見出し画像

受け止めの幅広さを一望する ~『授業づくりネットワークNo.45 「個別最適な学びと協働的な学び」を考える』

授業づくりネットワーク No.45 「個別最適な学びと協働的な学び」を考える』2023年7月

令和3年の中教審答申に示され、教育界を賑わす「個別最適な学び」「協働的な学び」のフレーズ。それを考え直すための手がかりが、『授業づくりネットワーク』誌のこの号では多数出てくる。

澤田英輔さんによる、「ライティング・ワークショップ」「リーディング・ワークショップ」(WW/RW)を取りあげた論考。
氏いわく、WWやRWは、「『個別最適な学び』の文脈で語られることが多い」(p.96)。が、氏によると、共通の制約を課すことで、各人が「自由」になれることもある。
また、「個別支援」として捉えられがちな一対一の「カンファレンス」も、本来は、「教師と子どもの二者間で生まれる現象」。そのため、「もう一方のアクターである教師自身に強く影響される」として、自身のあり方の見直しを同時に行う(p.97)。
さらには、子どもたちの学年を超えた交流、保護者からの「ファンレター」と子どもたちの「返事」の取り組みなどをもとに、「読み書きを大切にする共同体の文化」(p.99)の形成の必要という、コミュニティの視点を打ち出す。

伊藤晃一さんによる、定時制高校での実践。
最終年次にあたる4年生の卒業前最後の「国語表現」の単元。「自分にとっての学校生活を象徴するような写真」を撮り、「自分の言葉」を載せる。
なんてこそなさそうな実践だが、p.55に掲載された3つの作品とそれぞれの生徒のストーリーに圧倒される。
その背後にある、プロのカメラマンに夜景の撮り方を教わる機会を設けたり、A1サイズに拡大印刷して廊下に展示したりといった、晃一さんの判断と一手間。
「渡り廊下がちょっとした美術館になった。随分好評で展示期間が2週間延長された」(p.54)という淡々とした描写に、この実践の凄みが滲み出る。これらをふまえての投げかけ。

自分に合った学び方で学んでいく。そんな理想が託された「個別最適な学び」における「個」という語は、学習者が学校で学ぶことに疑問を抱いていない前提の表現になっていないだろうか。たとえば、学校での学びに何らかの傷つきや不信感があり、他者との交流を恐れ拒絶し、しかし、それでも学校に通おうとする「個」の思いは考慮されているだろうか。

p.54

紹介しきれないが、他にも、考えを進めるための手がかりが多数登場する。以下、羅列的に。

加茂勇さんの実践より。
担当していた特別支援学級で「特別支援学級の意味」について話し合いをしたときの、小6の女の子の発言。

通常学級はみんな苦手なことを見せないようにしている。特別支援学級はそれを出していい。

p.48

久保田比路美さん、外国にルーツをもつ子どもが多数在籍する群馬県太田市の公立小での、「作家の時間」の実践。
最初は、ポルトガル語を母語する者同士、相談しながら書き進めていた日系ブラジル人の男の子2人。実践が進むにつれ、サッカー仲間の3人(日本ルーツ2人、フィリピンルーツ1人)がそこに加わり、5人でギャグストーリーの創作を進めていく。それをふまえての言葉。

「協働的な学び」によって教室に安心と安全が育まれると、子どもたちの学びの選択肢が増えていく

p.111

タブレット端末時代の「ノート指導」を再考する佐藤由佳さんの論考より。

書くことの多くは、誰かに読んでもらうことを想定しています。それを受け止めるのが教師の役目ではないでしょうか

p.71

菊地南央さん、総合的な学習の時間での実践。
子どもによってさまざまな活動が同時展開した「会津のお米調査隊プロジェクト」をもとにした、以下の投げかけ。

このような書き方をすると、「個別最適な学びと協働的な学び」を一体的に実現した実践のように見える。しかし私は、個別最適と協働を意識してこの実践に取り組んだわけではない。むしろ、この二つを意識しすぎると、総合的な学習の時間で経験できる学びの特徴を損ねかねない

pp.112-113

一方、今号のなかには、「個別最適な学びを実現するには、……の必要があります」式の、答申で示された「個別最適な学び」や「協働的な学び」に自身の問題意識を示すことなくただその実現方法を述べるだけのような論考も見られる。
あるいは、問題提起の内容や実践は興味深いものの、「個別最適な学び」や「協働的な学び」とのつながり、これらの言葉をどう捉えているかが分かりにくいものもある。

けれども、こうした「ごった煮」感こそ、『授業づくりネットワーク』誌の持ち味だろう。
さまざまな議論に触れるためのプラットフォーム。
間違っても、「書き手によって『個別最適な学び』『協働的な学び』の捉え方がバラバラだ。統一的な見解を示してほしい」みたいなレビューがつかなければいいなあ、と願っている。

なお、私は巻頭の座談会に、秋田喜代美さん、佐々木潤さん、中川綾さん、蓑手章吾さんと共に参加した。
最初依頼があったとき、「私そもそも、『個別最適な学び』にも、あるいは、お上が示した用語を『識者』がしたり顔で解説して先生方が拝聴するという図式自体にも懐疑的ですよ」と辞退しようとしたにもかかわらず、「いや、そのスタンスでいいですから」と、編集部には太っ腹にもそのまま受け入れていただいた。そんなわけで、(いつも通り)何も忖度することなく、思っていることをそのまましゃべった。実際、他の登壇者とのやりとりは、刺激的だった。
座談会のなかで私は、亘理陽一さんや鹿毛雅治さん、中西新太郎さんの「個別最適な学び」への批判的検討や、西岡加名恵さんらによるAIドリルの分析を紹介している。それができたのは、この座談会における自分の役回りからしてもよかっただろう。
あと、学習参考書を題材にした佐原実波のコミック『ガクサン』への言及を(かろうじて注にではあるが)残せたのもよかった!笑

Amazonでは本日(7月18日)発売開始のようです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?