クリスマスを思い出さない

 毎年のことだか12月24日から12月25日は特別なことはなく、至って普通に流れていくものなのだ。
 例えば有名人や芸能人への質問で多いのが
「クリスマスのご予定は?」
 その質問に対して、無難なところを選択すると
「その日はお仕事しています」
 って答えるだろう。わざわざ危ない橋を自分から渡って、
「デートです❤️」
なんて答える方が勇気が必要だし、お仕事です!と答えれば「あぁそうなんだ」となる。
 日本がバブル成長期の頃は、一般の方であればカップルのステータスとして、有名なホテルで❤️❤️❤️な一夜を過ごすことは、よくテレビとかラジオで聞いたものだ。プレゼントや洋服、ディナーにお金をかけてラブラブな1日を過ごすのがワンランク上のクリスマスだと脳内にプログラミングしてしまったのである。
 女性に対して縁遠いわたしでも10代の頃から12月23日までは平常心を保っていたのに、24日になると胸騒ぎが起こり、「どうせ1人ぼっちさ・・・」という実態のない劣等感に苛まれてしまうのである。
 クリスマスに全く何も感じない人もいらっしゃるかも知れないが、わたしはクリスマスツリーや、赤と緑の装飾、やたら派手なライトアップ、そして誰が始めたのかわからないクリスマスソング。世の中には平和についてのメッセージソングや、家族や恋人と楽しく過ごしましょう⁉︎というメッセージを込めたような〝クリスマスソング“を見たり聞いたりすると、内心そわそわして、居ても立ってもいられなくなるのだ。
 昔から「クリスマスキャロル」という、とある家庭のほのぼのとした雰囲気が語られた歌があり、クリスマスのイメージはかなりそういう感じに集約された感は否めず、家庭を築くにはやはり理想の相手と共に歩むだとか、穏やかに平和に過ごす日常が描かれていく。

 サンタクロースは本当にいるのか問題も、クリスマスのグッドイメージを塗り固めている。
 サンタクロースが世界中の子どもたちにプレゼントを贈り届けるなんて、誰も「それはおかしい」と発言できないであろし、ましてや親から子へ、「サンタが来た!」という虚報がまるで実際に起こったことのように伝えられて、

クリスマスに恋人や大切な人に会うと幸せになる

 といったいかにも崩し難いイメージが積み重なっていくのである。そのことは何ひとつネガティブな要素を含んでないし、12月24日に平和を訴えるのもよし、クリスマスキャロル的な音楽を聴くのもよし(日本では「クリスマスイブ」がやたらと流れる)、好きな人や恋人に会うのもよし、家族でこんがり焼いたチキンをたべるのもよし、イエス・キリストに思いを馳せるのもいいだろう。

しかし現在のわたしは、特別な用事でもなければ〝ひとりぼっちのクリスマス“は来年も再来年もずーっと確定なのである。何とも切ない事実だ。クリスマスケーキや七面鳥を「自分へのご褒美」と位置づけたら、もっと切なくなる・・・。
 やっぱり悔しいので来年のクリスマスはひたすら寝て過ごすことにきーめた!

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