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なぜ無名のエンジニアは都知事選で15万票獲得できたのか【御礼と振り返り】

東京都知事選挙に立候補していた安野たかひろです。「テクノロジーで誰も取り残さない東京を作る」と掲げ、選挙活動をしてまいりました。本ポストでは、一週間が経過した時点での振り返りをしたいと思います。

選挙期間を通して私の想像をはるかに越える方のご支援をいただくことができました。これはひとえに私を応援いただいた有権者の皆さま、ポスター貼りや演説にかけつけてくださったボランティアの方々、マニフェストの改善にご協力いただいた専門家や都民の皆様、ニュースやネットで取り上げてくださったメディア関係者、選挙活動を支えてくれた妻を含むチーム安野スタッフなど、お一人ずつお名前をあげることは到底叶いませんが、安野たかひろの選挙を支えてくださった全ての方のお陰だと考えております。まずは感謝と御礼をお伝えしたいと思います。

結果、私は15万4638票で5位となりました。当然、選挙に出るからには当選を目指していたので、この結果は残念です。しかし、政治の世界では全くの無名だった自分が15万票という結果が出せたことには一定の意味があると考えております。

過去22回の都知事選史上、支持組織も議員経験も無い候補が13万票以上とれたことはありません(最高で2012年のドクター中松氏の12万9406票)。また、30代の候補者が過去に9万票以上を獲得したこともありません(最高でも2014年の家入一真氏の8万8936票)。ある意味で15万票は記録的な数値だと言えます。


有名人でもないのになぜ15万票とれたのか

意外に思われる方もいるかもしれませんが、私たちは注目を集めるためにとっぴな言動をしていたわけではありません。他候補に対するネガティブキャンペーンなども行いませんでした。正面から愚直に東京をよくするための政策を有権者と一緒に考え、ネットや街頭で訴えてきただけです。

では何が特別だったのか? 最大の特徴は、選挙を一方通行なものではなく、双方向なものにしようとしていたことです。候補者の考えを一方的に有権者に伝えるだけのブロードキャスト型の選挙ではなく、有権者が考えていることを聴くブロードリスニング型の選挙を行おうとしたことです。こうすることによって、選挙をみんなで東京の未来について議論する期間にできると考えていました。

いったいどのような政策を訴えたのか?

私たちが訴えた政策はこちらのマニフェストを見ていただくのが一番早いかと思います。「テクノロジーで誰も取り残さない」というビジョンを核に、100名以上の方にヒアリングしながら作成しました。詳細版は130ページありますが30ページぐらいのまとめ版もありますのでよろしければご覧ください。

このマニフェストでは、事実に基づいて現状を分析し、課題を特定し、解決するための打ち手を提案しています。政治とは合意形成であり、合意形成のためには「未来へのビジョン」と「論理の積み上げ」の2つが重要と考え、このような形式のマニフェストとしました。

もちろん、このような方法で合意形成できる課題ばかりではありません。ですが、今の政治にはあまりに事実と論理、そしてビジョンが欠如しているのではないかとも思うのです。今まで自分が投票してきた選挙でも、政策で選ぼうとしてもマニフェストに抽象的な言葉だけが並んでいて困った記憶があります。

また、前述したように私たちは双方向に政策を議論する選挙にしたいと考えていました。そのためには具体的な議論の出発点にできる水準の骨太なマニフェストが必要不可欠です。

これだけの情報量の多いマニフェストを見てもらえるのかどうか、不安もありました。しかし、6月20日の告示日にマニフェストを発表すると、すぐさまSNSで話題になり、1000万回以上も見られました。外部の機関(早稲田大学マニフェスト研究所)からも他候補者と比較して一番高い評価をいただきました。

引用:https://www.youtube.com/watch?v=zuiemwBMGZY

「マニフェストを読んで安野に投票したいと思った」という声をたくさんいただきました。統計的に言うのは難しいですが、当事者の感覚としては間違いなくマニフェストの出来が15万票という得票数に効いていたと感じます。

巨大な資本も組織もない安野陣営でも、これだけのマニフェストを作れました。ならば、基盤のある政治家の方々はやろうと思えばもっと良いものを作れるはずです。今後、選挙に出る候補者の方には、是非とも政策を具体的に磨くことをお勧めしたいと思います。マニフェストだけで大局を左右するものにはならないでしょうが、特にギリギリの勝負の中では勝敗を決しうる要素になると思います。そしてこれは運によらず候補者や陣営の努力によって改善可能なポイントです。取り組む価値は間違いなくあります。

どのように政策をアップデートし続けたのか?

