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年金額改定について正しく理解しよう

みなさん、こんにちは!年金界の野次馬こと公的年金保険のミカタです。
今回は下の記事を取り上げて、年金額の改定について解説したいと思います。

前回の投稿「日本経済新聞さま、適用拡大は年金改革の王道です!」では、日経の適用拡大に関する記事が酷かったのでこき下ろしてしまいました。

今回の記事については、内容的には制度の説明をしているもので、悪くはないのですが、限られた紙面の中で説明が足りないと感じるところや、一部誤解をしているかなというところもあったので、そこら辺について、補足したいと思います。

物価が上昇しているのに年金が減る?

まずは、記事の出だしの部分より。

「モノの値段は上がっている気がするのに、年金が減るのはなぜ?」。社会保険労務士の山本礼子氏は役所の年金相談で60代の女性からこんな質問を受けた。

記事より抜粋

確かに、足元では日頃買い物をする食料品や日用品、あるいはガソリンの価格が上がっていると感じますよね。一方、年金の改定に用いられるのは、前年(2021年)の全国消費者物価指数の上昇率で、これが▲0.2%(マイナス0.2%)だったのです。

ただ、これにはテクニカルな要因も含まれていました。昨年の7月に物価指数を構成する品目のウェイトの見直しが行われ、携帯電話料金のウェイトが引き上げられたところに、携帯電話料金自体は政府からの要請で引き下げられたたことが、物価上昇率がマイナスとなった大きな理由なのです。

携帯電話料金の引き下げは、各社低料金プランを新たに提供することによって行われてきましたが、年金生活者にとっては、料金プランの変更が難しかったり、もともと大容量の通信など必要なく必要最低限のプランにしていたりして、実際料金引き下げのメリットを感じづらいところかもしれません。

新規受給者と既存の受給者で異なる改定率

下の記事の解説では、年金額の改定についての概要が説明されていますが、これだけでは分かりづらいので、その背景について説明します。

新規に年金を受け取る人は賃金、既存の受給者は物価に連動するのが本来の改定率の原則だ。ただ賃金の変動率が物価を下回る場合、新規・既存とも物価変動率を採用したり、ゼロにしたりするパターンがあった。21年度にこうした場合の決まりを改め、新規も既存も賃金変動率を採用するようにした。

記事より抜粋

一般的に、「年金は賃金、物価に連動している」という感じで説明されているケースが多く、「新規に年金を受け取る人(新規受給者)」が賃金に連動し、「既存の受給者」は物価に連動するのが本来の改定率の原則であることは、知らない人が多いのではないかと思います。

賃金・物価スライドとも呼ばれる、年金額の本来の改定ルールは、記事の中で下の図表を用いて説明されていますが、賃金と物価の上昇率の大小関係やプラスかマイナスかによって場合分けされていて、複雑に見えるかもしれません。

記事より抜粋

しかし、以下のポイントを押さえれば、よく理解できるのではないでしょうか。

  1. 年金の改定は、元々は新規受給者、既存の受給者いずれも、賃金に連動していた。年金給付の財源である保険料は、賃金と連動しているので、少子高齢化の影響を無視すれば、これで財政のバランスがとれる。

  2. その後、少子高齢化に対応した給付抑制のために、既存の受給者の年金は物価と連動するよう改正された。何故これで給付が抑制されるかというと、通常の経済の状態では、「賃金上昇率>物価上昇率」となるはずだからである。

  3. しかし、デフレが長期化する中で、「物価上昇率>賃金上昇率」となるケースが頻繁に発生し、物価に連動して給付を行うと財政が悪化し、そのツケは将来世代に回すことになってしまう。そこで、「物価>賃金」の場合は、賃金変動率で改定することになった。

そして、賃金・物価スライドの後には、マクロ経済スライドが発動するのです。

賃金・物価スライドの後はマクロ経済スライド

賃金・物価スライドにおいて、既存の受給者の年金額を物価に連動(賃金>物価の場合)するだけでは、少子高齢化に対応して財政のバランスが取れないので、「マクロ経済スライド」が導入されています。

下の図のように、賃金・物価スライドによる本来の改定に、マクロ経済スライドによる調整を行うことによって、給付水準を抑制しているのです。

これを見ると、記事の見出し「公的年金、続く実質目減り」の通りだと思うかもしれませんが、以下の点を理解しておくべきでしょう。

  1. 実質賃金がある程度上昇する通常の経済状態では、賃金に連動する新規受給者の年金は、マクロ経済スライドによる調整を加えても、物価を上回って改定される。つまり、対物価の実質額は維持される

  2. 既存の受給者の年金は物価に連動するので、マクロ経済スライドを加えると対物価の実質額は目減りしてしまう。

  3. マクロ経済スライドは、永久に適用されるものではない。長期的な財政のバランスがとれるまで給付水準を抑制したら、その時点でマクロ経済スライドによる調整は終了となる。

これまで長い間、「物価>賃金」の状態が続いてきたので、新規受給者も既存の受給者も同じ改定率が適用されてきたので、すべての人の年金が目減りすると勘違いしている人も多いのではないかと思います。

