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SDGsアイコンの問題点を考える(その2)

はじめに

その2以降では各ゴール毎に問題だと思うアイコンを順次考察していこうと思う。まずそのトップバッターは、今すぐにでも作り直して欲しいと思う筆頭格のSDG8「働きがいも経済成長も」である。問題点は2つ。いずれも致命的なもので、一つはディーセントワークを「働きがい」としたこと。もう一つは「も」である。

ディーセントワークは「働きがい」か

SDG8は「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」であるが、さすがにこの長い目標をアイコンにそのまま書くのは無理がある。英語版アイコンでは「DECENT WORK AND ECONOMIC GROWTH」、日本語版では「働きがいも経済成長も」となっており、後段のECONOMIC GROWTHが経済成長なので、DECENT WORKを「働きがい」としているわけだ。これは、「翻訳」という意味では非常に奇異なものでディーセントワークと「働きがい」は全然イコールではない。ディーセントは「ちゃんとした」という意味で、ディーセントワークは「働きがいのある人間らしい仕事」と説明されるのが普通である。もし、短くしたいのなら「人間らしい仕事」の方を残すべきであろう。この点、博報堂では以下のように説明している。

ゴール 8 の英語は「DECENT WORK AND ECONOMICGROWTH」となっていて、そのまま翻訳するかどうか議論になった。採択文書のターゲットには「持続可能な経済成長」と、「ディーセント・ワークを促進する」といった記述がある。ディーセント・ワークとは「働きがいのある人間らしい仕事」を意味するが、すぐに理解できる日本人はまだ少ないと考え、「働きがい」という言葉にした。また、単純に「働きがい」だけだと、労働力が低下し目標達成が厳しくなり、結局本当の意味での働きがいからは遠ざかってしまう。やはり「経済成長」あっての「働きがい」である、という思想が原文にはあると考え、「働きがいも 経済成長も」とシンプルな言葉に落とし込んだ。国際労働機関(International Labour Organization = ILO)駐日事務所はディーセント・ワークという言葉を日本で定着させたいという希望を持っていたが、今回の議論で「働きがい」とすることを納得してもらった経緯がある。

https://gakkai.sfc.keio.ac.jp/journal/.assets/SFCJ19-1-03.pdf

大変残念ないきさつである。確かに「ディーセントワーク」という言葉はなじみがないだろう。朝日新聞の2024年の調査では、「ディーセントワーク」という言葉の認知度はわずか3.8%である。しかし、すぐにわかる日本人が少ないからこそ重要なタームであるし、もしこれがSDGsのアイコンに書かれていたらとILO駐日事務所は大いに後悔しているに違いない。しかも「働きがい」の方を残したことに典型的仕事人間の価値観が見え隠れする。昭和のモーレツサラリーマンも平成の24時間闘うサラリーマンも「働きがい」は持っていたが、そういうものだけではダメなのがディーセントワークである。今からでも遅くない。このアイコンは「ディーセントワークと経済成長」に直すべきである。
第10回SDGs認知度調査

「経済成長」あっての「働きがい」なのか

先に引用した文の中で「やはり「経済成長」あっての「働きがい」である、という思想が原文にはあると考え、「働きがいも 経済成長も」とシンプルな言葉に落とし込んだ」との記述があるが、そのような思想は原文にはない。まず、SDG8の目標は「包摂的かつ持続可能な経済成長及び全ての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」となっており、3つのこと、すなわち「包摂的かつ持続可能な経済成長」「全ての人々の完全かつ生産的な雇用」「働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)」の3つを並列的に促進すると言っているに過ぎない。並列的だと読めるのは元の英文(Promote sustained, inclusive and sustainable economic growth, full and productive employment and decent work for all)を見ると明らかで、促進する(Promote)の目的語として、Promote A,B and Cとなっていて、ABCが並列だからである。実際各ターゲットを見ていても経済成長に関するターゲット(8.1~8.4)と雇用(8.5~8.6)、ディーセントワーク(8.7~8.8)の間には直接的な関係はない。
では、なぜこの3つがSDG8としてひとくくりになっているのか?国連広報センターの資料を見てみよう。

https://www.unic.or.jp/files/08_Rev1.pdf

ここでは、「ディーセント・ワークと経済成長を両立させることはなぜ大切か」と題した解説を読むことができるが、まず最初に出てくるのが貧困の撲滅。それを解決するための雇用の重要性。そして、その雇用はジェンダー平等などを含んでディーセントなものであること求められるとある。
ここで思い出して欲しいのは、そもそもSDGsは「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の一部であり、2030アジェンダは貧困の撲滅やジェンダー平等、人権の尊重といったものがその根底にあるものなのだ。それがわかっていれば、「経済成長」あっての「働きがい」という発想は出てこないはずなのである。

「も」から垣間見えるもの

SDGsアイコンにおける「も」の問題といえば、SDG15の「陸の豊かさも守ろう」を想起する人の方が多いと思う。なぜ、陸の豊かさが海の豊かさの「ついで」のように「も」で表現されるのか。そう怒っている陸の環境保護関係者は多い。しかし、このSDG8における「も」の問題はそれより根が深い重大な問題だ。
「働きがいも経済成長も」というフレーズからは「あれもこれも」のような「取捨選択するのではなく両方我が物にする」といった印象も受けるし、また、「カレーもおせちも」のように「本来別方向のものを両方とも」といった印象も受ける。どちらを念頭に置いて「も」で繋いでいるのだろうか。
前述の博報堂の説明にヒントがある「単純に「働きがい」だけだと、労働力が低下し目標達成が厳しくなり、結局本当の意味での働きがいからは遠ざかってしまう。」という部分がそれで、ディーセントワークと経済成長は反対方向にあるものと認識していることがわかる。それでこの両者を「も」で繋ぎ、本来別方向のものだけど、それを両方とも追求するというニュアンスを出そうとしているのだろう。でも、本当に別方向なのだろうか。

ディーセントワークこそ経済成長のカギ

アメリカの世界最大の資産運用会社であるブラックロックでは2020年のいわゆるCEOレターでサステナビリティを投資の基軸に置くと宣言し、2021年からは人権などについても投資先の企業にその遵守を強く迫るようになっている。日本の経団連も企業価値はサステナビリティ経営でこそ高まるとしており、その柱としてグリーン、人権、人的資本などを挙げている。このように、ディーセントワークは現在では経済成長のカギを握るものと認識されている。
そうなってくると、「働きがいも経済成長も」ではなく、「ディーセントワークによる経済成長」という意味合いでの「ディーセントワークと経済成長」という目標(キャッチフレーズ)が適切だろう。少なくとも、「も」ではあるまい。

 最後に

SDGsの終了まで今年を入れてもあと7年でとなっているが、SDGsを中身まで知っているという人は半分以下というのが現状である。SDGsアイコンは初期においてはその普及に大きな効果をもたらしたことは事実で、それは大いに評価されるべきものである。ただ、折り返し点を過ぎた今、SDGsにまつわる誤解の原因になっているのも事実であるので、ぜひ関係者の皆さんは見直しに着手して欲しいものである。それが実現するまでいろんなところで駄文を書いていこうと思っている。

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