私たちは6月20日に96ページのマニフェストを公開しましたが、そこで終わりにはしませんでした。いくら100名以上にヒアリングしながら作ったとはいえ、自分たちの見えている範囲に限界があることは明らかです。そのため、みんなの意見を集めながら政策をアップデートするための仕組みを整えました。仕組みというのは必ずしもソフトウェアの話だけではなく、チームでの動き方含めたあり方を指しています。

「聴く」「磨く」「伝える」という3つの仕組みがぐるぐる回るような仕組み

1)「みんなの意見を聴く」

街頭演説、実地見学、X、YouTube、AIあんの、Google Form、電話などの経路でみなさんの意見を聴くようにしていました。

ChatGPTなどのAI技術を使いながら大量の意見を可視化していました

ツールを使いながら見える化をしていましたが、それはあくまでも「聴く」という行為の一部です。実際に現場に行き、対話する中で見えた気付きはネット経由で得られた情報と同じように政策に影響しました。知的障害児者の為の福祉施設である滝乃川学園をはじめとして、介護施設、保育園、精神科クリニックなど現地に行きながら、話を聞きました。

街頭演説についても新宿、柴又、八王子、島しょ部(大島)、メタバース(バーチャル空間)など計56箇所に足を運び、皆様からのお声をいただきました。


2)「みんなで案を磨く」

インターネット上で課題提起、変更提案を行えるようにしました。ソフトウェア開発用のサービス(GitHub / ギットハブ)とAIを組み合わせ、誹謗中傷や不適切な画像投稿を自動で削除したり、重複する議論を検知しながらマニフェストを磨く仕組みを整えました。

変更提案を取り込むべきか否かの最終的な意思決定は安野が行いました。候補者には実行可能性を含めて良いプランを提示する義務と責任があると考えています。現時点のAIや単純な多数決では「責任のとれるマニフェスト」を作ることはできないと考えています。

私たちの陣営でシステムをゼロから開発するほどの余裕はありませんでしたが、GitHubという既存のサービスを活用することでAIを組み合わせた議論の場を作れたことは良かったと思っています。

結果、期間内に232件の課題提起があり、104件の変更提案があり、うち85件は実際にマニフェストに反映がされました。この仕組みによって、初版のマニフェストを公開した時にはなかったような視点や批判や知恵をたくさんいただきました。下記は実際に取り込まれた変更提案の一例です。

議論の様子は例えば下記です。東京都の既存の取り組みやXでの投稿、実際に意見交換を行った清水国明氏の知見などを踏まえながら防災のマニフェスト改善のための提案が作られていった様子がわかるかと思います。

意見を受けて、当初の考えから大きく方針を転換したものもあります。例えば下記の変更提案では、当初掲げていた教育費補助の所得制限を撤廃することを決めています。

初版のマニフェストを見て「実行可能なのか?」という懸念の声をいただいたことから、財源に関する議論も精緻化を行いました。精査の結果、本マニフェストに記載された内容には計500億円ほどの追加予算がかかり、東京都では毎年税収増が続いていることに鑑みて、2年間に分けて実行することで実現可能だとわかりました。

もちろん、初めての試みゆえに、さまざまな課題もありました。限られた時間の中で、拾うべき課題提起のすべてに反応しきることはできませんでした。私たちが取りえた選択肢の中で最善とはいえ、GitHubは万人にとって使いやすいものではありません。もちろん、1)「みんなの意見を聴く」のステップで収集した論点は反映されているものもあるため「GitHubを使わない人の声が届かない」わけではないのですが、それらの過程を見える化しきれていたわけではありませんでした。

