夢を叶えたアイドルの話 【117/200】
あいかわらずハードモードな毎日だ。
やることが多すぎる。多忙。
どうせならもっとスウィーテストな多忙がいい。
頑張ってる途中。
まだまだ、夢の途中。
■桜の季節
今週は嬉しい知らせを受けた。
ずっと気にかけてた子の、国家試験合格と、この春からの就職が決まった。
ここ数ヶ月、目が回りそうな毎日の中で忘れかけていた素直な笑顔が溢れた。
散歩道の桜に足を止めて、"おめでとう" だとか "ありがとう" だとか、心の中で声に出してみた。
■彼女のこと
彼女は児童養護施設で育った。
高校卒業と同時に施設を出て、親に頼ることなく、奨学金を受けながら専門学校に通い、医療系の職に就くことを目指していた。
5年前。
児童養護施設から進学を目指す18歳前後の若者たち向けの奨学金給付つきのスピーチイベントに、僕はボランティアスタッフとして参加した。
彼女のスピーチを支援するチームに入って、5ヶ月間、一緒に活動した。
走ることが好きで、歌うことが好きで、妹思いの、やさしいがんばり屋さんの女の子。
過去の重い怪我を乗り越えた経験から、医療の道を志し、奨学金を受けながらの進学を目指す、という話だった。
僕は、彼女の生い立ちも、施設で暮らすようになった経緯も、知らない。
スピーチでも彼女はそれについて触れることなく、ただ、前に向かって進む意思と、怪我による挫折に苦しむ自分を支えてくれた人たちへの感謝の言葉を語った。
ホールを埋めたおよそ500人の聴衆の前で。
涙ながらに、叫ぶように。
その背中を、僕はまともに見ることができなかった。
嗚咽するほどの涙を、堪えることができなかったからだ。
ピンスポットライトに照らされて、凛と立つ小さな背中。
その背中が、僕に勇気をくれた。
彼女は、僕の "アイドル" だ。
■僕のこと
18歳。
受験料も、入学金も、学費も、すべて親に出してもらって、生活費の仕送りももらって、のうのうとモラトリアムな大学生活を始めようとしていた頃。
彼女と比べてしまうと、自分の甘さや幼稚さがよくわかる。
比べることに意味はないし、人に優劣なんてものもない。
ただ、20年経って、当時の自分と同い年の彼女の姿が、あまりにも眩しく見えたのだ。
僕は何をしているのだろう?
涙でぼやけた視界のなかで、その問いが胸を叩き続けた。
彼女を応援し続けることは当然として、そのために、僕は何をするのか?
その答えが、ある日空から降ってきた。
彼女が参加したスピーチイベントから数週間後、言葉がメロディに乗って浮かんで、一晩で曲が書けた。
久しぶりに、曲を書いた。
こんなに一瞬で書けた曲は、初めてだった。
この曲をきっかけに、僕はシンガーソングライターとしてソロ活動を始めた。
実質的に活動休止状態が続いていたバンドにこだわることをやめて、弾き語りスタイルで一人でライブハウスに出演することを決めた。
彼女みたいにステージに立って、大勢の聴衆を感動させる歌を歌いたい。
もっと言えば、昔、現実味のない夢物語として思い描いた、日比谷野音のステージで歌いたい。
歳を重ねた分、たくさん積み重ねてきた「現実」の根拠が、僕をたしなめ続けた。
でも、彼女のスピーチと、僕の『叶える』が、僕の背中を押し続けた。
■これからのこと
困難な試験と実習を乗り越え、専門学校の課程を修了し、国家試験にも合格した。
彼女は、あのステージで語った夢を叶えた。
いや "夢を叶えた" ではなく、"目標を達成した" と言った方が適切な気がする。
当時から、彼女のビジョンは明確だった。
なぜその夢なのか、どうやってその夢を叶えるのか、ひとつひとつ、自分の言葉をスピーチ原稿に紡いでいった。
彼女のその後を支援していたボランティア仲間から、専門学校でも本当にがんばっていたと聞いた。
彼女はこの春、ひとりの医療従事者として、社会人になる。
ソロで歌い始めた僕は、一緒に活動していたボランティア仲間たちに支えられて、だんだんと活動の幅を広げていった。
1stアルバムを自主制作し、キャパは彼女のスピーチの10分の1の規模ではあるけれど、ワンマンライブもある程度安定して開催できるようになった。
いろいろな地域やコミュニティのイベントに参加させていただき、日比谷公園の野外小音楽堂や、ゆかりのある多摩センターのパルテノン多摩の野外ステージでも歌った。
日比谷野音への道のりは、まだ遠く霞んで見えないけれど、目指すべき場所があるということが、僕の人生に目的と彩りを与えてくれている。
いつか、日比谷野音に立つことができたら。
その時僕は、彼女みたいに立派に伝えることができるだろうか。
僕はそのステージを叶えることができるだろうか。
叶えたい夢がある。
叶えたい理由もある。
夢を叶えることの素晴らしさを教えてくれた "アイドル" がいる。
現実にビビりながら、
うまくいかない毎日にくよくよしながら、
明日からまた一歩ずつ、
前に進んでいきたい。
彼女の小さな背中を思い出しながら。
noteを読んでくださりありがとうございます。 歌を聴いてくださる皆様のおかげで、ヤマカワタカヒロは歌い続けることができています。 いつも本当にありがとうございます。