道徳と性の視点から「多様性」について考える

5月7日以来noteの連載を170回続けてきたが、一昨日の拙稿「最高裁性別変更決定に異議あり」が群を抜いて大きな反響を呼んでいる。とりわけ性同一性障害当事者から賛同の声が寄せられている。LGBT理解増進法が制定されたこともあって、LGBT問題、ジェンダー問題について論じたnote拙稿への注目度が高い。この点はモラロジー道徳教育財団の「道徳サロン」拙稿連載(144回)についても共通している。

●「多様性」とは一体何か

 問われているのは「多様性とは一体何か」という根本問題である。グローバル化を進めてきた世界は、感染症のパンデミックによって分断された。また、自国の利益を優先する国家が、戦争という最も悲惨な形でその欲望と憎悪を拡大させている。
 戦争までに至らずとも、異なる民族同士の対立、あるいは移民と地域住民との経済格差による暴動や社会不安、さらには宗教や文化の違いが原因の紛争など、現代社会においてわれわれが抱える問題は、世界の未来に暗い影を落としている。
 一方「持続可能な社会」「すべての人が尊重されるべき社会」を目指すSDGsやESGの観念はグローバル化とともに世界に広がり、現在では行政、NGO・NPO、企業、そして大学の理念にも大きな影響を与えている。
 SDGsやESGは「環境の保全」「社会的平等」などを基本的な指標として掲げている。環境保全においては、例えば多様な生物からなる生態系維持にとり障害となる汚染物質を取り除くことが目標となる。また現代において、経済格差、男女の違い、LGBTなど多様なジェンダー、障害、人種、宗教の違いなどを原因とする偏見や差別があることを前提とし、社会的平等の実現のためにあらゆる差別をなくすことを目標としている。

●工学的アプローチによって「多様性と道徳」について論じた英文書籍

 これらの目標の基盤にあるのは、自然や人間には多様性があり、それを尊重しつつ包摂することが重要であるという考え方である。包摂するためには、note拙稿で紹介してきた東大大学院の光吉俊二特任准教授が発明した「四則和算」の視点を導入し、「分断・対立」を多様性の横軸だけで見ないで、共通性の縦軸と”重ねて”見る必要がある。
 われわれは全ての多様性を認めなければならないのか。多様な世界において、一つの価値観を認めると自動的に他の価値観を排除しなければならない場合には一体どうすればよいのか。そもそも多様性とは一体何なのかが鋭く問われているのである。
 「多様性(ダイバーシティー)とは何か」を問うことは、自然や社会を改善し、持続可能なものとして機能させるために、最初に行うべき必要不可欠な作業であり、人文科学、自然科学、社会科学の視点から科学的知見を総合的にまとめる必要がある。
 このことは道徳についても言える。多様性について道徳ではどのように捉え教えるべきかも今日的課題である。ちなみに、note拙稿で紹介してきた東大大学院の鄭雄一教授は”DIVERSITY AND MORARITY一crossinng borders with engineering approach”という本を光吉俊二特任准教授の協力の下に出版している。
 同書は工学的アプローチによって「境界(国境)」を交差している「多様性と道徳」について考察するという斬新かつ画期的な問題提起本であるが、その内容のポイントは、note拙稿「東大大学院理系教授の画期的な道徳論⑴~⑷」で詳述したので、参照されたい。
 工学的アプローチによって「多様性」と「道徳」について論じた同書は”目から鱗”の視点を多く含んでいるが、多様性とは何か、道徳とは何か、という根本的な本質論については、議論を十分に深める必要がある。

●「共通性」の枠組みの中での「多様性」

 性の共通性とジェンダーの多様性についても、一昨日の拙稿で述べたように、脳科学・生殖科学・生命科学・行動生態学などの科学的知見を総合的に踏まえる必要がある。
 これらの科学的知見によって、性分化のプロセスは、「性別は男女一体」が有性生殖を選択した人類の大原則であり、基本計であることは明白である。「性はグラデーション」などという主張は、この生物学的大原則を無視した非科学的暴論に過ぎない。
 男女共同参画社会基本法の制定をリードした大沢真理氏は、「セックスはかならずしもまぎれなく雌雄のいずれかに決められるものでもなく、いくつかの判定レベルをつうじて一貫しているとも限らないとしとした上で、次のように述べている。

<「インターセックス」などあいまいな個体の出現率は低くない。いや、「あいまい」というのは雌雄というような二項対立的な一対を前提とする場合に生じる見方であって、セックスはむしろ、ある色から別の色へと次第に変化するグラデーションのようなものととらえた方が「自然」なのだ。(『男女共同参画社会をつくる』NHKブックス、2002)>

 「インターセックス」は、胎児期の性分化過程で、性腺、内性器、外性器などの分化が非典型的に発達した「性分化疾患」である。あるアンドロゲン不応症の患者の家族は、「性分化疾患を持つ子供や人々は、体の状態が一部異なるだけの全くの男性もしくは女性です。私たちが問うているのは『男女の境界の無さ』ではありません。むしろそのようなご意見は、私たちの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。私たちがお願いしているのは、『女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある』ということです」と述べている。
 「性はグラデーション」ではなく、男女の二つの性別の”共通性”の枠組みの中で、それぞれ”多様性”を有しているということである。このような共通性の縦軸と多様性の横軸を重ねてみる視点から、性と道徳について根本的に見直す必要があろう。
 
 
 
 

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