しかし、下のグラフを見てください。生年月日の異なる4世代のモデル年金が今後どのように推移していくか、見通しを示したものです。

このグラフのポイントをまとめると以下のとおりとなります。

  1. 一定の経済成長を前提とすれば、新規受給者の実質年金額(赤い点線)は増加していく。

  2. 受給開始後の年金額は、物価連動にマクロ経済スライドによる調整が加わるので、1954年と1964年生まれの世代の年金額は現在の金額を下回ってしまう。

  3. 1974年と1984年生まれの世代は、受給開始時の年金額が現在の金額より高くなっているので、受給開始後に年金額が低下しても、現在の金額を上回っている。そして、マクロ経済スライドによる調整が終了する2047年以降は、実質額は一定となる。

  4. いずれの世代においても、後ろの方で年金額が上昇している。これは、既存の受給者の年金額が、その時々の新規受給者の年金額から2割乖離した場合には、新規受給者と同じく賃金に連動するように定められているため。

一定の経済成長を前提とすれば、現受給者とそれに近い世代の年金額の実質額は目減りしますが、将来の受給者世代の実質額は維持されるということになります。

年金に関しては、とかく世代間格差が問題だと言われますが、このようなデータを見ると、ちょっと違うイメージを持つのではないでしょうか。

そうすると、記事の以下の部分は、現在の受給者についての説明であり、将来の受給者に対しては、必ずしも当てはまるものではないことが分かるでしょう。

消費者物価の昨年後半からの上昇、賃金水準の回復で「来年度は年金のプラス改定が考えられる」と中嶋氏は指摘する。ただし物価ほどは増えない「実質目減り」となりそうだ。まず年金額は本来の改定ルールで賃金との連動が強まり、物価上昇率より低く抑えられやすくなっているためだ。物価と賃金が上がって本来の改定率が物価と連動することになっても、この場合はマクロ経済スライドが発動され、増額幅を抑える。

記事より抜粋(太字による強調は筆者が加えたもの)

「まず年金額は本来の改定ルールで賃金との連動が強まり、物価上昇率より低く抑えられやすくなっているためだ。」とありますが、これは、賃金上昇率が物価上昇率を下回るという、例外的な経済状況に限られたことです。日本では、その例外的な状況が長く続いてきたわけですが、これは社会経済の問題として解決しなければなりません。

2023年度の年金額改定を予想する

最後に2023年度の年金額改定の予想です。

中嶋氏によると、23年度の年金額は本来の改定でプラスを見込み、マクロ経済スライドによる調整とキャリーオーバー分(0.3%)を差し引いた後の増額率は新規の受給者で0.6%、既存の受給者は0.2%程度になりそうだという。

記事より抜粋(太字による強調は筆者が加えたもの)

年金額の改定の指標となる賃金は、厚生年金の保険料の基となる標準報酬月額と標準賞与です(合わせて「標準報酬額」とします)。下のグラフは、標準報酬月額(前年同月比)の月次推移を表したものですが、2020年度はコロナ禍の影響により大きく低下しましたが、2021年度になって回復していることが分かります。

厚生年金保険・国民年金事業月報を基に筆者作成

2021年度の標準報酬額の平均は、まだ確定していませんが+1.1%と予想し、これに2021年の物価変動率(▲0.2%)を加味すると、2021年度の実質賃金変動率は+1.3%で、コロナ禍によって前年に下げた分を上回る上昇となりそうです。

そうすると、2023年度の年金額改定の指標となる、2019~2021年の実質賃金変動率の平均は+0.3%で、2022年の物価変動率を日銀の見通しに基づき+1.1%とし、マクロ経済スライドによる調整を▲0.6%とすると、新規受給者の年金額は+0.8%で、既存の受給者は+0.5%となると予想します。

記事で紹介されている中嶋氏の予想よりも少し高めですが、だいたい同じような感じになりそうです。

この予想どおりに年金が増額されても、「年金受給者の年金が目減りしている」というメディアや野党政治家のネガティブキャンペーンが盛り上がりそうです。

目減りの幅が大きくなることは、マクロ経済スライドによる調整を持ち越していることが原因でもあるので、毎年着実に調整を実施するフル適用が必要なのではないかと思います。

マスコミにおいても、マクロ経済スライドの意義を「現在の受給者から将来の受給者への仕送り」という形で、分かりやすく、丁寧に国民に説明して欲しいところです。

また、新規受給者と既存の受給者の改定率が異なる意味なども、しっかりと理解をして欲しいと思います。

と、今回のお話しを締めくくろうと思ったのですが、年金改定について次のような記事が、、、、

まあ、年金受給者に対する5000円給付に対する批判や、マクロ経済スライドのフル適用を訴えるところはいいのですが、年金額の改定についての仕組みや見通しについての説明は怪しいですね.....

この記事を書いたのは、前回の適用拡大の記事を書いた編集委員の方なので、これから野次馬的には注目していきたいと思います。

それでは皆さん、ごきげんよう!

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