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大学生日記 #28 ハイビーム

広司はこの期に及んでも、やはりこのまま帰るか、それとも結衣に会うかという微妙な二択の中途半端な位置に立ちながら思案を巡らせたが、明確な結論は出せないでいた。依然としてうるさく吠え続ける犬の鳴き声が背後で響いていると、その鳴き声は広司に早く帰れと言っているようにも、また逆に頑張れと励ましているようにも聞こえて、広司はその場から家に近寄ることも離れることも出来ないでいた。
その時、背後から車の乾いたエンジン音と共に眩いライトの光線が広司の全身を照らした。ライトはハイビームで、その真っ直ぐな白い光線が反応した広司の目に容赦なく突き刺さり、思わず顔を背けた。その車は広司の存在などまるで気にしないように、減速しながらゆっくりと右折して、その狭い駐車スペースに滑り込むとエンジンを停止させた。薄暗いせいかはっきりと車種までは判別出来なかったが、恐らくそれはありふれた灰色のトヨタ・カローラだった。
「お母さんが、ちょっと郊外の店まで行こうなんて言うから、こんなに時間掛かっちゃったじゃない!」
カローラの助手席側のドアを開けて出て来るなり、その若い女性が言った。女性は明るい茶髪のショートカットで、白い長袖のTシャツにデニムと黒のスニーカーというラフな格好だった。何かスポーツを経験しているのか、その動きには淀みがなく、全体的に活発で明るい印象を広司に与えた。
「そんな事言ったって仕方ないでしょ。まさか交通事故で、あんなに渋滞になるなんて思わなかったんだから」
ほぼ同時に運転席側のドアを開けてもう一人の女性が答えた。その女性は黒の眼鏡を掛けて、肩まである長い黒髪を後ろで束ねている。春らしい花柄のシャツにすこしタイトなデニムにサンダルという格好だった。明らかに茶髪の女性よりは年上だったが、スタイルが良いので、実年齢よりも若く見えて、雰囲気はどことなく結衣に似ていた。帰宅したらしい二人はお互いの会話に夢中になっていて、どうやらすぐ近くにいる広司の存在には気がついていないようだった。

#小説 #ハイビーム #鳴き声 #エンジン音 #女性

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