公的年金の改定に関する記事から...
1月24日(金)、厚生労働省より2020年度の公的年金の額について公表されました。
公的年金は、その実質的な価値を維持するために、毎年度、賃金や物価の変動に合わせて金額が改定されています。
そして、賃金や物価の変動による改定に加えて、「マクロ経済スライド」という仕組みによって、少子高齢化による年金財政の悪化を防ぐために給付水準の抑制を図っています。
今回は、下の記事の見出しにある2つのキーワード「年金の水準、実質的な低下」と「国民年金受給者へ特に影響」について解説したいと思います。
「年金の水準、実質的な低下」の意味
下は、記事から抜粋した年金の改定に関する解説と図です。
公的年金の2020年度の支給額が、今年度より0・2%増えることが決まった。物価や賃金が上がったためで、増額は2年連続。ただ、少子高齢化にあわせて年金の水準を下げる「マクロ経済スライド」も2年連続で実施され、伸び率は抑えられるため、年金の実質的な価値は目減りする。
マクロ経済スライドは、物価や賃金が上がっても、その伸び率より年金の伸び率を抑える仕組み。そのため支給額が増えても、物価や賃金に照らした水準は下がる。
この解説と図によると、年金額は0.2%増加しましたが、賃金と物価の伸び(それぞれ0.3%と0.5%)と比べると低く、実質的に購買力は低下していると説明しています。
しかし、これを見て、年金の購買力は将来にわたって低下していくものだと決めつけてはいけません。
もう一度、賃金と物価の伸びを比較して見て下さい。
物価の伸びが、賃金の伸びを上回っています。つまり、現役世代の賃金も実質的に低下しているのです。公的年金は、世代間扶養の仕組みですから、扶養する現役世代の賃金の実質価値が低下すれば、扶養される高齢者世代の年金の実質価値が低下することは、当たり前なのです。
もし、賃金と物価の上昇率が入れ替わったらどうでしょう。下の図のように、年金の伸びは、マクロ経済スライドによって、賃金の伸びよりも抑えられますが、物価の伸びを上回っています。つまり、年金の購買力は維持されていると言えるでしょう。
公的年金の将来の給付水準は、現役世代の実質賃金が着実に伸びていけば、対物価での実質価値を維持できるものだという事を理解して下さい。
「国民年金受給者へ特に影響」の意味
記事の後半では、マクロ経済スライドによる給付水準の抑制の影響は、国民年金の受給者にとって特に問題となると解説されています。
それにより、特に影響を受けるのが国民年金の受給者だ。財政検証では、47年度の年金水準の低下度合いは厚生年金が約2割だが、国民年金は約3割も下がるとされた。厚労省は今後、水準低下の緩和策の検討を進める予定だ。
公的年金は、国民年金(基礎年金)と厚生年金の2階建てとなっていますが、ずっと自営業で国民年金だけしか受給できない人は、全体の1割程度で、この部分だけを取り出して大きな問題であるかのような印象を与えることは間違いです。
しかし、もう少し解釈を広げて、厚生年金の受給者でも基礎年金部分の比率が高い低所得者の年金水準の低下が大きくなることを問題として取り上げることに異存はありません。
では、どのような対策が検討されるのか?朝日新聞は、少し前に、国民年金と厚生年金の(積立金を)統合する案を報道していましたが、これについては大いに疑問があります。
なぜなら、基礎年金の目減りが大きくなってしまう問題に対しては、既に対応策が示されているからです。
それは、こちらで何度も取り上げたことがある短時間労働者の適用拡大です。
詳しい話は、上の記事を見て頂きたいのですが、適用拡大は財政検証のオプション試算で示された、年金制度改革の柱の一つであったのです。オプション試算では、適用拡大を3段階で実施する方向性が示されていました。
① 適用拡大の対象となる企業規模要件(501人以上)の撤廃
② 賃金要件(月8.8万円以上)の撤廃
③ 一定の賃金収入(月5.8万円)がある全ての被用者へ拡大
ホップ(①)・ステップ(②)・ジャンプ(③)の3段跳びで、適用拡大を実行できれば、所得代替率を5ポイント近く引き上げることができ、しかもそれが基礎年金の改善に寄与するものです。
したがって、財政検証を踏まえた制度改革を議論する年金部会でも、まずは、今回の改正で企業規模要件の撤廃を行い、次の「ステップ・ジャンプ」に繋げようという議論がされていたと思います。
ところが、企業側の保険料負担増を嫌う中小企業団体の反対が強く、企業規模要件を500人超を100人、50人と段階的に緩和するに留まり、完全撤廃までの道筋をつけることができませんでした。
しかし、だからと言って、基礎年金の水準低下を抑える手段として、適用拡大を道半ばであきらめ、朝日新聞が報道するような国民年金と厚生年金の積立金の統合を持ち出すという事には断固反対です。
適用拡大も積立金の統合も、基礎年金の目減りを抑える効果があることには変わりはありませんが、その他の点において、適用拡大の方が勝っている点が多いのです。
新聞をはじめとするメディアは、もっと適用拡大について世論に訴えるべきではないでしょうか。
適用拡大について国民的議論を....
先に述べた通り、適用拡大については、中小企業やその関連団体からの反対も多く、なかなか進めることができないようです。彼らが適用拡大に反対する理由と、それが妥当なものであるか、下の図表で確認してみましょう。
私にとっては、中小企業の反論が自分たちの利益を守るための言い訳にしか見えません。もちろん、このような主張をすること自体を否定するつもりはありませんが、それによって不利益を被る国民年金の1号被保険者である短時間労働者や、我が国の経済成長が阻害されていることに気付いていない国民からの声が挙がらなければ、適用拡大に関して公正な議論ができないのではないでしょうか。
新聞をはじめとするメディアは、適用拡大について、もっと国民的な議論が高まるような報道をして欲しいと思います。それをしないで、積立金の統合など適用拡大に劣る改革案を取り上げることは、中小企業に忖度しているのかといぶかしく感じてしまいます。
最後に、適用拡大に関する論点をイラストにしました。皆さんは、適用拡大ついて賛成ですか、それとも反対ですか。国全体が良い方向に進むための選択を心掛けたいところです。