生であることを知りました。
「冷えとり健康法」は今となっては広く認知されていますが、当時(2009年)は、まだ知る人ぞ知る専門的な分野。本当に限られた情報しかありませんでした。
冷えとりについて書かれた本をヤフオクで買い、そこに「靴下を4枚履き、半身浴を20分以上、玄米食に変える」など、いろいろと書かれていましたので、半信半疑ながらその通りに実行してみました。
するとどうでしょう、みるみるうちに痩せ、体重が落ちていったのです。当時は病気で太ってしまったいて、どうにかしようとエステに通っておりました。
食事やエクササイズなど頑張っているのになかなか落ちなかった体重が、面白いように減っていきました。・・大変驚きましたが、その現象は「冷えとりワールド」のほんの入り口に過ぎませんでした。(また機会があればお話ししたいと思っていますが、この世の現象とは思えないような不思議な出来事が次々起こるのが「冷えとり」の世界なのです・・・)

"体重があっという間に落ちた" ことで私はこう思いました。

冷えとり健康法ってすごい!
これは色々な人を救うものすごい発見だ!

そして、「これは仕事になる!」

私は「冷えとり健康法」の発案者、進藤義晴先生の娘さんである進藤幸恵さんに連絡を取り、神奈川県相模原にある冷えとり専門店の草分けである伝説の冷えとりショップ「安家座」さんや、練馬の「繭結」さんをご紹介いただきました。それはまるで何かに導かれているようで、トントン拍子に話が進んでいきました。
特に安家座さんのオーナーに、「冷えとり健康法」の何たるかを親身にご指導いただきました。

「冷えとりを実践している人たちは、活き活きと、ハツラツとしている!」というのが、冷えとり健康法を始めたお蔭で病床を脱しつつ、回復への道を歩み始めた当時の私の印象。
その姿は実にまぶしいものでした。
心ある方々と親密に交流させていただき、具体的なアドバイスをいただき、「冷えとり」をとことん実践していくなかで、私は心身が徐々にラクになっていくのを感じていきました。

「もう薬に頼らなくてもいいのかもしれない」という大きな希望。今まで信じてきた西洋医学的な「部分を観る」考え方から、冷えとり健康法の「全体を観る」といった根本治療への大きな大きな転換。
人の人生を変えてしまうその圧倒的な世界観と、そこに集うきらきらした人々との出会いは、私の人生を変えた衝撃的な体験となりました。

安家座さんのオーナーと出会ったことで私は薬をやめることを独断で決意し、その後瞑眩と言われる好転反応との闘いが始まることになったのですが、そのレポートと、冷えとり健康法を広めたいという欲求から、「貴子のシルクな冷えとり日記」というブログをはじめました。
このブログをスタートしたことが転機となり、私は起業し、「冷えとり」をコンセプトとする自身のアパレルブランドショップを立ち上げるにいたったのです。


※今回は人生なかばで体験した、ドン底からの脱出。そして、「冷えとり健康法」およびその分野を専門とする素敵な方々との
出会いのエピソードについてお伝えしました。
次回はいよいよ、このプロローグ秘話のラスト、ブランド立ち上げのお話です。毎度、長い話ですみませんが、もう少々お付き
合いくださいね。

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やったー!
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1970 年生まれ。 文化服装学院卒業。レキップヨシエイナバ、バーバリーブルーレーベルなどアパレルブランドでデザイナーの経験を積む。2009年冷えとりスタイルを提案するブランド「CURA」を設立し10年間「CURAstyle」を運営。2020年2月新ブランド「ORIME」を設立。
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