英語で伝えたい明治天皇御製⑵一明確に異なる3タイプの和歌

 明治天皇御製を英訳したハロルド・ライト氏は、明治天皇が「敷島の道」と称された約10万首の和歌を詠まれた点に注目し、自国の昔と今の間のみならず、日本と外国の間に「橋を架ける」国際親善と世界平和を大切に思う気持ちに「畏敬の念」を抱き、『敷島の道に架ける橋一英語で伝えたい明治天皇百首』(中央公論新社)の冒頭において、次の御製を紹介している。

 御題 天
ひさかたの空はへだてもなかりけり地(つち)なる国は境あれども
    The Sky
No lines exist
which sector off the sky,
so high above,
though the nations of the earth
are all bound by borders.

 また、コロンビア大学の恩師であるドナルド・キーン氏は、著書『明治天皇』において、明治天皇の御製の重要性について次のように述べている。

<ほとんど同時代を生きた英国のヴィクトリア女王と違って明治天皇は日記をつけなかったし、手紙も書かないに等しかった。(中略)明治天皇を知る一つの方法は、天皇の御製を読む事である。明治天皇は、その生涯に十万首を超える和歌を詠んだと言われる>

 ハロルド・ライト氏は明治天皇の御製は、以下の三つのはっきり異なるタイプに分類することができると指摘する。
 まず一つ目のタイプは「天皇としての和歌」で、国または国民へのお気遣い、臣下への慈しみや親心が詠まれた、次のような御製である。

 御題 述懐
照るにつけくもゐにつけて思ふかなわが民草のうへはいかにと

 Recollections
On sun  filled days
and on days covered with clouds,
we stay concerned
about the people of our land
and how they are faring.

  二つ目のタイプは、神道という宗教の長としての天皇の地位と、天皇の祖先をさかのぼると神話の時代まで行き着くという信念が反映された「神道に関する和歌」である。その一例として次の御製を挙げている。

 御題 社頭祈世
とこしへに民やすかれといのるわが世をまもれ伊勢のおほかみ

    Shrine Preyers for Our Reign
"For all time to come
let our people live in peace,"
we offer up preyers,
"and please do protect our reign,
Mighty Deity of Ise"

 三つ目のタイプは、一人の歌人として心の奥底から湧き上がってきた感情を純粋に詠んだ「個人的な和歌」である。こういった和歌には、初めてお乗りになった速く走る汽車の車窓から富士山をご覧になった時の日本の近代化への嬉しさや、満開の桜を含め自然の美を愛でるお気持ち、そして和歌を詠む時間そのものへの喜びが表現されているという。以下は、故郷である京都へ行幸の折に詠まれた御製である。

 御題 夏草
ふるさとの庭の夏草ふみ分けてみればむかしのみちはありけり

    Summer Grasses
At  our former home
we tread through summer grasses
of the old garden;
still seen however,if we look,
a path from the former days.

 一方、昭憲皇太后の御歌には、明治天皇とほぼ同じお気持ちに加えて、もう一つのカテゴリーがあるという。それは明治天皇への尊敬や敬愛の念を込めた和歌というカテゴリーである。明治天皇御製と共通しているテーマは世界平和や国際理解への願いで、次のような御歌がある

 御題 四海兄弟
もとはみなおなじねざしの人ぐさもことばの花やちじにさくらむ

 Universal brotherhood
In the beginning
people,like all our plants,
sprang from one root
followed by flowers of language
blooming forth by the thousands.

  一つの御製・御歌を解釈するためには、そこに込められている歴史的・文化的背景を十分に理解するための調査が必要不可欠で、それぞれに数カ月を要し、次の御題「時計」の御製を理解するのに1年以上かかったという。

 御題 時計
数あまたかけし時計のことごとくくるはぬ音のここちよきかな

 この一首を翻訳するための調査の全容についての記事は英文誌Kyoto JournalやPoetry Westなどの文芸雑誌に掲載されたが、明治天皇は日本を含め世界各国が同じ標準時、つまり、グリニッジ標準時を使うことを決めたことに対し喜びを表現されたことが調査によって判明したという。
 和歌を翻訳する難しさについて、ケント氏は次のように述べている。

<ある言語で書かれた詩歌の含意を伝統的な文学形式が異なる他の言語で表現することは、決して容易なことではないのです。この挑戦は、あたかも墨絵の微細な色味を一箱の色鉛筆を使って表現しようとする行為に似ていると時々感じます。しかもその箱には黒色の鉛筆はないとして。…和歌を読み、翻訳することは、意味や響き、そして視覚的イメージに対して程よいバランスを取らねばならない綱渡りのようなものです。…私は、和歌のもともとのリズムを活かしつつも、英語の韻文の基本的なパターンに合うように工夫して、この和歌のイメージや感情の再構築を試みます。>

 明治天皇の御製と昭憲皇太后の御歌には重要な道徳的なメッセージが含まれているが、美しさや悲しみ・喜びといった真の詩情が読み取れる御製・御歌も見過ごしてはならないとケント氏は強調する。妻とケント氏が特に感動するのはそうした和歌で、その一例として次の御製を挙げている。

 御題 花
あかず見し山べのさくら春の日のくれてののちもおもかげにみゆ

 Cherry Blossoms
Not weary of viewing
cherry blossoms in the hills
on days of spring,
even after night-time falls
we still see them in our mind.

 


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