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教員を10年以上やっててラッキーだったこと(あるいは、火曜日3限目の魔)

教員業の方はもう10年以上やってるので慣れてはいるんですが、瞬間風速的にしんどい写真とくらべて、持続的にエネルギー出し続けなきゃいけないので、それが大変です。90分を維持する構成を意識しつつ、そのうち最小でも45分くらいは自分一人が話し続ける時間があって、それを毎回毎回毎日毎日どこかで誰かを相手にやる。そして僕は、今の社会で教員をやる以上は、学生たちの時間を「奪う側」である意識というのを常にもっていたくて、昔みたいに「ありがたく話を聞け」ではなくて、「申し訳ないけど、できるだけ面白くするし俺の話聞いてもらっていいかな?」という感じで授業をしたいと思ってるわけです。

そうなると、45分くらいはほんとに真剣勝負です。ネタも幾つかは挟んで笑ってもらわなきゃいけないし、隣に座ってる別の学生と話をしてもらって、自分以外の目線も知ってほしいわけです。その上で、学生たちよりほんの20年分程度とは言え長く生きてきて溜め込んだ分の、ごく僅かな「視点」を提供して、今後自らの人生を生きる上での選択肢の一つでも提供できればと言うことを考えていると、時々くったくたになります。3コマ連続とかになると270分を一気に乗り切るわけで、そりゃもう、家に帰ると絶望的な疲れに襲われたりもします。なんだけど、実は一番つらいのは、間に一コマ空いている時なんですよね。特に火曜日は2時間目が終わったあと、昼休みと3時間目が空いていて、特別やるべき仕事もなかったりすると、まじで眠いんですね。べらぼうに眠い、暴力的と言ってもいい。なのでこの時間はnoteを書いて乗り切ってしまおうというのが、最近の戦略なわけです。

それはそれとして、教員、特に英文学出身で教員をやっててよかったなと思うことが二つあります。一つは今言ったこと、話すことに慣れているという状況。毎日毎日、僕ら教員はお金をもらってトークの力を磨く場を与えてもらってるわけです。20歳前後の学生さんというと、一番人生において敵知らずの頃で、まだ社会に出ていないから幾分の残酷さも持ち合わせてらっしゃる。少しでも退屈だったりすると、そっぽを向かれるリスクがあるわけです。もちろん、最近の学生さんは優しい上に、僕が教えている大学は基本的に賢い子が多いので、授業で苦労したり困ったことというのはほとんどないんですが、それでも「できるだけ退屈させてはダメだ」という意識は強く持っています。そういう意識を持って10年以上話し続ける経験を積めば、いやでも人前で話すスキルというのは磨かれるわけです。それが現在、いろんな場所でトークイベントに呼んでもらった時の、基本的な僕の引き出しとなって現れてる。人前で話すのは実はほんとは苦手なんですが、人は何年も時間をかけて訓練をすれば、ある程度のことはなんでもできるようになるものです。そしてその思わぬ訓練期間が、今、写真家として呼ばれる段になって、本当に役立ってきています。本当に予想外だったし、それ以上に幸運でした。

そしてもう一つ幸運だったのは、英語が楽ということです。専門はほんとは「文学」なんですが、前に「英」って付いてるんです。これがラッキーだった。ロシア文学とかフランス文学とか南米文学とかも好きだったのでそれもありだったんですが、後に使うことになるとも知らず英語を選んだのはラッキーでした。学部から大学院の博士前期後期とずっとやってる間に、アホほど英語を相手にすることになる。これまた上の話と同じで、あれだけの時間と量をかけてれば、嫌でも英語はある程度できるようになるんです。英語に関しても僕は実は高校の時一番苦手科目だったのですが、結局大学院を出る頃には、いっちょまえに英語を使って仕事できる程度には英語も習得できました。まあ、言語学者ほど勉強したわけではないんで僕の英語は適当きわまりないんですが、少なくとも写真家として海外とやり取りする時に何一つ苦労がないというのは、相当に有利です。NatGeoとかとやり取りするようになった時に初めて実感しました。

てことで、若い人には、将来を意識して3つくらいのことを若いうちに磨いてほしいんですね。

1.語学力 2.トーク構成力 3.文章力

どうしてもこの3つは、社会に出て仕事をするようになった時に必要になってきます。特にフリーランスとか起業とかを考えている人はなおさらです。あ、この3つの前に、「社会的常識」みたいなものはありますが、それはまあ当たり前ということで省きます。

1に関しては、今はまだしも、今後もっと必要になってきます。僕が今学生なら、英語はそこそこに中国語を選びます。これは多分間違いなく役に立つ。地政学的に見て、ヨーロッパよりも中国の方が日本には近いんだから。そして言語特性として、中高合わせて6年も学んだ英語と中国語は文構造で近い上に、日本人はある程度漢字がわかるので、その意味でも日本人は中国語は学びやすいと思ってます。僕は出来ないけど。

3は今回は書かなかった話ですが、最も大切かもしれません。結局ペーパーレスになっても、社会は基本、書き言葉で回っていきます。なので、最低限の文章力は必要です。文章力というのは、きれいな一文を書く能力ではなく、長い文章を構成する力と言い換えてもいいかもしれません。帰結を見越して、読み手の意識を特定の方向へと束ねて導く力といってもいいかもしれません。

そして2もまた、「べらべら無造作に喋る能力」ではなくて、構成を意識して話すことのできる能力のことを指します。生まれ持った話し好きとかいう特性の話ではなく、訓練の上で初めて身につくものです。朴訥でも、人の足を止めることのできる話ってなんぼでもできると僕は思ってますし、多くの学会でそういうトークを見てきました。いろんな形のトーク力がありますが、それはこれといった定形があるわけではなく、最終的には自分で作るものなんですね。

文学っぽくかっこよく言うと、若い人には自分の「声」を見つけてほしいと思うんです。他者の声を真似るんではなくて、あなたの喉を通る、肉と骨の響く音。やたら他者の声が響きすぎる日本においてそれは難しいことですが、それがすごく大事です。そしてそれは、文章にさえ響くものだというのを若いうちに意識してほしいなと思うんです。

と、なんだか大学生向けみたいな文章を書いちゃいましたね。まあ、うまくいくかどうかって運不運も大きいんですけどね。それ言っちゃあおしまいなんで、努力できる部分は努力ということで。

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フォトグラファー。アメリカ文学研究者。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。インスタはこちら: https://www.instagram.com/takahiro_bessho/