また、「最終的に誰がどう意思決定するのか?」という点においてどうイデオロギーの問題に向き合うべきかなど、解決すべき課題は色々浮き彫りになったかと思います。(下記のゲンロンの動画の有料部分で東浩紀氏の指摘あり)

それでも、私は今回の都知事選で「みんなでより良い政策を作る」ことは一定達成できたと考えています。ここまで高速にアイデアや意見を集約し、17日間で進化できたマニフェストは過去に類を見ないと思うからです。

3)「みんなに伝える」

作られたマニフェストを自動・手動の両方でさまざまな媒体を通じて発信しました。ウェブサイトはマニフェストが更新されれば即座に反映がされるようになっていましたので、更新の手間はいりませんでした。手動では他にも街頭演説や毎晩の生配信、メディア出演、スライドの更新などを行っています。

そして、その中でも特筆すべき試みの一つが「AIあんの」だと思います。

AIにマニフェストを教えることによって、安野本人に代わって質問したいことを聴けるようにしています。当初はYouTube Live上での配信に限定していましたが、「YouTubeを使わない方もいる」というご意見を踏まえ、なるべく多くの方に使っていただけるように電話版も急遽発表しました。

結果、電話とYouTubeを合わせると期間中に合計8,600回以上の質問に回答しました(YouTube 7,400回 / 電話 1,200回)。この数値は普通の人間では到底できない量です。もちろん、精度の問題はありますし、人間の安野でないと答えられない質問も数多くあります。ですが、AIによってコミュニケーションを拡張することが出来ていたのは間違いないと思います。実際に私の元にも「AIあんのと話していて安野に票を投じることを決めた」という意見が届いていました。毎日のように使ってくれていた方もいました。

今回の都知事選では小池百合子氏のAIである「AIゆりこ」が注目を集めていました。AIを使うことで意見の発信ができるのはもちろん良いことだと思います。ですが、せっかくAIを使うのであれば双方向にできるということこそ使いどころなのではないかと私は思います。

AIあんのなどに問いかけられたコメントや質問、要望などは1)「みんなの意見を聴く」のステップにて再度拾い上げられる構造になっています。これら3つのステップは相互に関係しあいながら「みんなでより良い未来を考える」ことをなるべく実現しようとしていました。メディア取材などでは個々のAIが派手であるが故にシステム全体としての「みんなでより良い未来を考える」仕組みにフォーカスが当たらないことが多いので、ここで改めて強調しておきます。

さらに言えば、この3つの仕組みは選挙の中でのみ活用されるものではなく、行政運営をする上でも役に立つ仕組みだと思います。住民の意見をなるべく広く深く早く拾いあげること。それを透明性高く議論し意思決定すること。決まったことをなるべく丁寧に市民に伝えること。今回選挙で実現したことは自治体を運営する上でも参考になると考えています。

主張の「訂正可能性があること」が分断を防げるのではないか

選挙中、いろんな人から「安野陣営はなぜ他陣営の批判をしないのか」と言われました(注:正確に言えば揚げ足取りなどの不毛な攻撃をしないだけで、建設的な批判はしています)。安野陣営の様子はかなり他候補者とは違って見えていたようです。

自分なりになんで違うのかを考えてみたのですが、「主張に訂正可能性があるから」なのではないかと思います。マニフェストを途中でアップデートできるかどうかの違いが実は候補者としての行動を大きく規定している可能性があるのではないか? という仮説です。

過去の選挙はブロードキャスト型でした。GitHubで変更提案を取り込んだら即座にウェブサイトが更新されるような仕組みはありませんでした。印刷してしまったマニフェストはGoogleスライドと違って変更が効きません。そういった訂正不能な状況では全く異なる意見が来たときに「どのように相手を言い負かすか」を考えざるを得ません。自然と「自分たちは間違っていないのだ」と主張する方向に思考が向かいます。

ですが、仮に「主張が訂正可能」なのであれば、相手の言うことを聴いて納得したら訂正すればよいのです。ゴールとして「より良い都政を実現したい」という目的は変わらないはずです。ならば相手と建設的な議論をした方が良い選挙活動になるのです。

今回の選挙では当事者として、社会の大きな分断を感じました。YouTubeもXもTikTokも、アルゴリズムによって自分と似た考えの人の意見しか出てこなくなりました。まさにエコーチェンバーと呼ばれる現象です。攻撃的な発言も目立ちました。相手を否定しあうしかない「ブロードキャスト型」の選挙では分断は開くばかりです。

ですが、今回の選挙で安野陣営がやったように、テクノロジーで「訂正可能」な状況を作ることで、こういった分断を乗り越えていけるのではないかと私は希望を見出しています。

反響:選挙報道の問題に光が当たった

私がここまで得票できたのは、ひとえに口コミで安野のことを広げてくださった方、ポスター貼り、動画切り抜きなどのボランティアに携わっていただいた方、ヒアリングに協力いただいた方、チームあんのの一員として助けていただいた方々のおかげです。1万4000箇所のポスター貼りを組織の支援も業者への発注もなしにやりきれたことは本当に素晴らしいことでした。少しでも関わっていただいた皆さま、本当にありがとうございました。

自前のポスターマップシステム。進捗率を常にみんなで見えるようにしていた。
7月6日に100%に到達!

私は街頭演説で「皆さまが私に入れていただく一票は無駄にはなりません」と申し上げておりました。実際、みなさんから15万票をいただいたことで、この一週間、足元でも意義深い変化がありました。メディアで選挙報道の問題について光が当たったのです。

選挙報道ではメディアが「主要候補」を決めて報道し、それ以外の候補者を「泡沫候補」として全く報じないという慣習があります。主要候補入りするかどうかはメディアの裁量で決まり、中でも政治経験の有無が重視されます。当然、メディアに取り上げられなければ得票数を伸ばすことはできないので、実質的に政治未経験者が政治の世界に参入しにくい仕組みになってしまっていました。

安野は一部新聞社では「主要候補」と報道されましたが、テレビを含む他のメディアでは「泡沫候補」とされ、どんなにニュースバリューがあることをやっても一切報じられることはありませんでした。17日間でテレビに安野の姿が取り上げられたのはゼロ秒でした。

ですが今回、安野は一部メディアで「主要候補」とされた清水国明氏よりも多く得票しており、上記で述べたような新しい試みはニュースバリューもあったことなどから「報道はこれでよかったのだろうか」という議論が各所で起きています。

もちろん、放送法がある中で56人もの候補者をどのように傾斜をつけて報じるべきか? という問題は簡単な問題ではありません。私は1)政治の世界に対する参入障壁が下がり、政治家の新陳代謝が良くなる報道、2)売名のみが目的の候補者の問題行動を誘発しない報道、が実現されると良いなと思います。

これからどうするの?

まずは今回の選挙で得た知見、ソフトウェアをオープンにすることを進めていこうと考えています。おおよそ8月までには今回の成果を活用可能な形でお出しできると思っています。(またその時が来たらまとめ記事を出します)。

今回私がやったような選挙を、他の候補者にも是非やってもらいたいと思っています。デジタル民主主義的な政治、双方向型の選挙活動を未来の当たり前にしたいですし、それこそが分断を乗り越える方法なのではないかと考えています。

そこから先はまだ未定です。都知事をやるために4年間あけていたので、スケジュールはがら空きです。エンジニアや作家としての日々の生活もある中、何をどこまでやるべきかは非常に難しい判断ですが、何らかの形で政治活動には今後も関わっていきたいと思います。どこかの選挙で再び出馬する可能性も含め検討していきます。また方針が固まり次第、今度は時間に余裕を持って発表したいと思います。

重ねてになりますが、ボランティアや口コミなどで私を支援いただいた皆さま、私に票を投じていただいた皆さま、本当にありがとうございました。引き続き応援をよろしくお願いいたします。